第四一九話、復活の英国戦艦
キング・ジョージⅤ世級戦艦は、第二次ロンドン海軍軍縮条約によって、イギリスが建造した新型戦艦だった。
基準排水量3万5000トン、主砲口径14インチ(35.6センチ)以下。これが条約に沿った新戦艦に課せられた数値である。
しかし、この第二次ロンドン海軍軍縮条約は、日本とイタリアが離脱しており、1937年4月1日までに、この両国が調印しない場合、エスカレーター条項が発動されることになっていた。
それというのもワシントン、ロンドン軍縮条約を離れて、晴れて制約なしに新型戦艦を設計できる日本とイタリアが、英米仏が条約で3万5000トン、14インチ砲以下と定めたそれを凌駕する大戦艦を作るのは想像に難くない。
事実、仮想敵国をアメリカと定めていた日本は、アメリカの物量に対抗すべく質を高めた大戦艦――大和型を建造した。
まさかの18インチ砲とは思っていなかったが、ともあれそんな強力戦艦を持ち出されては、条約に縛られた英米仏の苦戦は必至となる。
だから、英米仏は、日伊が調印しなかった場合、新造戦艦の条件を3万5000トンから4万5000トン、主砲口径14インチから16インチ(40.6センチ)以下に引き上げて建造できるように、エスカレーター条項を用意していたのだ。
案の定というべきか、残念ながらというべきか、このエスカレーター条項は発動し、英米仏は16インチ砲搭載の新型戦艦を作ることができるようになった。
米海軍では、ノースカロライナ級がそれにあたり、英海軍では、キング・ジョージⅤ世がこれに該当する。
が、はじめから日本が調印しないと想定していたアメリカ――というよりエスカレーター条項を盛り込ませた彼らは、ノースカロライナ級の主砲を、14インチ四連装砲三基から、16インチ三連装砲三基に変えられるよう、設計していた。
対してイギリスは、日本が軍縮条約の調印に期待し、キング・ジョージⅤ世戦艦の設計を14インチ砲で行くことを決めた。
結果は、アメリカの予想通り、日本が参加しなかったことで、新型戦艦の主砲は16インチまでがオーケーとなった。ノースカロライナ級は予定通り、主砲を16インチ砲搭載戦艦として完成させたが、キング・ジョージⅤ世級は、もはや改設計している余裕もなく、14インチ砲戦艦として完成することになった。
これが第二次世界大戦が始まった時、列強各国の最新鋭戦艦で、一番主砲口径が小さいのはイギリスとなってしまった原因である。
さて、1912年就役の初代キング・ジョージⅤ世級と同じ名前の艦級をつけられた二代目キング・ジョージⅤ世級戦艦は、戦争が始まった1940年から順次就役していった。
基準排水量3万8030トン。全長227.1メートル、全幅31.5メートル。機関出力11万馬力、最大速度28ノット。
主砲は45口径35.6センチ砲一〇門――四連装砲二基と連装砲一基の混載である。なお、本来は四連装砲三基十二門とする予定だったが、弾薬庫防御に不足が発覚したため、強化の代償の軽量化の結界、一基が連装砲となった。
速力は条約前の戦艦群より早く、巡洋戦艦と比べてもさほど遅くはなく、新戦艦として不足はなかった。
攻撃力で、他国にやや劣っている一方、装甲はランクが上の戦艦とも撃ち合えるほどの厚みを有している。一部水雷防御に難ありと言われるが、砲戦による防御性能は高く、堅牢だった。
そんなキング・ジョージⅤ世級は、5隻が建造され、1939年から42年までに全艦が就役した。
だが、異世界帝国大西洋艦隊との戦いで、全艦が撃沈されてしまった。これらは異世界人によって回収され、大西洋艦隊に組み込まれた。
日本海軍との戦いのため、インド洋へ乗り出した異世界帝国大西洋艦隊だったが、その中に、巡洋戦艦『レナウン』と共に、5隻の鹵獲キング・ジョージⅤ世級戦艦もいた。
そして連合艦隊との戦いで、英鹵獲戦艦は、ことごとく撃沈された。……そして、日本海軍の回収隊より、二度目のサルベージをされることになる。
・ ・ ・
永野軍令部総長は、カナダに亡命したイギリス政府の使いとしてやってきた第一海軍卿と会談。
そこで、イギリス海軍から、可能ならば戦艦や空母などの主力艦を譲渡できないか相談を受けた。
ロイヤルネイビーは、自国艦艇の保有量はかなり少なく、戦艦空母はほぼ壊滅。アメリカから護衛空母を数隻入手したものの、現状とても戦力にはならなかった。
だがそのままでいいと考えるほど彼らは消極的でなく、いまだ故国奪回の戦意を持ち合わせていた。
敵に占領されたセレター軍港から、日本海軍がネルソン級やリヴェンジ級を鹵獲した時、本国へ送る手立てがなかったため、そのまま日本海軍に無償譲渡したが、カナダに亡命した今は、アラスカ経由で接触が可能なため、たとえ旧式艦であっても喉から手が出るほど、欲しかった。
もちろん、イギリスは、何かしら艦艇を日本海軍からもらえると思っていた。日本海軍が人員不足なのを把握していたからだ。たとえ戦艦、空母は無理でも、旧式巡洋艦の2、3隻、あるいは駆逐艦数隻程度は最低でも。
日本人が持て余している戦力を譲渡、もしくは借りられれば、共に異世界帝国と戦う同盟としての共闘もできるだろう、と、そこで押していこうとしていたのだ。
これに対して、永野元帥は、イギリスに想像以上の申し出をした。
「アラビア海海戦で、貴国の戦艦を回収しました。これを修理するついでに改装して、そのまま貴国にお引き渡ししましょう」
当然、これにはイギリス側は仰天した。永野軍令部総長は、終始にこにこしており、困惑するイギリス側に告げた。
「イギリス海軍は、我ら日本海軍の師でもありますから。恩に報いるのが大和魂というもの。共に異世界帝国と戦う者として、力を合わせて頑張りましょう」
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永野総長の、イギリス側への申し出は、もちろん第五部――魔技研の魔核を用いた再生技術あってのものだ。
通常、一度沈んだ艦艇を引き上げ、使えるように修理するというのは、ダメージにもよるが膨大な資材と費用、そして時間を必要とする。
しかし、そんなものお構いなしに、セイロン島ドックにて、回収戦艦キング・ジョージⅤ世級戦艦の再生、改修が行われた。
第一〇艦隊用艦艇の設計が終わり、余裕があった志下有造船大佐が、英国がキング・ジョージⅤ世級の後に建造を始めていたライオン級戦艦の話を参考に、沈没戦艦に手を加えた。
ライオン級は、キング・ジョージⅤ世級が本来目指していた40.6センチ砲を搭載した姿と言われていて、その設計も、非常に似通っていた。主砲に合わせて装甲の一部強化も行われたが、主な部分はほとんどキング・ジョージⅤ世級と差はない。
残念ながら英国で作られていたライオン級は、第二次世界大戦の開戦と共に工事延期となり、さらに英本土の失陥により完成することなく終わった。
だがかつて英国が支配していたセイロン島で、キング・ジョージⅤ世級が、ライオン級として生まれ変わることになった。
ここのところ日本海軍は、主砲の換装とその周りの工事について様々な艦でやっており、35.6センチ砲から40.6センチ砲への換装もスムーズに進んだ。
かくて列強新造戦艦、最弱クラスだった英国戦艦は、アメリカで言うところのノースカロライナ級レベルの40.6センチ砲戦艦を複数隻、入手することに成功したのだった。




