第四一三話、海面に敵影なし
日本艦隊は、転移では現れなかった。
警戒するピスケース艦隊だが、空振りに終わった攻撃隊が戻ってきた。
「着艦作業用意!」
「対空監視、気をつけろ!」
アルクトス級空母4隻は、攻撃隊の収容に掛かる。日本軍が近くにいるならば、この隙を衝いて攻撃してくるかもしれない。
ピスケース中将以下、艦隊乗員たちは空中に警戒し、またレーダーセクションも、敵機の接近に備える。
誰もが、日本軍の襲撃に注意を払っていた。
そしてそれはやってきた。
鈍い轟音と水飛沫。突然、護衛のゲパール級駆逐艦が3隻、艦首から水柱を上げた。
「雷撃!?」
直後、収容作業中のアルクトス級空母2隻にも立て続けに艦首付近に水柱と煙が立ち上った。
旗艦『ジャンバール』の艦橋で、ピスケース中将は双眼鏡を手に取る。
「魚雷攻撃……! もしや潜水艦か!?」
「通信!」
カエシウス参謀長が叫んだ。
「上空の味方機に確認させろ! 潜水艦なら海面付近に陰が見えるはずだ!」
基本潜水艦は、攻撃時は潜望鏡で敵艦との位置を把握して魚雷を放つものだ。潜望鏡の深度まで上がってきている潜水艦は、上空から発見しやすい。
飛行するミガ艦上攻撃機が、低高度で周囲を捜索する。その様子を見やり、ピスケースは呟いた。
「魚雷を撃ったら、潜水艦は海中深くに潜る。もう遅いか……?」
潜水艦も、空に敵機がうようよいる状態で、海面近くにいるのは自殺行為とわかっている。攻撃したら、潜行するというのは当たり前であり、攻撃を受けた時に探しても手遅れというのも珍しくない。
カエシウスが口を開いた。
「複数の潜水艦がいたようですから、間抜けにも戦果確認に潜望鏡を覗いているヤツがいるかもしれません――」
ドーン、とまたもくぐもった爆発音と水柱の音がした。
『駆逐艦「ランクス」被雷!』
『空母「アガーツィ」、被雷!」
3隻目の空母の被害が出た。これにはピスケースが怒鳴った。
「まだ収容作業をやっていたのか!? 中止だ中止! 空母は防御シールドを張れ!」
潜水艦が仕掛けてきているのに、馬鹿正直に艦載機収容を続けるなど、敵に撃ってくださいと言っているようなものだ。少なくとも、駆逐艦が対潜掃討をかけるまでは、着艦作業は中断である。
「提督、妙ですね……」
カエシウスが、悪巧みをしているような表情をする。どこか小悪党じみた顔つきのせいで、その見えてしまうのだ。
「これだけ上空を我らの攻撃機が飛び回っているのに、潜水艦が攻撃してくるなんて。魚雷の引く雷跡が見つかれば、そこから大体の位置もバレるというのに……」
さらに言えば、その上空警戒でもいまだ敵潜発見の報告がない。まだ攻撃されていたにも関わらず。
「報告! 空母『ショーヅィ』艦首より浸水増加! 復旧不能、沈没します!」
貴重な空母1隻が失われた。
さらに2隻の空母が艦首に食らった影響で全速力を発揮できず、特に『アガーツィ』は前方へ航行すると浸水が増大するため、後進しかできない状態になっていた。
4隻中3隻が、空母として戦力外となってしまった。
「妙だな……」
「なんです、提督?」
ピスケースの呟きに、参謀長が問うた。
「被害が艦首ばかりなのが気になる」
「……正面から雷撃されたからでは?」
「で、敵は進行方向上にいたのか?」
真っ先に攻撃機が確認に飛んだはずだ。その後にも攻撃を受けて、被害が拡大した。にも関わらず、いまだ発見の報告はない。
「潜水艦だけではなく、雷跡もだ。攻撃機だけではない、艦の見張り員も海上を確認し、敵の魚雷の接近に警戒していたはずだ」
それでも発見されず、しかし被害が出るのはおかしい。
「ひょっとして……魚雷ではなく、機雷なのではないか」
・ ・ ・
ピスケース中将が推測した通り、その攻撃は、日本海軍の誘導機雷だった。
セイロン島を出撃し、ムンバイ軍港の異世界帝国艦隊を叩くべく、武本中将指揮の第七艦隊が進撃し、攻撃を仕掛けた。
○第七艦隊:指揮官:武本権三郎中将
第五十一戦隊:(戦艦3):「扶桑」「山城」「隠岐」
第十一航空戦隊:(空母3):「白龍」「赤龍」「翠龍」
第十三航空戦隊:(空母3):「幡龍」「水龍」 (「真鶴」※別行動中)
第九戦隊:(大型巡洋艦4):「黒姫」「荒海」「八海」「摩周」
第三十戦隊(特殊巡洋艦2):「初瀬」「八島」
第三十三戦隊(重巡1・軽巡2):「那岐」「滝波」「佐波」
第七十五戦隊(敷設艦2):「津軽」「沖島」
第九水雷戦隊:特殊巡洋艦:「九頭竜」
・第八十一駆逐隊:「初桜」「椎」「榎」「雄竹」
・第八十三駆逐隊:「桂」「若桜」「梓」「栃」
・第八十五駆逐隊:「藤」「山桜」「葦」「篠竹」
第十三潜水戦隊(特設潜水母艦1):いくら丸
第六十潜水隊:呂500、呂501、呂502、呂503、呂504、
呂505、呂506、呂507、呂508
転移巡洋艦戦隊と、3個駆逐隊、2個潜水隊がインド洋での通商破壊任務に出ていて不在であるが、残る艦艇で、異世界帝国艦隊を発見すると、早速撃滅にかかった。
ピスケース艦隊に最初に打撃を与えたのは、第七十五戦隊の潜水敷設艦『津軽』『沖島』である。
敵の進路上に待ち構えていた2隻は、魔力誘導式機雷をばらまき、敵空母とその護衛である駆逐艦を機雷原に突っ込ませた。
駆逐艦は防御障壁がなく、また艦載機収容中の空母も同様だ。航跡の残らない機雷を使い、敵艦の進行方向に誘導、ぶつけることで爆発させたのだった。
海面近くをどれだけ探そうとも、深く潜っている第七艦隊を目視確認はできず、その攻撃の手も見つけられないまま、敵は友軍がやられていくのを見ることしかなかった。
この時点で、ピスケース艦隊は、駆逐艦5隻が沈没。3隻が大破、航行不能。空母も1隻沈没、2隻航行不能の被害が出た。
しかし、第七艦隊の攻勢は、始まったばかりだ。




