第四三五話、横腹への一突き
ヴォルク・テシス大将は、皇帝親衛隊である紫星艦隊を率いて海にいた。
紫の艦隊色に塗装された艦隊。巨大な旗艦級戦艦、ギガーコス級一番艦『ギガーコス』に将旗を掲げ、テシス大将とその艦隊は北上している。
「日本軍は、ソロモン諸島とマダガスカル島に注意が引かれている」
旗艦の司令塔内。司令長官用の浮遊椅子に座っているテシスは、居並ぶ参謀たちから、世界地図へと視線をスライドさせた。
「この隙をついて、敵の警戒が緩い地点に攻撃を仕掛ける。つまりは、陽動というわけだ」
注がれる視線の先、そこは東南アジア。その中でも、ニューギニア島の西、あるいはオーストラリア西部の北に位置する蘭印――オランダ領東インドと言われる地域だ。
「日本はアメリカから資源を獲得しているが、この旧オランダ植民地からの石油資源も、彼らの戦争を支える生命線と言える」
ここを襲撃することは、日本軍を脅かすに充分な成果が見込める。
「しかし、閣下」
紫星艦隊参謀長であるジョグ・ネオン中将が口を開いた。ちょび髭を生やした、冴えない中年男性といった風貌の男である。
「南海艦隊が、その主力艦隊を動員し、またインド洋艦隊も動いております。洋の東西で動いている今、我々の陽動は必要ですかな?」
「よい質問だ、参謀長」
テシスは気分を害する様子もなく、むしろ笑みさえ浮かべていた。
「普通の軍隊ならば、二つの戦場で大戦力を用いれば、それだけで彼らを大いに困らせただろう。しかし、日本軍は違う」
「……」
「彼らは、転移による艦隊移動を可能にしている。その技術においては、残念ながら我らが帝国より優れている。戦力の集中を行い、二つの戦線で各個撃破ができてしまえるポテンシャルを持っているのだよ」
テシス大将は、スクリーンに目を向けた。
「だからこそ、彼らを忙しくして、戦力の集中を難しくしてやるのだ」
「南海艦隊主力が、日本軍に敗れる、と?」
「東洋艦隊も、太平洋艦隊も、大西洋艦隊も、日本海軍に敗れた。……この私もね」
「ハワイのことを仰っているのでしたら、あれは日米連合軍を相手にしたからと聞いております。日本単独ならば、閣下が後れを取ることもなかったでしょう」
現地鹵獲戦力も含まれ、艦隊の質では前任者の太平洋艦隊より劣っていた。それをネオン参謀長は知っている。テシスは苦笑した。
「私は、それでも日米連合軍に勝てる算段を立てて挑んだのだがね」
それでも及ばなかった。投入された敵航空機の数が、想定より遥かに多かったのも敗因の一つかもしれない。
「しかしながら、本国もようやく本腰を入れました」
ネオンは事務的に告げた。
「我ら親衛隊の投入もさることながら、艦隊への増援も拡充されました。地球征服軍の戦力も、失った分を取り戻してなおお釣りがくるほどです」
絶対なる自信。ムンドゥス帝国が本気を出したなら、もはや地球制圧など時間の問題。それは新たにこの世界に派遣された帝国将校が抱いている確信であった。
――それが幻想でなければいいのだがな。
「はっ、何か」
「何、独り言だ」
テシス大将は相好を崩した。
「では、脇の一刺し作戦を開始する」
全艦戦闘配置。
紫星艦隊は動き出す。旗艦『ギガーコス』に率いられた艦隊は、戦艦7、空母10、重巡洋艦10、軽巡洋艦15、駆逐艦40、潜水特務艦10からなる。
だが、彼の率いる艦隊はそれだけではなかった。
地球制圧軍から与えられた一個艦隊、戦艦10、空母15、重巡洋艦30、軽巡洋艦30、駆逐艦80、輸送艦80が、紫星艦隊の後方に続いていた。
これらはオーストラリア西部フリーマントル港からポートヘッドランドで集結し、そのまま北上、蘭印を射程内に収めた。
――日本軍は、ニューギニア方面とオーストラリア北部を警戒していたが、何故か西部に対する警戒が緩い。
インド洋の東を制圧したことで、異世界帝国軍がオーストラリア西部から攻めてくる可能性を考えつかなかったのか。テシス大将は不思議に思う。
太平洋艦隊、大西洋艦隊、そして東洋艦隊に南海艦隊。これらに気をとられ、それ以外は弱小警備部隊としか見ていなかったのかもしれない。
オーストラリア西部にだって軍港はあるが、航続距離や基地施設の問題から、蘭印は軽視されたのかもしれない。攻撃される可能性の低い場所より、強力な戦力があるニューギニア方面に集中する――わからない話ではない。
――それだけ、日本の戦力に余裕はないのだ。
強大なムンドゥス帝国に、よく立ち向かっているが、所詮は一国家。限界はある。
――だからこそ、戦力の集中で彼らは勝ちを収めてきたのだ。
では、その戦力の集中が不可能となったらどうだろうか? それがテシスの目論見である。
紫星艦隊は北上を続け、バリ島からティモール島の間にある小スンダ列島、スンバ島へ向かう。
そして一定の距離をとって後続していた援護艦隊は、支援行動を開始した。
艦隊の空母15隻は、それぞれの目標に対して攻撃隊を飛ばしたのだ。
・ ・ ・
真っ先に空襲を受けたのは、スンバ島の海軍ワインガップ飛行場だった。ティモール方面の守りとして戦闘機隊が派遣されていたが、その防備は警戒部隊の域を出ておらず、数で押されては、勝ち目はなかった。
無人コア搭載の零戦三二型二個中隊は、数倍のヴォンヴィクス戦闘機と交戦したが、壊滅。飛行場もまたミガ攻撃機の爆撃によって叩かれた。
時置かずして、バリ島デンパッサルの陸海軍飛行場、セマウ島の水上機基地が襲撃された。フローレス島マルメラにも攻撃の手は伸びたものの、陸軍は大陸決戦に注力しているため、特に戦力があったわけではなかった。
現地の日本軍守備隊が突然の襲撃に動揺を隠せない中、紫星艦隊は炎上する飛行場をよそに、スンバ島を通過、スンバ海峡に侵入すると北上してフローレス海へと侵入を果たした。
北にはセレベス島、ボルネオ島と、完全に日本軍のテリトリーに入り込んだのだ。
一方、支援艦隊は、紫星艦隊の後は追わず、陽動任務として西進。次の狙いをジャワ島の日本軍飛行場と定めて、次なる攻撃隊の準備にかかった。
日本にとって庭になっていた東南アジアの海に、異世界帝国軍は有力な艦隊を差し向け、その比較的弱い防衛態勢の隙を突かれることになったのだ。
航空兵力は、海軍は東に集中し、陸軍は大陸に投入されたため、それなりの規模がある空母戦隊の航空隊を相手どるだけの力はなく、各個撃破されるのである。




