第四〇七話、ゴーレムと機械服
「アヴラタワーへの突撃する機動、歩兵?」
山本長官が聞き返せば、神明少将は首肯した。
「ええ、車両に頼らず、目標へ爆発物を持ち込む力と、脚の速さ――陸軍の電撃師団で用いられてから、急速に前線部隊にも配備が進んでいるようです」
神明は、そこで僅かに首を傾けた。
「正確には、ゴーレムとは違い、機械服、もしくは鎧と陸軍は呼んでいます、中に人間が入って着込む型ですから」
「中に人が?」
「はい。これまでも敵は、死体兵という操り人形が装備していた装甲服があったのですが、それの進化型と言ったところでしょうか」
神明は指を二本立てた。
「ゴーレムと呼ばれる無人型と、スーツ型という有人型。現状、この二つを陸軍は使用して、大陸で戦っています」
この手の話を神明ができるのも、古い友人でもある陸軍の杉山 達人少将から、陸軍のゴーレム研究の記録を一通り見聞きしていたからである。コア運用の研究の段階で、互いに資料交換して知ったのだ。
五身島の魔研本部地下で、密かに研究されていた日本陸軍用の機動歩兵。当時は機密だったが、今現在は事情が異なる。
大陸決戦で絶賛活躍中。スペックなどの問題を除けば、今では日本中でその存在が知れ渡っているのだ。
無敵、機械歩兵! 異世界人の木偶人形を粉砕!――など新聞が書いているのを、神明も目にしている。
肝心のスペックについては、海軍にも伝わっていないが、どんなものかとアプローチをかけている者は、神明以外にもいるとは思われた。――連合艦隊の方では、伝わっていなかったようだが。
「ただ、今回のむ号作戦では、これらの兵器を回収できたとか」
「そう、鹵獲はしたが、それを実際に海軍でも使えないかと思ってな」
山本の言葉に、神明は淡々と告げた。
「では、連合艦隊からも軍令部に、その旨を伝えておいたほうがいいでしょう。海軍大臣は、鹵獲したスーツやゴーレムを、陸軍に提供するつもりのようですから」
「嶋田が?」
連合艦隊司令長官、山本五十六の同期にして、海軍大臣である嶋田繁太郎は、海軍では珍しい陸軍との協調派である。
海軍と陸軍は仲が悪いというのは、万人の認めるところで、一部では敵視にも等しい悪態が飛び交ったりする。
そんな中、陸軍と足並みを揃えようとする嶋田は、陸軍の東条大臣兼首相に、媚びを売っているだの、嶋田副官だの、男妾などと身内からも叩かれることがしばしばだった。
海軍ではあまり重視されていないゴーレムなどを、大陸で戦っている陸軍に回すというのは、ない話ではないと山本は思った。
――ひょっとして、ゴーレムなどの話がこちらへ来ないのは、嶋田が陸軍にそれを振っているせいではないか……?
軍艦と飛行機で戦う連合艦隊に、陸戦兵器は重要ではない――そういう考えだ。
確かに海軍が確保した拠点などを、陸軍が兵を出して守備をするというのなら、それでも構わない。
しかし現状、陸軍は大陸に兵をとられて、海軍の作戦に兵を出していない。ならば陸の上でことも、海軍がどうにかしないといけないのだから、鹵獲兵器を自前で運用することを考えてもバチは当たらない。
「わかった。軍令部にも確認を入れておく」
昨年のセイロン島攻略後に、連合艦隊としても、上陸・制圧作戦用にゴーレム兵器を運用する部隊の編成案は、軍令部にも上げたのだが、もしかしたら思った以上に進んでいないのでは、と山本は感じ出していた。
改めて、神明が出した資料に目を通す。日本陸軍の参考資料――
一、鋼人――自動人形。無線通信による指示によって、単純な行動を取る。装甲歩兵としての戦闘、警戒、土木作業などに従事。移動速度に難があるものの、陣地戦闘、重機並みの馬力での作業も可能性。
二、機動機械服――歩兵が着込む装甲戦闘服。着用者の筋力、走力を強化し、軽度な防弾効果あり。一部、魔力の有無での性能向上があり、適性有りの場合、さらなる性能上昇に加え、跳躍力の強化、装甲再生力を有する。
一が無人型、いわゆるゴーレム。二が有人型であろう。
軽く目を通した限り、記載された通りに使えるのであれば、さほど運用が難しくなさそうだと山本は感じた。
「これなら、鹵獲したもので、すぐに部隊を編成できそうではあるな」
「ええ、鹵獲したものをそのまま流用するのであれば、難しくはありません」
神明は答えた。
「ただ長期的に使おうとなると、まだまだすんなりはいきません」
「と言うと?」
「端的にいえば、コピーはできるのですが、独自のものはまだ作れないということです」
それというのも、魔核を使った部品生成によって作り出すことはできるが、魔力や魔核に頼らない方法では、我が日本に、ゴーレムなり機械服の素材を作ることができない。
「正直、異世界素材に数えられるそれは、魔力でコピーはできても、その素材が何ででてきるのか、どうすれば作れるのか、さっぱりわからない。なので、この機械服にしろ鋼人にしろ、限られた場所でしか生産ができません。できても異世界人のものと同レベル。それ以上の性能向上品は作れないので、できる範囲で改造する必要があります」
「そんなに謎な素材でできているのかね?」
興味にかられて山本は問うた。神明は右腕を上げて、二の腕に触れる。
「こういう人の筋肉のような部品などがわかりやすいでしょうか。機動機械服の内側は、人工の筋肉のようなパーツが詰まっています。人はその中に入って着るわけですが……中はとんでもなくベトベトした粘液のようなものも出ているとか」
「え……粘液? は?」
渡辺が呆気にとられる。神明は薄く笑う。
「性能はいいのだが、あまりにぐっちょりするから、陸軍の機械服装着者は、全裸になって着込むのだそうだ」
「ぜ、全裸!?」
服など着ても、洗濯しないと着れないくらいに濡れて、気持ち悪いのだとか。裸であれば、水で流すなり風呂などで落とせるから楽ということだ。
「そのぬるっとしているおかげで、出る時は楽だそうだがな。潤滑油代わりかもしれないが、装着時は結構圧迫感が強いらしい。ただ慣れると自分の体のようによく動くようになるそうだ」
陸軍の兵たちの中では、機動機械服のことを『益荒男』と呼んでいる者さえいるとか。見た目も、日本人にあるまじき、欧米の巨人に負けないがっちり体型になり、何より全裸で着込むから――云々。
「まあ、専用の異世界革の全身スーツがあるから、全裸でなくても乗れるのだがな」
神明の発言に、樋端が聞いた。
「そうなのですか?」
「何故か陸軍は、専用スーツを作っていない。何というか、我らの感性に合わない見た目が気に入らなかったのかもしれない。単に、そんなものより他の物を優先しているだけかもしれない」
「そんなに変なのですか?」
「ユニオンスーツは知っているか? あれを体にピッと締めてピッチリした感じで、見た目はよくわからん素材でできている」
「それは……まあ、変かもしれませんね」
樋端は言葉少なだった。日本人には馴染みはない。




