第四四一話、小沢艦隊、突撃ス
ハリケーンが艦隊の近いところを過ぎ去り、雨量も収まってきた頃、それは起こった。
ムンドゥス帝国南海艦隊旗艦『アペイロン』。就寝していたケイモン大将は、敵襲を知らされ、飛び起きた。
司令塔に行けば、当直だった参謀のほか、同じく叩き起こされた幕僚たちが集まっていた。
「敵襲だと?」
「はっ、日本軍の戦艦、巡洋艦を中心にした水上部隊が、南東エリアから侵入! なお交戦中です!」
「南東……!」
もっとも可能性の低い方角からの敵襲。タウンズビルを襲撃した敵は離脱したと思われているが、念のため艦隊の南西方向に警戒線を強いていた。後はラバウル方向と北方も。
一応、南東方向にも哨戒部隊は配置してあったが――
「ハリケーンの隙を衝いてきたのだな」
ケイモンは低い声を出した。
「現れたのは、日本軍の主力か?」
「不明です。しかし複数の戦艦を含む艦隊ですのであるいは――」
転移を使って一気に攻めてきたか。ケイモンが思考するように黙すれば、プロイ参謀長が口を開いた。
「すでに各艦隊には、日本艦隊の侵入は警告済です。敵を確認しましたら、反撃するよう指示を出しております」
「動かしたのか?」
「指定の戦隊のみ、迎撃のため動かしましたが、それ以外は動くなと命じております。なにぶん味方の艦艇で溢れておりますれば、自由行動を許せば、敵味方の判別が困難となります」
無秩序に動かれては、誤射の可能性も増える。そもそも、南海艦隊主力は、懐に多数の輸送艦や支援艦を懐に入れていて、艦隊運動が自由に取れるスペースもあまりない。夜間での識別の遅れは、あるいは衝突の危険性もあった。
「防御シールドを展開し、自艦の安全を守れ。明らかに敵と判別した場合のみ、反撃を許可」
「はっ! ――通信長!」
司令長官の指示が、ただちに艦隊全体に発令される。
身動きできないからとただ待機していては、敵からはただの標的だ。確認するまで発砲できず、それで先制を許すなら、防御を固めて、第一撃を無効化すればよい。
戦艦、空母、巡洋艦はそれで、一発大破は防げる。駆逐艦や輸送艦、一部の支援艦艇以外はシールドがないため、撃たれれば仕方がない。統率がとれず、撃ちまくった結果、誤射でやられた味方が多い、というのは洒落にならないのだ。
――しかし、日本軍め。
ケイモンは闇の向こうにわずかに瞬いた光を見やる。
「こうも早く動いてくるとは……」
まだ幾何か余裕があるかと考えていたが、嵐で索敵機を飛ばさなかったタイミングで仕掛けてくるのは、予想外であった。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国南海艦隊主力が、想定していなかったタイミングの襲撃は、まさしく奇襲である。
ハリケーンを利用したタイミングでの艦隊移動など、転移を用いなければ不可能だ。
帝国艦隊は、完全に後手の対応を強いられた。昼間であれば、あるいはまだ視認しやすかったかもしれない。
だが夜に加え、まだ小雨のぱらつく天候とあっては、艦艇のシルエットの見分けがつきにくく、敵なのか味方なのか判断するのに時間を要した。
これが日本海軍、小沢艦隊からすると逆である。
自分たちの受け持ち範囲に見えた敵艦らしいものは全て攻撃対象だった。何故ならば、そこにいるのは敵艦であり、味方はいないのだから。
艦影がわからずとも、構わずに砲弾を叩き込む。これが異世界帝国側より日本側が先手を取りやすい一因である。
異世界帝国側は、盛んに撃ちまくっているのは、日本艦ではないかと当たりをつけるのだが、実際にそうなのかはやはり確認してからでなければ撃てなかった。敵と交戦している味方艦の可能性も捨てきれないからだ。
周りで次々と輸送艦や支援艦艇が破壊されるが、その炎はしかし、遠方では雨のせいでぼやけて見える。
そうこうしているうちに小沢艦隊は、サンクリストバル島とガダルカナル島の間の海域へ侵入を果たした。
この島々の間の海域は、大量の輸送艦ないし支援艦がひしめいていた。主な戦艦、巡洋艦などの戦闘部隊は外周近くに配備されているから、艦艇の強度的にみれば、ここにいる艦艇の大半は脆弱だった。
もちろん、転移ゲート前には、強固な防御艦隊と、旗艦級戦艦『アペイロン』を含む司令部艦隊があったが、それ以外は、基地設営のための物資移動のための輸送艦のメインロードとなっていた。
そこに小沢艦隊は突入した。
「敵輸送艦の間を突っ切れ! 敵に発砲させるな!」
小沢の檄が飛んだ。自衛用の小型砲や機銃が精々の輸送艦群の中を突き進む小沢隊と栗田隊。
主砲や高角砲の砲弾が、近くの敵艦艇に吸い込まれ、爆発が連続する。防御障壁のない艦艇を沈めるのは容易い。
しかもこうした敵船の中を通ることで、さらに敵の戦艦、巡洋艦の砲撃を困難なものにする。誤射はもちろん、それが当たってしまえば装甲などあってないような支援艦艇など、簡単に大破させてしまう。運んでいる物資や機械を誘爆させてはいけないという心理が働くのだ。
曇天の下、海上には無数の火の手と煙が上がり、さらに視認を難しいものに変える。これでは異世界帝国はもちろん、日本側も煙の向こうが見えない。
もちろん、電探で位置は掴んでいるから、攻撃範囲内にいれば煙だろうと関係なく撃つだけである。しかし未識別では砲撃できない異世界帝国側は、より反撃が難しくなるだろう。
旗艦『伊勢』の艦橋で様子を見ていた神明参謀長は呟く。
「ここは、誤射を恐れず、非情に切り捨てねばならなかったのだ」
作戦参謀の有馬 髙泰中佐、航空参謀の青木中佐が視線を投げかける。神明は続けた。
「躊躇っている分、味方の犠牲が増えるのだからな」
異世界帝国側の指揮官は、輸送艦の被害を無視して積極的に砲撃すべきだった。それを早めにやっておけば、日本艦隊に手傷を負わせ、あわよくば反転、撤退させられた。
攻撃を躊躇い、さらに侵入を許した結果、思い切って攻撃しておけば被害を受けずに済んだ艦艇まで失う羽目になったのだ。
「マライタ島の南東から北へ抜けるぞ」
小沢は告げた。
「行けるところまで行く。おそらく外周の戦艦部隊が、こちらの通過に対応し待ち構えているだろうが、そこで転移離脱を行う。それまでは敵を手当たり次第、砲撃! 栗田隊にも伝えよ!」
小沢艦隊の猛撃は続く。空母機動部隊として、さんざん航空隊を用いてきた第一機動艦隊だが、水上打撃部隊もあるぞとばかりに大暴れした。