第四一二話、行動を開始する艦隊
異世界帝国軍、マダガスカルに艦隊を集結中。
日本海軍第七艦隊所属の哨戒空母『真鶴』の彩雲偵察機がもたらした報告は、セイロン島の第七艦隊司令部ならびに、内地の連合艦隊司令部にも届いた。
世界で第四位の面積を持つ島であるマダガスカル島。インド洋西部、アフリカ大陸南東に位置する。
南半球が異世界帝国に押さえられた時、当然マダガスカル島も、異世界人の手に落ちた。
インド洋に面した各地への交易のための拠点として重要視されており、現在もインドやオーストラリアなどと艦艇が行き交っている。
そこに規模の大きな艦隊が集まっている――これは、日本にとっても危険の兆候だった。
インド洋が担当である第七艦隊司令部では、『真鶴』の報告をもとに対応を話し合っていた。
「――さすがに、この規模となると、何かしらの作戦が絡んでいると思われます」
第七艦隊参謀長の阿畑 洋吉少将が、彼には珍しい精一杯の真顔で告げた。
「我が第七艦隊は、インド洋西部で通商破壊戦を展開しておりましたから、少々の船団では驚きもしません。潜水艦と潜水型駆逐艦、あるいは哨戒空母でサクっとやっつけてきました。ただ、今度ばかりは、こちらも本腰を入れないと対応できない、と」
「洋吉、敵さんの戦力の詳細について報告はあったのか?」
第七艦隊司令長官、武本 権三郎中将が確認すれば、阿畑参謀長は手元のメモを見た。
「第二報によれば、空母十隻以上、戦艦も6、7隻はおるようですな。何より恐ろしいのは、輸送船の数が300を超えることでしょうか」
「なるほど、これほど集めるというのは、攻勢の前触れとも捉えられるわけか」
武本は首肯した。佐賀作戦参謀が口を開く。
「船団の規模に比べると、戦艦、空母の数が控えめのように思えます。これはインド方面への物資補給の可能性が高いかと」
「そうともばかり言えんのよ、佐賀参謀」
阿畑が自身の頬をかいた。
「ほれ、例のムンバイ軍港にいた敵大西洋艦隊の前衛部隊。あれがそろそろ、本格活動が行えるレベルになっている。それがマダガスカルの連中と合流することになれば、中々厄介なことになる」
「……あるいは、こちらがマダガスカルの連中を相手している側面を衝いてくるかもしれませんな」
佐賀は事務的に告げた。武本は口を尖らせる。
「下手に邀撃に出ると、セイロン島を狙われるか、我が艦隊の背後に向かってくるかもしれんということか。目の上の瘤だな」
「内地から援軍を呼びますか」
阿畑は、さらっと言った。
「正直、第七艦隊だけでは厳しいところです」
「やりようはあるんだろうが……」
武本は視線を宙へと彷徨わせる。
「連合艦隊も、今はニューギニア方面を注視しているからな。あちらもきな臭いから、もしかしたら、援軍はあまり期待できんかもしれない」
「南太平洋でも、敵が動くと?」
「そりゃ、世界を相手にしている異世界帝国だ。規模を考えれば、太平洋とインド洋、それぞれで大戦力を投入する作戦だってやれる」
老練な司令長官は自身の髭をいじる。
「とりあえずだ、艦隊は即時対応できるよう準備だ。内地が何か手を打つかもしれんが、こちらとしても、まず邪魔になるムンバイの敵艦隊を先んじて叩いておきたい。……ということで佐賀、ちょっと考えてくれ」
「承知しました」
第七艦隊は、マダガスカル島に集結する敵が動き出す前に、インド西部のムンバイ軍港に存在する敵を処理することを決めた。
・ ・ ・
セイロン島の日本艦隊が動いた。
偵察機の報告は、ムンドゥス帝国は大西洋艦隊先遣隊こと、ピスケース艦隊に届いた。
マダガスカルに集結中の友軍のことを日本軍が知っているとは思っていなかったので、敵の目的はムンバイ軍港と自分の艦隊であると予想したピスケース中将は、ただちに出港を命じた。
元フランス、イタリアの鹵獲艦が中心のピスケース艦隊は、旗艦『ジャンバール』に率いられ、ムンバイ軍港からなお南下した。
「このタイミングで、セイロン島の敵が動く、か」
ピスケース中将の発言に、カエシウス参謀長は応えた。
「こちらがセイロン島を偵察しているように、日本軍もムンバイ軍港の我が艦隊を偵察していると思われます。こちらが動く前に、叩いてしまおうという魂胆なのでしょう」
「敵は戦艦3に、空母5だったか?」
「はっ。ほかに大型巡洋艦4隻を含む巡洋艦が10隻程度。駆逐艦も12隻前後が確認されています」
「潜水艦は、インド洋を荒らし回っているだろうから、そんなものか」
規模としたら、ほぼ互角と言うべきか。増援がなければ、これと差し違えたとしても、マダガスカルの大船団による輸送作戦を妨げる要素を取り除くことができる。
「ここらで、元大西洋艦隊の意地というものを見せてもいいかもしれんな」
ピスケースは覚悟を決めた。
南下を続ける艦隊だが、やがて空母から発艦させた偵察機が、日本艦隊発見の報を寄越した。
『戦艦3、空母5、大型巡洋艦4、巡洋艦5、駆逐艦12』
「想定とほぼ一致しているな」
「大型巡洋艦の戦闘力が気になるところでありますが、そうなります」
カエシウス参謀長は頷いた。
「では航空隊で、先制攻撃を」
「うむ。空母戦隊へ。攻撃隊を発進させよ」
賽は投げられた。
ピスケース艦隊にある4隻の空母は、アルクトス級中型高速空母だ。その搭載艦載機は各72から75機。
昨年9月のムンバイ軍港空襲では、真っ先に沈められたが戦列復帰したこれら空母群から、満を持して攻撃隊が飛び立つ。
日本海軍は空母が5隻と、こちらより1隻多い。規模も地球側では正規空母にして、アルクトス級と同規模だ。この場合、艦載機数は純粋に向こうが上だろう。
なので先手必勝、敵より先んじて仕掛ける。
全288機中、戦闘機96機、攻撃機96機、合計192機が出撃した。
日本艦隊の推定航空機は360機前後。その中で攻撃機は迎撃に参加しないだろうが、どれほど戦闘機がいるか――それによって、攻撃隊の攻撃の成否も変わってくるだろう。
不安がないわけではない。敵空母の艦載機の編成が、もし戦闘機が大半だったなら、いや半分以上だったなら、攻撃隊は多数機の迎撃に大打撃を被るだろう。
余裕はない。幾何かの緊張をはらみつつ、ピスケースは出撃した攻撃隊を見送った。
艦載機が出払っている間に、敵の偵察機に発見されるかもしれないと、空を気にするピスケース艦隊。
味方偵察機が音信不通になってしばし、攻撃隊からの通信が、旗艦『ジャンバール』に入る。
『想定海域に到着するも、日本艦隊を発見できず。なお捜索を継続す』
これにはピスケースはカエシウスと顔を見合わせた。
「視界不良か?」
「もしや敵は、艦隊を転移させた可能性も……」
大西洋艦隊はそれで攻撃隊を空振りさせられた。
慣れ親しんだ手順で望み、まさか自分たちも同じ手でやられることはないだろう、と根拠のない思い込みが内心にあったのは認める。
「艦隊、警戒せよ。日本艦隊が仕掛けてくるぞ」
転移奇襲に備え、防御シールドを展開。駆逐艦や一部巡洋艦には未装備だが、『ジャンバール』以下戦艦や主要巡洋艦には、引き上げ、修理と共に防御障壁発生装置を新たに搭載している。
ピスケース艦隊は進む。




