第四四六話、別動艦隊
ボルネオ島のタラカン飛行場から飛んだ彩雲偵察機は、紫色の艦隊色の異世界帝国艦隊の位置を定期的に打電した。
フィリピン、ダバオ方面に向かうと思われた敵は、現在、艦載機の収容作業を行っていた。
角田艦隊から出撃した『大和』『武蔵』の艦載航空隊は、遮蔽で姿を隠しつつ、敵艦隊に迫り、これを攻撃した。
「大和二番、俺のケツは見えているな!?」
須賀大尉の一式水上戦闘機はフルスロットルで突き進む。群青色の海面に浮かぶ紫色の航空母艦が、そのシルエットを大きくしていく。護衛の駆逐艦と駆逐艦の間を突っ切る。
『大和一番、しっかりついていますよ!』
僚機からの無線は力強かった。遮蔽装置のせいで、前を行く須賀が振り返っても、二番機の姿は見えないのだ。
「妙子、対艦誘導弾、一番、二番用意!」
「照準よし。いつでもどうぞ!」
航行担当兼、誘導兵器担当の相棒の声。須賀は腹から声を出した。
「撃て」
「大和一番、発射」
一式水上戦闘機の両翼に懸架された250キロ中型対艦誘導弾が放たれた。機体を重くしていた荷物が一気に軽くなったことで、一式水戦がフワリと浮き上がった感覚を須賀は感じた。
『大和二番、発射!』
僚機も中型誘導弾を撃ち込んだ。須賀機の2発は正木妙子の誘導で、1発は目標となった敵アルクトス級中型高速空母の艦橋に突き刺さり、もう1発は、艦体中央の格納庫近くに叩き込んだ。
爆発。艦橋要員を爆殺し、艦中央が吹き飛ぶ。続いて僚機の誘導弾2発が、飛行甲板に命中し、着艦作業中のヴォンヴィクス戦闘機、ミガ攻撃機を巻き込んで大火災を巻き起こした。
「遮蔽解除! 大和二番、最大速度で離脱!」
『了解!』
遮蔽装置を解除したのは離脱時の味方との衝突を避けるため。敵艦隊を攻撃したのは、須賀とその僚機だけではない。艦隊の空母5隻にそれぞれ攻撃を仕掛けたのだ。
離脱方向は被らないように、と口で言ったところで、実際にその場にいて、敵艦のフォーメーション次第では、ついうっかり飛行速度が重なるなんてこともなくはない。
だが姿を現せば、当然、敵空母の直掩機も黙っていない。
異世界帝国艦隊上空の、ヴォンヴィクス、エントマ戦闘機が、襲撃者に母艦を叩かれ、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
海面近くの攻撃隊に、上空から一気に覆い被さるように降下してくる。だが、一度味方機の位置を確認すれば、衝突を避けて再度、遮蔽で姿を隠すことができる――!
たかだか16機の攻撃隊は、完璧に仕事をこなした。攻撃、離脱で姿を見せたのは、およそ20秒程度。これで敵機が襲撃者を視認し追撃をはじめたとて、機銃や光弾砲の射線に捉える前に、姿をくらませた。
煙に巻いて離脱する大和航空隊、武蔵航空隊が敵に与えたのは、空母5隻の撃破。
アルクトス級中型高速空母4隻は、一式水上戦闘機2機ずつから、中型対艦誘導弾を各4発を受けた。うち2隻は大破炎上。1隻は艦橋を吹き飛ばされ、操艦に支障をきたし、残る1隻も甲板被弾により、しばし発着艦能力が奪われた。
1隻のリトス級大型空母は、二式水上攻撃機8機より800キロ対艦誘導弾8発を片舷に集中され、大傾斜しつつ炎上。その航行速度は10ノットも出ていない。
大型誘導弾を複数受けてすぐに沈まないのは、伊達に全長320メートルの巨大空母ではないということか。
中型高速空母も、大破こそすれ撃沈には届かない。こちらは少々威力不足が原因だ。少数機でなければ、確実に何隻か沈められただろうが。
だが、もとより少数航空隊だ。敵艦隊の足止め、そして制空権の維持を困難にさせただけで充分な働きだった。
猛将、角田率いる水上打撃艦隊が、白波蹴って追いすがっていたからだ。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国、皇帝親衛隊所属のシャラガー中将は、炎上、航行にすら問題である空母を見やり、苦い顔になった。
「テシス大将から警告はされていたが、いざ目の当たりにすると、なるほど日本軍は手強い」
四十代半ばと、将官としては些か若いシャラガーだが、士官学校の成績は優秀であり、他世界での従軍においても優良な結果を出し続けた過去がある。その働きゆえ、皇帝親衛隊に引き抜かれ、今回、テシス大将の『脇の一刺し』作戦の別動隊指揮官に抜擢された。
「少数機なのが幸いでしたな」
スィオピ参謀長は無表情ながら言った。こちらは六十代と古参感が漂う男だが、感情を表に出さない。
「しかし、これは面倒なことになったな、参謀長」
「はい。これで姿をくらますことが難しくなりました」
テシス大将率いる主力と、シャラガーの別動隊。この二つが連動することで、あたかも転移移動しているように見せていた。
主力は、スマトラ島方面。別動隊は、フィリピン方面に移動しつつ、遮蔽技術によって日本軍の索敵の目を逸らし、それぞれの攻撃目標を叩く。
有力な日本艦隊を避けつつ、基地、飛行場、石油関連施設を破壊する――それが脇の一刺し作戦だった。
「空母がああも炎上していては、姿を消そうとも煙で所在がバレてしまうでしょう」
「それでなくても、空母群は艦隊についてこれないだろう」
お荷物以外の何者でもない。
「空母は自沈させる。このままでは、敵の基地航空隊がわんさか殺到するだろう」
「……脇の一刺しのカラクリ、バレますな、敵に」
「やむを得ない。いまさら、損傷したものを戻すことも、時間を戻すこともできないからな」
シャラガーは口を尖らせた。内心、自分に落ち度がなかったか改めて脳内で検証したのだ。
「乗組員の回収は、特務艦に任せるとして、我々は、しばし南東へ針路を向けよう」
「陽動ですかな?」
「時間を稼がないといけない。生存者の救助のためにも」
敵中に侵入するにあたり、無傷で乗り切れると思うほど、テシス大将もシャラガーも楽観論者ではない。沈没、損傷艦の乗員救助のために潜水特務艦が、艦隊に随伴しているのだ。
空母を除いても、シャラガーの手元には戦艦3隻、巡洋艦10隻、駆逐艦20隻、潜水特務艦5の戦力がある。これらを活用して、もう少し粘ってみる。
「敵の航空攻撃は、防御シールドである程度もたせられるだろう。いよいよとなれば、遮蔽で姿を隠して、離脱する」
この作戦は、南太平洋、インド洋での友軍の計画支援が目的で、日本軍の注意を東南アジア一帯に向けさせることにある。
隙を見せれば帝国は攻撃してくるぞ、と見せることで、本来、インド洋ないし南太平洋に向けるはずだった日本軍の戦力を東南アジア防衛に割かねばならないようにする。
可能ならば、飛行場、拠点のほか石油資源地帯を叩いて、日本の足元を脅かしたいところだが、テシス大将は、そちらはオマケと考えていた。
つまりは、艦隊人命を優先させているのだ。皇帝親衛隊がその果敢な戦闘力を発揮して死ぬのは、ここではない。
シャラガー艦隊は、炎上する空母群から離れて、南東方向へ艦首を向けた。上空直掩機がないのは心許ないが、彼らの士気は悪くなかった。
そんな別動艦隊だったが、日本軍戦艦艦隊――角田艦隊が、その姿を目視できる位置まで近づいていた。




