第四三八話、南海艦隊はソロモン諸島に陣取る
ソロモン諸島、サンクリストバル島沖に、ムンドゥス帝国南海艦隊の主力が展開していた。
三大艦隊を失ったことで、帝国本国から地球に送り込まれた大戦力。その一部を加えた南海艦隊の戦力は、旗艦級戦艦を含む戦艦44、空母41、巡洋艦80、駆逐艦144、その他輸送艦、特務艦艇およそ200である。
転移ゲートを背にしたこの大艦隊は、ソロモン諸島南部を制圧しつつ、日本海軍の反撃を待ち受けている。
すでにガダルカナル島、フロリダ島、マライタ島に上陸が終わり、基地の設営作業が進んでいる。
しかし、状況は当初の想定とは違う動きものとなっていた。
メギストス級大型戦艦の三番艦『アペイロン』。南海艦隊の旗艦では、司令長官ロウバート・ケイモン大将が、参謀たちを集めていた。
「ソロモン諸島に足掛かりを得つつあるが、問題が発生しておる」
「親衛隊の動きですか?」
クラッコ作戦参謀が、やや不満を滲ませる。
「我々は、日本軍の主力を誘い出す予定でしたのに、テシス大将の紫星艦隊が東南アジアに攻め込んだ。日本軍はそちらに行ってしまっては、我々の作戦が水泡に帰してしまうのでは――」
「それはあるまい」
ケイモンは淡々と告げた。
「皇帝親衛隊の動きはあくまで陽動。直に日本軍は、ソロモンに現れる。我々はそれに備えて準備ができる。問題はない」
後方の支援戦力として期待された島々が叩かれたことで、南海艦隊に対する航空支援は減ってしまった。さらに輸送ルートの一つが潰されたが、転移ゲートがあるので、補給については心配していない。
「では――」
面長のプロイ参謀長が口を開く。
「問題というのは、ニューカレドニア島他を叩いた、日本軍の機動部隊の件でございますか?」
「左様。諸君らも、今朝、ブリスベンが襲撃を受けたことは知っていよう……」
600機から700機の日本軍機が、タウンズビルに進出すべく停泊していたブリスベンの輸送艦隊を空襲した。
完全なる奇襲であった。
敵は、ニューカレドニア、エスピリトゥサント、エファテを攻撃した機動部隊と思われた。これがソロモンに南海艦隊が現れた時点で、包囲を恐れて転移などで退避すると予想されていたが、何を血迷ったのか、ブリスベンに攻めてきた。
おかげで、ソロモン方面と同時攻撃を目指したニューギニアのポートモレスビー攻略を担当する艦隊に被害が発生した。
「我ら帝国の勢力圏内に踏み留まり、なお攻撃の手を緩めない。それが我らの計画を大きく歪めようとしておる」
上陸部隊や物資を満載する輸送船を集中的に狙われた。まだ接舷して停泊している艦艇も攻撃を受けて、大破、あるいは着底した。
「情報参謀」
「はっ」
ケイモンに指名され、情報参謀が一同に報告する。
「ブリスベンにいた艦隊、ならびに南方軍団の基地航空隊が、敵攻撃隊を追尾。逆襲を企てたものの、敵機動部隊を発見できず……」
「逃げましたか、敵は」
クラッコ大佐が口元を歪めたが、情報参謀は沈痛な表情を浮かべた。
「およそ二時間後、今度はタウンズビルの艦隊が空襲を受けました。ここでも艦隊よりも輸送艦が優先的に攻撃され、100隻以上を喪失。上陸戦力、武器弾薬を失い、さらに港湾施設も叩かれました」
「つまりは、ポートモレスビー侵攻の計画が――」
プロイ参謀長は眉をひそめた。
「実行も怪しいほどの打撃を受けてしまった、と?」
「はい」
情報参謀は頷いた。
「艦隊は健在ですし、補給艦もまだあるのですが、上陸戦力は予定の半分以下。作戦継続は不可能ではありませんが、港もやられていますから、補給に大きな障害を抱えていると断言しても差し支えありません」
「タウンズビルをやったのは、ブリスベンを襲った艦隊か?」
「おそらくは。やはり600機前後の艦載機と思われます。距離について些か疑問もありますが、敵が転移を使って艦隊を機動させているのならば、この短い時間に移動、攻撃も仕掛けられるかと」
「つまりだ」
ケイモンは一同を目だけ動かして見回した。
「我が軍のテリトリー内に日本軍はいて、虎視眈々と我々の計画を邪魔しようとしているのだ」
「しかし、閣下。敵が攻撃してくるとおぼしき場所は――」
プロイが考える仕草をとった。
「もはや周辺に存在しないのではありませんか? 精々、オーストラリアのタウンズビルやブリスベンに反復攻撃をかけるか、あるいは、我々のいるソロモン諸島くらいしか」
「参謀長、こちらのテリトリー内にいる敵機動部隊だが、まだ向かってくると思うか?」
「エスピリトゥサント島から始まり、タウンズビル襲撃まで同一部隊の仕業であるならば、そろそろ弾薬を使い切る頃かと存じます。しからば、全力攻撃が可能としても、後1回あるかないか。小規模攻撃なら可能性もまだ充分にありますが、それで南海艦隊主力に殴り込むのは自殺行為に他ならないかと」
「フム……。まだこちらに仕掛けてくる余裕があるなら、こちらも迎撃艦隊を編成せねばとも思うたが」
ケイモンは顎に手をあて、考え込む。
「余力がなければ、今度こそ、転移で離脱したやもしれぬな」
補給部隊を転移させて機動部隊に補給する手もある。だがいつ攻撃されるかわからない帝国の領海で、隙を見せるほど愚かではあるまい。同じ転移なら、離脱して安全な場所で補給のほうがリスクも抑えられる。
「弾薬の尽きた機動部隊など、もはや敵にあらず。転移が使えるならば、補給のために自軍テリトリーへ戻り、再出撃に備えるだろう。その時こそ、日本艦隊の主力と共に向かってくるはずだ」
ケイモンは、参謀たちを見回した。
「まだ敵がいるとは思えんが、捜索は南方軍団の航空団がやるだろう。我々は、敵主力艦隊が乗り込んでくるのに備え、通常の警戒配置とする。しかしラバウルやニューギニア、北方の警戒と哨戒は怠るな。敵は転移できるのだからな」
「はっ!」
南海艦隊司令部の方針は固まった。
予定されていたポートモレスビー侵攻部隊の方が使えるかわからないのは痛手であるが、東南アジアを襲撃した皇帝親衛隊の紫星艦隊が、上手くポートモレスビー攻略で分散されたかもしれない敵をある程度、引き寄せてくれるかもしれない。
南海艦隊は、南方軍団と共同戦線を図りつつ、やってきた日本艦隊をソロモン海で血祭りにあげるのである。
「閣下、失礼します」
席を外していた気象長が戻ってくるなり告げる。
「ソロモン諸島近海にハリケーンが発生、現在南下中です。強い風と雨に注意が必要です」
「4月後半ならば、大きな嵐になる確率は低いと聞いておるが……」
その日取りをみての作戦の決行であったが……。
「4月末まではギリギリでシーズンに入っているようです。ただ、この辺りに影響するのは今夜から明日の予報ですので、進路が変わって直撃でもしない限りは大した影響はないかと」