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第四〇三話、ダンピール海峡の悲劇


 ムンドゥス帝国第二輸送艦隊、旗艦『カリドゥス』。


 ラーディックス中将は、先日から顔をしかめてばかりいることが密かに気になっていた。


「――戦艦は無傷ですが、空母は残存6隻。損害は重巡洋艦1隻、軽巡洋艦8隻、駆逐艦は18隻、輸送艦17隻がやられました」


 被害報告を受けて、ラーディックス中将はセルペンス参謀長を見た。


「この被害状況を見て、参謀長の所感は?」

「見事に障壁がない艦艇ばかりが狙われたな、と」


 セルペンスは神妙な表情を浮かべる。


「普通、パイロットというのは大物喰いの傾向があり、また攻撃目標も、駆逐艦よりも戦艦、空母を狙うものです。しかし、今回の日本軍は、戦艦にはほぼノータッチでした」

「防御障壁を警戒して、避けたとか?」

「空母が避けられたのもそれが理由でしょうか。……いや、障壁のないタイミングで奇襲された分は、きっちりやられているのでその可能性は高いですな」

「次はどうくるだろうか?」


 ラーディックスは口ひげを撫でつけた。


「先と同じ要領で輸送艦を狙われると、そもそもの任務であるマヌス島へ行く意味が失われる」

「……それはつまり、長官権限で、撤退を示唆しているのですか?」


 司令部の指示を待つことなく、独断で作戦中止を下そうとしている。


「私はまだ何も言っていないがね」


 皮肉げにラーディックスは言ったが、すぐに表情を引き締めた。


「ただ、状況は遥かに悪い。周辺にあるはずの味方の飛行場は叩かれ、制空権が脅かされている。艦隊の空母も、小型空母のみで6隻だ。これでマヌス島に基地を設営しろと?」

「無理ですな」


 セルペンスは、きっぱりと断言した。


「日本軍の有力な基地航空隊が進出しているようですし、現状の戦力ではやられにいくようなものです。連中にスコアをくれてやるだけですな」

「私は軍人として、部下には意味ある死を与えてやらねばならない」


 ラーディックスは司令塔の窓から海原を見やる。


「ムンドゥス帝国軍人として、不名誉な無駄死を部下たちにさせるわけにはいかない」

「では――」

「うむ。基地設営物資と援護戦力不足につき、第二輸送艦隊はブリスベンに撤退する」


 指揮官は判断を下した。ダンピール海峡を目前に、輸送艦隊残存兵力は反転を開始する。

 しかし、日本海軍は、さらなる攻撃隊を放っていた。


「対空レーダーに反応。北方より敵大編隊、接近!」



  ・  ・  ・



 やってきたのは、南東方面艦隊に所属する第十一航空艦隊の放った攻撃隊だった。


 第251航空隊の業風戦闘機36機と月光夜間戦闘機24機の護衛のもと、第524航空隊の銀河陸上爆撃機18機、第705航空隊、第755航空隊の一式陸上攻撃機75機が、ムンドゥス帝国第二輸送艦隊に迫った。


「直掩機、迎撃せよ!」


 ただちに、残存するグラウクス級空母から、補給の終わった戦闘機が迎撃に上がる。しかし、日本海軍攻撃隊の動きは早かった。


 護衛についている月光が、中距離対空誘導弾を発射し、先制したのだ。


 月光は、二式陸上偵察機の改造で拵えられた双発戦闘機である。

 二式陸上偵察機が元々双発戦闘機の十三試双発陸上戦闘機から偵察機に転身したことを思うと、皮肉なことではある。


 対重爆用高高度迎撃機の白電の量産、配備が進むまでの繋ぎとして、東南アジア方面防空で活躍した。


 月光は、陸攻援護用の双発戦闘機がベースなので、対戦闘機戦はいまいちとされる。しかし敵爆撃機の腹の下に入り込んで、斜め上に傾けた20ミリ機銃、いわゆる斜銃を使って、主に敵双発爆撃機狩りに、中々の戦果をあげていた。


 そして今、南東方面艦隊に配備されている月光は、より戦闘力を向上させた二二型である。


 エンジンを零戦が装備していた栄二一型離昇1130馬力から、マ式1600馬力に換装され、最高時速629キロを発揮。原型機より100キロ以上の速度アップを果たしている。


 武装面は、20ミリ斜銃を、実弾から光弾型に変更し、機首と上方に1門ずつ装備。重爆撃機はもちろん、対地・対艦攻撃で威力を発揮できるようになった。

 さらに翼下に複数の対空誘導弾を搭載することで、遠距離からの対戦闘機戦もこなす。


 魔力誘導も、元より搭乗員が二人である月光は、一人が操縦、もう一人が誘導弾操作担当と役割分担ができたのだ。


 かくて、本来果たせなかった双発戦闘機として、月光二二型は、異世界帝国戦闘機をアウトレンジから渡り合うのである。


 対空誘導弾の直撃を免れた敵機には、業風戦闘機がお出迎えし、攻撃隊に近づけない。

 その間に、一式陸上攻撃機と、遮蔽に隠れた銀河が第二輸送艦隊との距離を詰めた。そして敵防空圏の外で、800キロ対艦誘導弾を発射。


 これらは船団護衛で外周に配置された駆逐艦に吸い込まれ、直撃、爆沈させた。

 障害が取り除かれ、穴の空いた防空圏に追加の誘導弾が飛び、航行する輸送艦を次々に血祭りに上げる。


 これには、ムンドゥス帝国旗艦『カリドゥス』のラーディックス中将は、たまらず眉間にしわを寄せる。


「敵はまたも輸送艦と駆逐艦を狙ってきた……!」

「戦艦、空母は眼中なしですな」


 セルペンス参謀長も苦虫を噛み潰したような顔になる。


「こちらの空母が軽空母ということで、直掩の戦闘機の数も足りませんな」


 日本軍は完全に防御障壁を躱す戦い方をしていた。


「これは……撤退決断が遅かったかな?」


 ぼやくようにラーディックスが言えば、参謀長は鼻をならす。


「どうですかね。司令部の返事前の行動ですし、これより前だったら敵前逃亡も適用されかねませんでした」


 しかしもう、南海艦隊司令部、陸軍も文句も言えないだろう。輸送艦が新たに16隻が沈み、5隻が大破。無事な輸送艦は13隻しかなく、しかも低速ゆえ、次に同規模の攻撃があれば、間違いなく全滅だろう。


「日本軍のここまでの攻撃を考えれば、次も輸送艦を狙ってくるだろう」

「巡洋艦は31隻残っていますが、駆逐艦が42から27隻にまで減りました。重・軽巡に輸送艦のカバーにつかせて、少しでも犠牲を減らすしかないでしょうな」

「……」


 ラーディックスは押し黙る。やられたのは隻数だけの問題ではない。マヌス島に建造予定の基地資材、重機、戦闘員も多数が失われた。第二輸送艦隊自体は、その護衛とはいえ、今回の損失は、同方面の防衛態勢に影を落とすことになるだろう。


 南海艦隊司令部から、任務継続不可能を認め、撤退の追認がきたが、もはや手遅れに近かった。


 ダンピール海峡を前にした悲劇。ムンドゥス帝国第二輸送艦隊は、退却するのだった。

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