第四〇〇話、潜伏する者たちの攻撃
ムンドゥス帝国の第二輸送艦隊が、ダンピール海峡南に近づきつつあった。
旗艦『カリドゥス』では、ニューブリテン島とニューアイルランド島の各基地の悲報が飛び込んできていた。
「日本軍の攻撃隊が、レーダーをかいくぐり、飛行場を襲撃。シールドの展開していない攻撃隊離発着時を狙われました。アヴラタワー及び防御シールド、発電所などが叩かれ、基地施設を喪失したとのこと」
その報告を受け、ラーディックス中将は、あの不可解な日本空母2隻は、基地爆撃機隊を吊り出し、隙を作らせるための囮だと判断した。
もしかしたら、自分たちも空母から攻撃隊を出していたら、奇襲されていたのではないか――冷ややかな刃が、背中を撫でたように身震いした。
攻撃は二度に渡って行われ、最初に八つの飛行場が叩かれ、その出撃機体の避難先だった近くの飛行場と、ラバウル港が敵第二次攻撃隊によって攻撃された。
これは同方面航空戦力の壊滅を意味していた。
「セルペンス参謀長、何か意見はあるかね?」
ラーディックスは問う。飛行場の防御対策の甘さを常々指摘してきた男だ。忠告を無視してきた結果がこの惨事なので、ざまあみろと思っているのかもしれない。
「いえ、ありません」
と、セルペンスは意外に無反応だった。そんなラーディックスの視線に気づいたか、セルペンスは、いつものように皮肉げに口もとを緩めた。
「まあ、一攻撃隊に襲撃されたのなら、アヴラタワーが2個あろうが、シールドが複数あろうが、やられるところはやられるので、しょうがないかな、と。私が指摘してきた案ならば、被害を最小限に収められたでしょうが」
「ふむ……。こちらは基地航空隊を頼りにできなくなった。ダンピール海峡を越えれば、さすがに引き返すのは難しくなるだろう」
第二輸送艦隊に、それなりの戦力があったとしても、支援部隊が一つもない状態での突出は危険極まりない。
敵の複数の基地航空隊と艦隊、双方からの攻撃に晒されることになるからだ。
「ということで、ここで速度を緩め、南海艦隊司令部の指示を仰ぐ。突入すべきか、あるいは別の行動に移るのか」
「まあ、よろしいのではないでしょうか」
セルペンスは首肯した。
「状況が悪化しております。我々が戦闘艦隊であるならともかく、50隻の輸送艦隊を抱えていますからね。失うには少々リスクが大きい。……司令部の判断を仰ぐのがベストかと」
・ ・ ・
東部ニューギニアのラエ飛行場からだと、敵艦隊は余裕で攻撃圏内だった。フィンシーハーフェンからならば、目と鼻の先であろう。
第九航空艦隊は、各基地に航空機を移動し終わり、敵輸送艦隊へ攻撃隊を順次送り出した。
まず先行したのが、第一九一海軍航空隊(艦上偵察機)、第四九一海軍航空隊(水上航空機)、第七九一海軍航空隊(陸上攻撃機)の三隊である。
その機種は、彩雲艦上偵察機4、二式艦上攻撃機7、瑞雲水上戦闘爆撃機隊17、一式水上戦闘機改8、銀河陸上爆撃機9機の計45機である。
その構成機体は、すべて遮蔽装置を搭載した奇襲航空隊であった。
「敵艦隊、戦艦6、中型空母3、小型空母15、重巡洋艦16、軽巡洋艦24、駆逐艦60。輸送艦51」
一九一空の彩雲改偵察機は、異世界帝国艦隊の陣容を丸裸にした。
そして、空中指揮官である上森 平吉郎中佐は、彩雲改偵察機の機上より通信を入れた。
「孔雀より、攻撃隊へ。敵中型空母は障壁を展開しているが、それ以外の艦艇は障壁を使っていない。繰り返す、障壁展開艦は中型空母のみ」
上森中佐搭乗の彩雲改には、魔力測定装置が搭載されている。
防御障壁は魔力を含むエネルギーの壁であり、展開しているエネルギー波を機械で観測することで、可視化できるのだ。
防御障壁を突破するのは非常に厄介なのだが、それならば展開していない目標を攻撃しようというのは弾薬消費を抑える上で悪くない選択である。
「四九一空へ、攻撃を開始せよ! 目標、敵軽空母!」
空中指揮官の上森の命令を受けて、遮蔽で姿を隠している瑞雲と、一式水上戦闘機改が敵艦隊へと接近した。
四九一航空隊は、水上機で構成される部隊だが、瑞雲も一式水上戦闘機も、魔力フローとにより、飛行時はフロートを消して陸上機並みの能力を発揮する。
「艦隊上空の敵機は24機」
四機ずつの編隊を組んで、上空をゆっくり旋回している。瑞雲、一式水戦は、その間をぬって艦隊陣形内に踏み込む。
時速600キロ超え。フロートなし瑞雲は、爆装をしていても開戦時の戦闘機より優速だ。
遮蔽で姿を隠しているが、通過した外周の護衛艦のレーダーは、突然、浮かび上がった反応に気づいただろう。そして運のよい見張りも、尻だけ見せて飛ぶレシプロ機編隊に気づき、驚いている頃だ。
三機ずつの小隊で突っ込む瑞雲は、異世界帝国軽空母に対して投弾した。500キロ誘導弾がロケットの炎を噴きながら突き進み、1万3000トンの軽空母、グラウクス級に吸い込まれた。
爆発。軽装甲の空母の艦体を貫いた爆弾は、艦内にて破壊の嵐を巻き起こした。格納庫や弾薬庫が吹き飛び、飛行甲板上に並べられていた戦闘機も勢いで跳ね飛ばされる。
たちまち6隻のグラウクス級が大破もしくは爆沈した。
異世界帝国各艦に警報が鳴り響く中、一式水戦が艦隊の間をすり抜け、無事な軽空母の飛行甲板にロケット弾を叩き込んだ。
運悪く、待機中の戦闘機に当たるものもあったが、一式水戦の襲撃で、さらに3隻の軽空母の飛行甲板が炎上し、一時的に艦載機の発着艦能力を喪失させた。
四九一空は攻撃を終えて、全速力で離脱する。上空直掩の敵戦闘機が、襲撃者を追い掛けようとするが、すぐに見失ってしまう。
「敵空母9隻を脱落――」
戦場観測をしている彩雲改から、上森は呟く。ざっと計算して、敵の航空戦力の残りは400から450機といったところか。
「中佐」
電探と測定機器担当の浜村少尉が報告した。
「そろそろナザブから来る後続部隊が、敵電探にも引っかかる頃合いです」
「了解だ。――孔雀より、七九一空へ。敵中型空母への攻撃準備。待機せよ」
第九航空艦隊の攻撃隊が、敵艦隊に接近中。遮蔽装置なしの通常航空隊である。これらは、当然ながら敵の対空レーダーに発見される。
そうなれば、戦闘機隊を出してくるだろう。その時、障壁に守られた敵中型空母も、防御障壁を解除するに違いない。
その時こそ、中型空母の最期である。




