第四一八話、外国からの要請
深刻な弾薬不足に悩まされている日本海軍。軍令部、そして海軍省は、その解決策を、対異世界同盟であるアメリカに求めた。
米軍が使っている爆弾を、日本海軍の陸上攻撃機や艦上攻撃機などで使うのである。
「もちろん、防御障壁には阻まれる通常弾頭です」
神明は告げた。
アメリカには、まだ防御障壁対策がない。しかし、通常弾頭でも数当たれば障壁は破れる。
ならば量産が間に合わない不足の爆弾などを、物が豊かなアメリカから入手して、遠慮なく戦場で使ってやろうということである。
「規格が合わんだろう?」
「多少手を加える必要はありますが、背に腹はかえられないというやつです」
ないよりマシである。小沢中将は顎に手を当てる。
「まあ、アメリカさんは同盟国に武器や弾薬を盛んに供給していたからな。可能といえば可能なのだろう」
「しかし――」
神明は表情を曇らせた。
「アメリカもタダでは出せない、と言っています。彼らも本土侵攻を阻止するために大量の武器弾薬が必要としていますから」
南米大陸からの攻撃に対して、アメリカはよく一国で戦線を支え、なお奮闘している。海軍については立て直しが図られているが、陸軍の、特に航空隊は、敵重爆を食い止め、また逆襲をかけて一進一退の攻防を続けている。
「交換条件ということか? 何を要求された?」
「パナマ運河奪回のため、日本海軍の支援が欲しいそうです」
つまり、艦隊を送ってくれ、ということだ。これには小沢は渋い顔になった。
「陸軍ではなく、海軍か」
「先方も、陸軍が大陸決戦で手が離せないことは承知ですから」
アメリカ陸軍が本土防衛に死力を尽くしているように、日本陸軍もまたその全力で大陸で戦っている。借りられる兵力が陸にないことは、互いに理解しているのだろう。
「しかし、海軍か。……こちらも余裕があるわけではない」
小沢の目は、世界地図へ向く。
連合艦隊は南太平洋で、ぶ号作戦を行おうとしている。第一機動艦隊がこれにあたるが、第二機動艦隊は、これまでの連戦の休養と補充中。
かと思えば、敵が反撃してくる可能性が高い上に、インド洋でも敵が集まっていて、第七艦隊を含め、そちらでも激突の気配がある。敵が大陸前線への補給を急務としているなら、ここに生半可な戦力では向かってこないだろう。
もしアメリカの要請を受けて、パナマ運河奪回に兵力を差し向ければ、不足の弾薬と引き換えに、反撃戦力にダメージを受けて、結果、劣勢を強いられる可能性もあり得た。……たられば、の話ではあるが。
「作戦に必要となる爆弾を得る代わりに、艦隊を失っては意味がない」
パナマの奪回となると、完全に異世界帝国軍のテリトリー下での戦いだ。アメリカ本土に敵が攻めてきているところからもわかる通り、大陸を繋ぐここは、敵の支配下だ。さらに南米北部の敵飛行場からも多数の航空機の攻撃を受ける。
半端な戦力では不足であり、かつ機動艦隊を送り込んだとしても、相応の被害を覚悟せねばならない。
「ぶ号作戦を進めると連合艦隊が言っているということは、山本長官は、アメリカの話に乗るつもりはない、ということか?」
小沢が疑問を口にすれば、神明は首を傾げる。
「まだ軍令部や海軍省から話が連合艦隊に行っていないのかもしれません。あるいは、話は来ているが、一機艦は敵が大挙してきた時は潜水でやり過ごせないですから、二機艦にやらせるつもりなのかもしれません」
手伝ってやるが、アメリカの囮になるつもりはないぞ、という実働部隊の声かもしれない。
「しかし、爆弾などの武器は欲しい」
嫌々でも協力せざるを得ないのかもしれない。小沢が腕を組んで黙り込めば、神明は言った。
「アメリカ側が、どういう支援を日本海軍に求めるのかでやり方も変わるでしょう」
彼らの求めが、単なる囮役としての日本艦隊か、それとも米航空隊と異世界帝国航空隊が正面衝突している隙をついての、機動艦隊航空隊による側面撃ちか。
「おそらく、パナマ運河周りの敵艦隊の相手するのと、押し寄せる基地航空隊を撃退、敵飛行場を破壊する航空戦が主となると思われます。囮役でいいなら、囮の海氷空母を作って、適当に浮かべれば、案外小戦力でどうにかなるかもしれません」
敵航空隊を引きつける役ならば、沈んでも問題ない異世界氷で作った張りぼて空母で充分役目を果たせる。
だが、基地攻撃も担うなら、最低でも一機艦ないし二機艦の戦力投入は必要と思われる。
「囮というなら、アラビア海で撃沈した敵大西洋艦隊のフネを動けるだけでも修繕する手もあるな」
小沢は言った。撃沈した異世界帝国大西洋艦隊の艦艇は、敵の再利用を阻止するために回収されていて、有用なものは日本海軍で修理、改修して使うが、現状でも持て余し気味であった。そもそも弾薬不足で喘いでいる状況で、艦艇を増やしても戦えないのだ。
それならいっそ、囮にしてしまえ、というのが小沢の意見である。沈んだらまたサルベージする必要はあるが――
「ああ、そういえば、その鹵獲回収艦の話ですが」
神明は思い出した。
「実は、その一部を外国に提供するという話が出ています。アメリカがやっている武器貸与――レンドリースというやつです」
各国の日米以外の、壊滅してしまった海軍にサルベージした艦艇を提供し、後で返してもらうか金銭で購入するかしてもらおうというのである。小沢は考える。
「アメリカ以外の外国と言うと……カナダに亡命している国か?」
「イギリスとフランス、あとオランダもそうですが、特にイギリスの偉い人がアラスカ経由で日本にきていて、海軍省と軍令部と相談しているそうです」
英国の王室海軍は、かつての日本海軍の師である。日露戦争の時も日本に協力した友邦だったし、日本海軍の軍艦――金剛型も英国の血を引いている。
「今次大戦で、英国は我々がセレター軍港で奪回した艦艇を譲ってくれていましたから、そのお返しということなんでしょう」
ネルソン級、リヴェンジ級の戦艦の4隻に装甲空母、重巡洋艦1隻ずつ――これらは改装されて紀伊型、近江型などとして活躍している。
「イギリス以外はわかりませんが、軍令部では、アラビア海海戦で回収した英国戦艦を、こちらで改造して譲渡、いや返還? されるとか」
「アラビア海海戦で、敵が使っていたイギリス戦艦というと……何だったか?」
「キング・ジョージⅤ世級と、レナウン級巡洋戦艦ですね」
42年にイギリスから貰った艦艇分は、無償でお返ししてもよいのでは、というのが軍令部の一部の意見。日本人は貸りた分はきっちり返す義理堅い性分だが、英国に貸しを作ることで、今後の外交的付き合いをよくしておこうという意図が見える。アメリカと同じく、1940年代の日英間の関係も、あまりよろしくなかったから。
「キング・ジョージⅤ世級といえば、36センチ砲搭載の戦艦だな」
小沢はどこか投げやりである。
「乙型戦艦ならともかく、甲型には少々厳しいフネだ。それくらいなら、まあいいのではないかな」
イギリスが保有する戦艦の中でも最新鋭の戦艦であるキング・ジョージⅤ世級だが、軍縮条約後の国家間の思惑に振り回され、格下の砲火力となってしまっている。
航空機を優先し、戦艦を下に見ていた小沢も、ここのところ戦艦の価値を認めているのだが、そんな彼でも、キング・ジョージⅤ世級は放出してしまってもよいだろうと思えるレベルだった。
が、ここで神明は、小沢の想定外の言葉を吐いた。
「こちらで、敵甲型戦艦に対抗できる艦に改装して渡す話もあるそうです。ライオン級というんですか。キング・ジョージⅤ世級の後にイギリスが作ろうとしていた40センチ砲搭載戦艦。……あれに近い形に改造するみたいですよ」