第四四四話、スマトラ島沖海戦
フィリピンはセレベス海にあるスールー諸島にあるタウイタウイ近海に、敵艦隊が発見された。
その編成は、角田隊が迎撃する予定だった艦隊とピッタリ合致。さらにその艦隊色は紫と非常に目立つ。これが意味するところは――
「ジャワ海の敵艦隊が消えたのは、転移だったのだ」
角田は低い声を出した。
「全艦、浮上せよ。これより我が艦隊は、セレベス海の転移中継ブイに移動! 敵艦隊を追撃する!」
第二機動艦隊、水上打撃部隊は潜水航行をやめて浮上。戦艦『近江』以下、第八戦隊、『大和』『武蔵』を要する第二戦隊が海面に姿を現し、護衛の第七水雷戦隊も配置につく。
完全に予定を崩された角田隊は、転移を実行し、セレベス海へ向かった。
その頃、インド洋側を進む異世界帝国艦隊に対して、山口隊を飛び立った奇襲攻撃隊が迫りつつあった。
先導の彩雲は魔力測定装置による魔力観測を行う。その結果は、第一次攻撃隊指揮官である内田ハル少佐のもとに届いた。
「……敵艦隊は、駆逐艦以外は、防御障壁を展開中、か」
想定される中で、面倒なやつである。スマトラ島の日本軍飛行場からの襲撃を警戒したのか、あるいはこちらの奇襲対策か。とにかく、対障壁兵器が限られている奇襲攻撃隊には歓迎できない状況である。
「これは、日高見の連中が来るまで手出しできないね」
内田少佐は、第一次攻撃隊に敵艦隊上空での待機を命じる。遮蔽装備付きの奇襲攻撃隊である。敵のレーダーはもちろん、目視でも捉えることはできない。
敵艦隊の外周を大回りする第一次攻撃隊。戦闘機144機、攻撃機216機、偵察機8機の368機である。
やがて、敵艦隊上空での監視任務を続けている彩雲から連絡が来る。
『――鶯より、加賀一番へ。敵空母の飛行甲板に、戦闘機が並びつつあり。それと艦隊内周の戦艦、巡洋艦が障壁を解除した』
「きたきた。――こちら加賀一番、鶯へ。了解した」
内田は答えると、魔力信号機のスイッチを入れた。攻撃配置につけ――その信号を受け取った奇襲攻撃隊は、それぞれ遮蔽装置で隠れたまま、敵艦隊上空へ侵入する。
異世界帝国艦隊に動きがあったのは、転移してきた海氷巨大飛行場『日高見』の放った攻撃隊をレーダーで探知されたからだろう。
南東方面艦隊所属ながら、今回の助っ人として派遣された日高見。その航空隊は、基地攻撃隊が主軸である。
業風、暴風戦闘機隊に護衛された一式陸上攻撃機、銀河陸上爆撃機が、艦隊に接近しつつある。
これを受けて、異世界帝国空母は、直掩隊を増強すべく、戦闘機のお代わりを飛行甲板に展開させているのだ。
これらの戦闘機を発進させる時には、障壁を解除する必要がある。でなければ機体は衝突、大事故になってしまう。
周りの護衛艦が障壁を消しているのは、対空砲火を撃ち上げるため。味方の迎撃も、防御障壁があれば阻まれてしまう。
無防備になる空母を守るべく、周りの巡洋艦、戦艦も障壁を解く。解除すれば自分も危ないのだが、優先的に狙われるのは空母だろうと考えているわけだ。
すでに艦隊上空で空中哨戒任務についていた少数の敵戦闘機隊が、レーダーが探知した敵に先制攻撃を仕掛けるべく移動を開始する。
それらと入れ替わるように、内田たち攻撃隊が、それぞれの目標に対して攻撃配置についた。そして待ちに待ったその時がきた。
『敵空母、防御障壁を解除した!』
「全機、攻撃開始せよ!」
内田が命じると共に、自機が懸架してきた800キロ対艦誘導弾を投下した。二式艦上攻撃機が相次いで攻撃する中、九九式艦上戦闘爆撃機隊が発動機を唸らせて突撃を開始した。
異世界帝国軍の空母15隻。その内訳は、リトス級大型空母3、アルクトス級中型空母10、グラウクス級軽空母2。これらが戦闘機を発艦させようとしたタイミングに、奇襲攻撃隊は誘導弾を叩き込んだ。
空母1隻にあたり、9機の二式艦攻が仕掛け、ほぼ9発の誘導弾が空母15隻を襲った。
それと併行して、九九式艦戦隊が、障壁を解除している敵巡洋艦、ないし戦艦にロケット弾と誘導爆弾を発射した。
空母の防空のために配置についていた護衛艦艇の対空要員も、空母に迫る敵弾と敵機を追う以前に、自艦にも攻撃が迫り、慌てた。
命中、そして爆発が、艦隊内でそこかしこで同時に起きた。軽空母2隻は瞬時に爆沈し、中型空母も多くが火だるまになった。
護衛の巡洋艦、戦艦の艦上にも連続した爆発が起きて、艦橋トップのレーダーや通信、高角砲など対空武装が吹き飛んだ。
混乱は加速する。すでに直掩機として飛行していたエントマ、ヴォンヴィクスら戦闘機二十数機も、遮蔽から出てきた九九式艦戦に後方から襲撃され、あっさり半数が落とされた。
帰るべき母艦を失い、その上、周りは日本機だらけである。何とか初撃をかいくぐった異世界帝国戦闘機も、数の暴力を前に撃墜されていく。
二式艦攻から戦場を見下ろす内田。
攻撃機24個中隊中、15中隊が空母を襲撃した。リトス級大型空母2隻がまだ洋上にあって、中型空母も2隻が沈みかけ、残りは沈没ないし爆散したのを確認した。
残る9個中隊に、標的を指示する。2個中隊にリトス級大型空母のトドメ、5個中隊に損傷戦艦の攻撃を命じると、残る2個中隊――空母『大龍』攻撃隊に特命を出した。
「障壁を展開している無傷の戦艦を、2個中隊で撃沈せよ」
この2個中隊が搭載している誘導弾は、新型のエネルギー弾頭。破壊力を増し、防御障壁を破砕しやすくなる代物だ。2個中隊18発のエネルギー弾頭弾ならば、理論上、敵主力戦艦の無傷の障壁を消滅させ、なお大破、撃沈できるとされている。
防御障壁を張っている、あるいは仕留め損なった空母用に温存していたが、その必要がなくなったので、無傷の戦艦を狙う。
大龍の二式艦攻は、1個中隊ずつに分かれ、敵――オリクト級戦艦の1隻に狙いを定めた。40.6センチ砲を搭載する異世界帝国の主力戦艦だ。
対空砲火は飛んでこなかった。障壁を張ってやり過ごす方を、敵戦艦の艦長は選んだのだ。ここ最近、障壁を張った艦への攻撃を日本軍が嫌がっているを、異世界帝国側も感じ取っているのかもしれない。
よい見世物だ――内田は、新型弾頭弾の効果のほどをじっくり観戦する。
先頭の1個中隊が、誘導弾を発射した。この9発は、おそらく障壁に全て阻めるだろう。想定では、これで防御障壁が消滅するか、消えかけなほど消耗する。
敵オリクト級は、回避はしなかった。誘導弾だから避けようとしても無駄だと悟っているのだろう。
最初の9機が放った誘導弾が届く前に、後続の中隊が3機ずつ誘導弾を投下した。3発ずつの時間差を作ることで、防御障壁の減りを確かめる腹だろう。
「よくやってくれた!」
内田は上機嫌で様子を見守る。
先頭中隊の誘導弾は、オリクト級の障壁に命中、阻まれた。ここまではこれまでと同じだ。違うのは、ここでエネルギーの壁が消えているか否か。
後続、その先頭の3発がきた。しかしオリクト級に届くことなく、空中で爆発する。いや、2発が防がれたが1発が抜けて、敵戦艦の左舷対空砲群を根こそぎ吹っ飛ばした。
「!」
続く3発ずつ、計6発の誘導弾が、オリクト級の左舷に集中した。通常弾頭より遥かに威力のある爆発が立て続けにおきて、敵戦艦は煙に包まれ、洋上に停止。そして傾きつつあった。
「これは、期待通りの成果だね」
内田はほくそ笑んだ。新型弾頭が行き渡るようになれば、航空隊での敵艦撃沈もやりやすくなるだろう。




