第四〇九話、対壁戦研究会の戦果 ――新戦艦
海軍での陸戦隊増強、その装甲戦力の視察ができて満足の山本五十六大将だが、それは用件の一つに過ぎない。
異世界帝国軍が、防御障壁によって防御力を向上させている今、日本軍はより強力な武装が必要だった。
無資源国である日本の弾薬問題、引いては戦争継続に必要な装備の開発は急務である。
「対壁戦研究会としての、例の新戦艦の進捗はどうかね?」
山本が問えば、神明少将は、用意していた図面を見せた。
「こちらになります」
※対防御障壁を貫通する主砲を搭載した新戦艦
基準排水量:6万1200トン
全長:275メートル
全幅:37メートル
出力:22万馬力
速力:29.1ノット
兵装:50口径40.6センチ光弾三連装砲×4 12連装イ型光線砲×2
55口径12.7センチ連装高角砲×12 8センチ光弾砲×12
20ミリ光弾速射砲×40 十二連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1
艦首53.3センチ魚雷発射管×4
誘導機雷×30 対潜短魚雷投下機×2
航空兵装:カタパルト×2 艦載機×10
備考:潜水機能あり、遮蔽装置、防御障壁、転移中継装置搭載
図を見る限り、艦首と艦尾に主砲を二基配置した大和型、いや播磨型に似た艦容だった。
「元となったのは、『アルパガス』という戦艦だったな?」
「はい。艦橋と動力部分は撃沈の際の衝撃と一部転移のせいで消失しましたから、大和型を流用しました」
大和型は、日本海軍の新戦艦のスタンダードスタイルである。改修した播磨型の艦橋構造物も、大和型ベースであるし、この新戦艦も、それに近いものとなるのだろう。
「主砲口径は40.6センチ……16インチだが、これは41センチ砲に合わせなくてもよかったのかね?」
「使用するのが光弾砲です。実弾砲ではないので、他の戦艦と規格を合わせる必要がありません」
「あー……そうだったな」
回収したアルパガスの特殊光弾主砲を再現しつつ改修しているのが、新戦艦の主砲となる。
山本は、上面から見た図の、砲身の数に眉をひそめた。
「元の艦は連装砲だったが、こちらは三連装なんだな」
「艦幅に対して、砲側に余裕がありました。当初は甲型戦艦の発電機を使う予定だったのですが、旗艦級戦艦――播磨型のものを利用することで、何とか三連装砲にして足りる出力を確保できました。ですので、投弾量を増やすために門数を増やし、ベース艦と同数にしました」
神明は答えた。播磨型の発電機を使ったというのは、ちょうどその播磨型が修理・再生中だったので、追加で同型部位を魔核生産したのである。
二番艦の『遠江』がハワイ沖海戦で大破、修理中。撃沈された一番艦の『播磨』も欠損部分が多く、遠江の魔核で欠損を補った上での大修理を受けていた。
閑話休題。
新戦艦に話を戻し、その運用としては、潜水なり遮蔽装置で、敵艦隊と距離を詰め、高出力の貫通三連光弾を発砲。
敵が障壁を展開していなければ、三連装四基12発×3連、36発の戦艦級光弾が直撃し、大破ないし轟沈。障壁を張っていても、貫通した12発が、敵艦に命中し、その戦闘能力ないし航行能力に大打撃を与える。
「攻撃面はもちろんですが、防御にエネルギーを回せば、強力な防御障壁を使うことができます。艦隊の切り込み役として、敵を引っかき回す一方、転移中継装置を用いて、友軍艦や航空隊を自艦の近くに導く、嚮導役も可能です」
「艦隊運用の幅が広がりますね」
樋端航空参謀が口を挟めば、神明は頷いた。
「なにぶん、この艦には同型艦の予定が今のところはないから、単艦ないし小部隊の旗艦としての運用が想定される。前衛突撃戦艦とまあ、他の戦艦部隊とは違う形になるだろう」
「面白いな」
山本は相好を崩した。彼の新しいもの好きな一面が顔を覗かせた。早く実際に使ってみたくてたまらないという顔であった。
「誘導弾は大和型に近いな。しかし、艦首の魚雷発射管は、完全に潜水艦としての運用かな?」
「そうなります。敵も、こちらが潜水からの浮上攻撃に移る艦艇を多用しているのに気づいているでしょうから、水中にいる間も攻撃できる手段は必要です」
そもそも、潜水型水上艦は、異世界人たちが先だ。彼らは駆逐艦や軽巡洋艦でそれをやっている。何故か、空母や戦艦ではそれをやっていないが。……遮蔽装置も使うようになってきた敵だから、潜水型空母や戦艦が現れるのも、そう遠くないと神明は予感している。
それは別としても、敵も警戒しているのであれば、潜水戦艦を浮上前に攻撃を仕掛けてくる。だから、水中にいても水上の敵を攻撃できる手段を装備させておくのである。
「これまでは誘導機雷で、真上を塞がれた時のための対処させていましたが、遠距離から雷撃できるようになれば、そもそも真上を取られる前に攻撃できます」
神明の説明を聞き、樋端が口を開いた。
「確かにそうです。ですが、敵が防御障壁を平時から使うようになりつつある今、攻撃できるというだけでは、奇襲時くらいしか使えないかもしれません」
「やはり、魚雷や誘導弾にも障壁を突破できる威力が欲しいですなぁ」
渡辺が考え込むように腕を組んだ。神明は相好を崩す。
「その件だが、すでに対障壁用に強化された新型弾頭の開発は成功した。軍令部では、各種装備への切り替え、量産に向けて準備中だ」
「本当ですか!」
渡辺は驚き、山本を見た。我らが連合艦隊司令長官もまた初耳だったようで。
「完成したのか。ははっ、待っていたぞ!」
「はい。砲弾、魚雷、誘導弾、各種爆弾用にそれぞれモノが済んでおり、現地でも特に調整は必要ありません。そのまま使えます」
「でかした! せっかく新型弾頭があっても、砲や発射機も改装しなくてはいけないとなると、すぐには使えないからな」
「ご安心ください。正確な資料は、追って長官の手元にも届くと思います」
前線部隊にとっても待ちに待った朗報だった。
ハワイ沖海戦で危惧され、アラビア海海戦で露呈。む号作戦中でも対処に難儀した敵の防御障壁。海軍や魔技研は、耐障壁兵器――エネルギー弾頭の開発に躍起になっていたが、開発自体はマニラ沖海戦直後からスタートしていたこともあり、完成に漕ぎ着けた。
ただ――神明は幾分か声を落とした。
「新型弾頭も完全に一発で障壁を剥がせるほどのものではありません」
単純な威力は向上している。一発では無理だが、巡洋艦程度なら二、三発。戦艦、空母相手でも十発前後の攻撃で、障壁を引き剥がすことができると計算された。
なので、通常弾頭で正面から殴るより、障壁を削る弾薬の消耗を抑えられることは間違いない。
その発言に空気が変わった。山本も自然と顔が綻ぶ。
「それでも充分な成果だ。そもそも、これまでだって大型艦相手に一発で沈むようなものでもないしな」
弾薬消費の低減に、光明が差してきた。だがそこで、神明は爆弾を投下する。
「まあ、一応、一発で障壁を破れる弾頭も作ってはいますが」




