第四二五話、転移前進戦術
第一機動艦隊を飛び立った攻撃隊は、ヌデニ島にいた異世界帝国小艦隊に襲いかかった。
瑞雲と彩雲の誘導によって、海面近くを飛行し、敵レーダーによる遠距離探知を防ぎつつ距離を詰めた流星艦上攻撃機隊は、緩やかに上昇すると攻撃位置についた。
一航戦『大鶴』艦攻隊隊長の下村太一郎少佐は、事前に聞いていた敵艦影を見やり、口元を緩めた。
「ははーん、なるほどなるほど。あれがそうかい」
異世界帝国が使っているという水上機母艦。一見すると貨客船のようであるが、甲板に武装しているのがわかり、言われてみれば『秋津洲』のような飛行艇母艦に似ているような似ていないな微妙なシルエットだ。
「あんまりよくわからんな。輸送船と違うのはわかるんだが」
ともあれ、任務は護衛艦や輸送船もろとも、全て撃沈することである。飛行艇母艦だろうが、水上機母艦だろうが、それは変わらない。
流星隊は、各小隊ごとに敵艦1隻を狙った。必殺の1000キロ対艦誘導弾は、防御障壁さえなければ、これらの艦艇もイチコロだ。
上空に敵影なし。護衛の烈風艦上戦闘機隊は、対空監視に務めるがおそらく出番はない。
流星側の制御で誘導された1000キロ対艦誘導弾は、日本軍に気づいて動き出した敵艦を逃さなかった。
もっとも近い駆逐艦が、たちまち血祭りにあげられ、続いて水上機母艦が標的となる。
異世界帝国側の水上機母艦は、米軍から鹵獲した水上機母艦『カーティス』と、それを真似たような小型艦が2隻だった。
1940年就役の『カーティス』は、基準排水量8671トン。全長160メートル、全幅21メートル。機関出力1万2000馬力、最大速力20ノット。哨戒任務に用いられる飛行艇部隊の修理、補給を専門とする艦であり、大型水上機用の作業甲板を持つが、特に艦載機を載せてはいない。
武装は、駆逐艦両用砲である38口径12.7センチ砲を4門と、40ミリ機関砲。カタログデータ上では駆逐艦並みと言ってもよい。
あくまで支援艦艇なので、戦艦や空母を破壊する大型誘導弾の直撃に耐えられるようなものではない。一撃で胴体を真っ二つにされるように爆発が艦を駆け抜け、黒煙と共にちぎれた船体の欠片を撒き散らす。
瞬く間に、鹵獲水上機母艦は波間に消える。護衛の駆逐艦も、輸送船も巡洋艦もまた、奇襲に近い襲撃により、ろくな反撃の間もなく沈んでいった。
「81機は過剰だったかな?」
下村が見つめる先で、島に烈風隊が飛んでいく。敵の残りがいないかの確認か。マメなことだと呟く下村だが、烈風隊に動きがあった。
『敵水上機を発見! これを攻撃す!』
どうやら水上機が展開していたようだ。戦闘機隊にも出番はあった。烈風隊の半数が海面近くまで下りると、20ミリ光弾砲を撃ち込んで、大型飛行艇を破壊していく。
空対空戦闘でも、地上や海上の物体にも攻撃が通る光弾砲は、これまでの機銃掃射よりも効果的な威力を戦闘機に与えた。
かくて、ぶ号作戦のための敵部隊襲撃は上手くいき、攻撃隊はヌデニ島上空を去った。しかしその後に起きる事象について、現時点において知る者はいない。
・ ・ ・
エリス諸島。ギルバート諸島に含まれる島々であり、イギリスの保護領から植民地になった歴史がある。
9つの環礁ないし島がその範囲となるが、人口自体少なく、また環礁には多数の無人島がある。
異世界帝国軍はこれらを征服し、哨戒拠点を築いた。フナフチ環礁、ナノメア環礁、ヌクフェタウ環礁がそれで、当初は後方拠点としてさほどの強化もされなかった。
しかし、日本軍がマーシャル諸島に侵攻し、ギルバート諸島を脅かすに到り、多少の防衛力の強化が図られ、戦闘機と重爆撃機の飛行場が作られた。
そして1944年4月下旬、ついに日本海軍がきた。
第九艦隊の転移中継装置を使って道中をカットしたニューギニア島展開の第九航空艦隊の航空隊は、サンタクルーズ諸島よりさらに東のエリス諸島へと進撃していた。
第四九一海軍航空隊の瑞雲、一式水戦隊がヌクフェタウ、第一九一海軍航空隊、第七九一海軍航空隊の二式艦攻、銀河がナノメア。そして特殊重爆撃機『白鯨号』はフナフチを目指した。
エリス諸島にある異世界帝国の拠点がある三カ所を、ほぼ同時に攻撃を仕掛けるのだ。いずれも遮蔽装置を搭載しており、敵偵察機やレーダーを回避して進んでいる。
転移で航続距離の問題をある程度無視できるとはいえ、白鯨号を除けば、割と燃料に余裕のない長距離飛行となる。
その道中、白鯨号は、フナフチ環礁より南西に320キロの海域で、転移中継ブイを投下した。
この位置はフナフチ、そしてヌクフェタウ環礁との距離もさほど変わらない位置となる。白鯨号はふただび高度を取って、フナフチへ向かう一方、信号を追って第九艦隊が転移をしてきた。
これが、艦隊移動の梃子入れだ。
海上を行く艦艇と、空を飛ぶ航空機では、その速度差は、まさに雲泥の差である。艦隊が巡航速度でおよそ1日かかる距離を、白鯨号ならばわずか2、3時間で通過できるのだ。
そうやって第九艦隊は、特殊爆撃機に引っ張ってもらう形で道中をショートカットし、攻撃目標に近づいた。
順次、転移してきた第九艦隊は、陣形と整えつつ、次の行動に移った。4隻の空母、2隻の特務艦から、攻撃隊を発艦させたのだ。
『翔竜』『龍驤』『鰤谷丸』から、九九式戦爆が各9機と彩雲各1機。『神鷹』『角鷹』『牛谷丸』から二式艦上攻撃機各9機。
戦闘機27、攻撃機27、偵察機3、合計57機が、ヌクフェタウ環礁に針路を定めた。攻撃隊を放った第九艦隊は、そのまま南東へ舳先を向け突き進む。
そして約一時間後、まずナノメアに、海軍航空隊の一九一空、七九一空が到着した。遮蔽により前方からの索敵を躱した攻撃隊は、先導の彩雲改に従い、飛行場へ迫る。
「――中佐。魔力測定器に反応はありません。防御障壁は展開されていないようです」
「前線になるから、強化をしているかと思ったが、工事が追いついていないか、はたまた我が軍がこないと油断しているのか……?」
空中指揮官である上森 平吉郎中佐は少し考え、すぐに頭を振る。敵の都合など、この際関係ない。遮蔽装置搭載機で攻撃隊が編成され、迎撃されないだけよしとする。
「孔雀より、攻撃隊へ。敵施設に防御障壁は確認できず。攻撃を開始せよ」
七九一空の銀河、爆装した一九一空の二式艦上攻撃機が速度を上げて、ナノメア飛行場に殺到した。
ナノメア攻撃隊が、突撃を開始した頃、ヌクフェタウにも第四九一海軍航空隊が、こちらも彩雲改の誘導を受けて到着、攻撃を始めた。
爆装した瑞雲、一式水戦が、ロケット弾や250キロ誘導爆弾を、ヌクフェタウに作られた飛行場、基地施設を叩いた。
ヌクフェタウの異世界帝国守備隊は、ただちに迎撃しようとしたが、レーダーをすり抜けて襲来した日本機に完全に不意を討たれて、対応が後手後手になった。
ヴォンヴィクス戦闘機が飛び上がる間もなく、機銃掃射を受けて破壊され、滑走路をやられたことで重爆撃機の発進が不可能になった。
施設が失われていく中、通信装置で、日本軍の攻撃を南方軍司令部に打電するのがようやくだったヌクフェタウの守備隊だが、襲撃は続いた。
第九艦隊から飛来した57機が現れ、ヌクフェタウ環礁内の飛行艇基地と水上機が、破壊されたのだった。




