第四二〇話、米軍反攻作戦
軍令部総長の永野 修身は昨年、元帥となったが、特に変わる様子もなく日々、職務に向き合っていた。
異世界帝国による地球侵攻。異世界人との戦争を如何に収め、平和を得るか。最近はそのことばかり考えている。
現状、侵略者の軍隊を叩くほか手段はなく、しかしその軍隊がどれほどの規模があるかわからず、苦労している。
ここ最近、日本海軍は勝ち続けているし、陸軍もまた頑張っている。しかし戦争全体を見て、果たして我々は本当に異世界帝国に勝っているのか、半信半疑であった。
今、日本は、対異世界戦争において、中心的な存在になりつつある。日米の双璧に、イギリス、フランスなどの残存戦力が再興のために準備を行っている。ソ連は……正直、もはや組織的抵抗ができているか非常に怪しい。ソ連の極東艦隊や大陸沿岸部はわずかに残っているが、それは異世界帝国陸軍が、補給不足で進軍を停止しているためだ。
異世界軍が再び進撃を開始すれば、中国・満州方面で日本陸軍が敵を防ぎとめても、アラスカの手前までされ飲み込まれ、樺太、北海道も危機に晒されるだろう。
北から太平洋に侵入されることになれば、北方警備の第五艦隊の増強はもちろん、本土防衛のため戦力が割かれることになるだろう。
「厳しいなぁ……」
思わず永野は呟いた。そこへ軍令部次長の伊藤 整一中将が入室してきた。
「総長」
「うん」
永野は頷くと、伊藤からの報告を受け取った。
「――アメリカさんは、ぜひに連合艦隊に協力してほしい、と」
「はい。米軍は一大反攻作戦を準備しています」
南米大陸北部侵攻作戦――アメリカから協力と引き換えに送られた極秘資料を、永野は手に取った。
「米軍は、本土に侵攻した異世界帝国軍と戦っている……。南米に手を出すということは、カリブ海――中米の方は押さえられたのかな?」
「友人の情報では、目下、膠着状態というところです」
伊藤は言った。おそらく、友人とは、米海軍のレイモンド・スプルーアンスのことだろう、と永野は思った。
「開戦当初こそ、戦争準備ができていなかったこともあり、米国は祖国への侵入を許しましたが、準備を整え、戦時体制に移行した今は、本土から敵をほとんど叩き出すことに成功しました」
陸軍の兵力も増え、大量生産された航空隊が制空権を押さえるようになった。
「カリブ海の島々の異世界帝国基地も、米本土の連日の空爆で戦力を消耗、弱体化しつつあります。米海軍潜水艦部隊もこれらの島々を封鎖しようと頑張っているようですが、この辺りはあまり上手く行っていないようです」
「ふむ」
「しかし敵もカリブ海までは進めても、メキシコ湾に侵入すれば、米軍各基地からの航空攻撃で叩かれるため、大規模な動員による一大上陸作戦を展開でもしない限りは、異世界帝国が南海岸へ上陸するは無理でしょう」
日本が太平洋で頑張っている間、アメリカも何だかんだ、本国の敵を撃退したらしい。そして連日、空襲を仕掛けてくる中南米の敵爆撃団と航空戦を行っている。バトル・オブ・アメリカというところか。
「そして今や、反撃の時がきた、というところか」
「はい。そのための南米大陸侵攻作戦です」
そこで伊藤は、わずかに眉間にしわを寄せた。
「米海軍も戦力は足りないということでしょうが……」
「我々、日本海軍の戦力を頼りたい、と」
永野も資料を見て渋い顔になった。
南米大陸北部侵攻作戦――仮コード名『バックヤード作戦』。
それはカリブ海、大アンティル諸島上陸作戦に見せかけ、そのまま素通りして、南米大陸北岸ベネズエラ、コロンビアへ上陸、橋頭堡を確保する、というものだ。
大アンティル諸島の島々は、連日の空爆により、その戦闘力は低下しており、アヴラタワーを破壊し、少数部隊を上陸させれば事足りると判断されている。
そしてこのバックヤード作戦には、北米と南米を繋ぐパナマへの侵攻作戦も含まれている。
「パナマ運河制圧……」
永野は呟いた。
米陸軍主力は、北から南米大陸に上陸するが、米太平洋艦隊に支援された海兵隊は、西から、つまりコロンビア、そしてパナマへの上陸作戦を展開する。
パナマ運河を取り戻せれば、太平洋側からカリブ海に乗り込むことができる。海軍としては東西の移動が楽になるし、陸軍の上陸支援もやりやすくなる。
異世界帝国の大西洋艦隊主力が壊滅し、戦力補充がされていない今、カリブ海を制圧しても妨害されにくいのもまた、奪回の好機である。
そして日本海軍には、米太平洋艦隊と海兵隊と共にパナマ運河奪回に協力してほしいという要請がきた。
協力は吝かではないが――永野も伊藤も、この配置に眉をひそめるのである。
「行動は、もしかして前後する可能性があるとはいえ、このパナマ、コロンビア西岸上陸部隊は、敵南米展開の航空部隊の集中攻撃を受ける可能性が高い、か……?」
「はい。言い方は悪いですが、米陸軍の北岸上陸のための、囮部隊に近い扱いかと。そしてその矢面に立つのが――」
「米太平洋艦隊と日本艦隊か」
もちろん、このバックヤード作戦に協力し、艦隊を送ったら――の話であるが。
「多数の敵爆撃機からの波状攻撃を受ける可能性が高く、有力な航空戦力が不可欠になると思われます」
伊藤は事務的に告げた。
「任務の性質上、第二機動艦隊ではなく、第一機動艦隊の投入が望まれます。しかし……」
「果たして、参戦して見合う成果はあるだろうか?」
永野は疑問を口にする。体よく囮にされたのでは、送り損である。異世界帝国をこの世界から駆逐するために、米軍には勝って中南米を解放してもらいたいところではある。だが、そのために割を食うわけにもいかない。
「米国は、我々が戦争を継続するために必要な物資、特に不足している爆弾などをより供給するとは言っていますが――」
「それでうちも有力な艦隊を失っても困るんだよねぇ……」
もちろん、攻撃が集中するからと壊滅すると決まったわけではなく、上手く損害軽微で切り抜けてくれるかもしれない。
だがしくじった時のリスクが大きすぎる。
「連合艦隊と相談しますか?」
伊藤は言った。
「この作戦に加われば、連合艦隊が展開している南太平洋での戦いで使える爆弾、弾薬類にかなり余裕で供給できるようになりますが……」
「まあ、実際に戦うのは連合艦隊だからね」
永野は席を立った。
「伊藤君。第一部作戦課にも一応、バックヤード作戦について検討させてくれたまえ。連合艦隊に持ち込むのは、こちらでもある程度目算を立ててからでよかろう」
そう言って、ふと軍令部総長は気づいた。
「このバックヤード作戦は、いつ頃実行なのかな?」
「友人の話では、五月、もしくは六月頃には、と」
「……あまり時間がないね。急がないといけないな」




