第三九九話、間隙を縫う奇襲攻撃隊
日本海軍は、む号作戦を遂行していた。
ニューアイルランド島西方海上に、第二機動艦隊の二個航空戦隊が展開している。
七航戦『大龍』『海龍』『剣龍』『瑞龍』と、八航戦『加賀』『応龍』『蛟竜』『神龍』である。
『第一次攻撃隊、全航空隊、目標飛行場の爆撃に成功!』
八航戦旗艦『加賀』にその報告が入れば、二機艦航空部隊指揮官である山口多聞中将は声を張り上げた。
「よろしい! では第一次攻撃隊を収容する前に、第二次攻撃隊、発艦!」
待機していた潜水型空母から、九九式戦闘爆撃機18機、二式艦上攻撃機18機がそれぞれの艦で発艦を行う。その数は計288機前後、第一次攻撃隊とほぼ同数である。マ式カタパルトによる連続射出は、あっという間に発艦作業を終えた。
そして転移離脱によって艦隊に戻ってきた第一次攻撃隊機が、ポツポツと空母の上空に現れる。
「収容作業、始め!」
空母『加賀』艦長、横井 俊之大佐は指示を出すと、着艦する航空機を見にきた山口の隣に立つ。
「奇襲は成功しました」
「そうか。後は残っている飛行場を始末するだけだな」
山口は頷いた。
先日、南東方面艦隊が、ニューギニア島を無力化させたが、次の標的は、ニューブリテン島ならびにニューアイルランド島であった。
「本当なら、飛行場は南東方面艦隊が、敵艦隊は、おれたちがやるはずだったんだがな」
「仕方ありません。連合艦隊司令部も、いや、海軍全体で、敵の防御障壁の存在を気にしていますからね」
「無駄撃ちはするな、だ。誘導弾一発でウン万円」
後方ならびに内地では、弾薬の増産が進められている。連合艦隊はかつてない規模に膨れ上がったが、消耗品の消費も当然の如く跳ね上がった。武器弾薬などはその最たるものの一つで、全軍で無駄撃ちを避けるよう節約ムードが広がっている。
――本当は前線がそれを気にしてはいけないのだがな。
山口は思う。変にとっておかねば、という心理が働くと、いざという時の戦意にも影響する。
止めの刺し損ない、見逃しで決定的戦機を逃してしまうことになりかねない。そしてそれが弾薬不足を言い訳にできてしまうようになると、全軍の士気にもかかわる。
――まあ、おれにしろ、角田さんにしろ、そんな言い訳は許さないけどね。
特に角田中将は、イノシシも吃驚の見敵必戦主義であり、武器弾薬の残りも気にすることなくガンガン使えと発破をかけるタイプだ。
ただ南東方面艦隊が、いや、第一航空艦隊が防御障壁を突破するために消費する爆弾の量を異様に気にしているのも事実であり、結果、飛行場襲撃に、二機艦の奇襲攻撃隊が投入されることになった。
潜水型空母8隻を有する第二機動艦隊は、敵の索敵の後方に回り込み潜伏。密かに攻撃隊を発進させておき、敵が囮に向かって攻撃隊を放つ瞬間を狙って、一気に飛行場へ突入。アヴラタワーや障壁発生装置、発電所を破壊する。
「しかし、よくもまあ囮役を引き受ける部隊がいたものです」
横井が言えば、山口は苦笑した。
「九航戦な」
今回の作戦において、囮役を担ったのは、急遽飛び入り参加で派遣されてきた第九航空戦隊の空母『翔竜』と『龍驤』である。
「おれは知らなかったが、『翔竜』も潜水機能付きに改装されていたんだってな」
「そのようですね。『龍驤』の方は、沈没していたのを改修した際に、潜水機能を盛り込まれたと聞いていますが」
九航戦は、軍令部直轄部隊であり、魔技研の預かりだ。『翔竜』は元から実験空母であったが、『龍驤』もまた、その特異な艦容から、新技術のテストに使われているという。
ともあれ、潜水機能持ちの空母ということで、敵基地航空隊を誘い出す囮役に利用された。いざという時は潜水して逃げられるからこその抜擢である。
かくて、二機艦は、敵飛行場八つの襲撃に成功したが、全てが予定通りとはいかなかった。
「一時はどうなるかと思いました。敵がまさか囮を見つけられないかもしれない、なんて」
ビスマルク海を護衛もなしに航行している空母。あからさまに怪しい囮ではあるが、無視もできない。
「何で、敵さんも発見が遅れたかなぁ。天候のせいか? それとも偵察機側の電探が故障したか?」
敵が九航戦を見つけるのが、二機艦の想定よりかなり遅かった。とにかく敵の発見が遅れたおかげで、奇襲攻撃隊は、通常飛行であれば母艦へ帰り着けないほどの燃料消費をし、長時間の滞空を余儀なくされた。
山口も内心、これは失敗かとヒヤヒヤしていた。だが奇襲攻撃隊の航空機は、敵機への鹵獲を避けるため、漏れなく転移離脱装置を積んでいる。おかげで母艦へ瞬間移動できるから、燃料も帰りの分を気にすることなく飛び続けることができた。
そうでなければ、この奇襲は実行できなかっただろう。
「第二次攻撃隊のほうは、そうはならないだろうがな」
山口はニヤリとした。
第一次攻撃隊と違い、つい先ほど発艦した第二次攻撃隊は、攻撃目標まで一直線だ。その目標は、ニューブリテン島のケラバット、ツルブ飛行場、ラバウル港。そしてグリーン島の飛行場ある。
囮部隊襲撃に、航空隊を出さなかった飛行場である。これらは、第一次攻撃隊によって破壊された飛行場に降りれない機体が、殺到することになる。
囮部隊を攻撃すべく飛び立ったところを襲われた彼らは、帰るところがない。なので、最寄りの飛行場に着陸する必要がある。
ニューギニア島まで行っても、アヴラタワーがなく、異世界人には生きていけない環境だから、ニューブリテン島とグリーン島、そうでなければ、ソロモン諸島か、南東太平洋の飛行場まで飛ばなくてはいけなくなるのだ。
普通に考えれば、一番近い飛行場を目指すのがセオリーだ。そしてそこを第二次攻撃隊が叩く。飛行場が防御障壁を解除し、着陸してくる機体もろとも、攻撃するのである。
「辺りの飛行場を全て叩ければ、残すは敵艦隊のみだ」
基地と艦隊、双方を相手しなくてよくなる。
「角田さんもやる気だろうが、南東方面艦隊も、敵艦隊を攻撃する気満々なようだ」
「わかりません」
横井は首を傾げた。
「こちらが航空攻撃を仕掛ければ、敵は防御障壁を使ってくるでしょう。おそらく、こちらが想定しているより、撃沈破は少なくなると思います。爆弾使用をケチる一航艦含む南東方面艦隊で、やれるのでしょうか?」
「おれにもわからん。ただ、第九航空艦隊がやってきただろう? あれでもしかしたら、対障壁兵器が持ち込まれたかもしれん」
「おおっ、それは……!」
防御障壁を破る兵器が出来たのなら、なるほど南東方面艦隊が、俄然、敵艦隊攻撃に積極的になるのもわかる。
横井の期待に気づき、山口は手を振った。
「いや、おれは知らんよ。適当だ。ただ、第九航空艦隊といやあ、魔技研だからな。試作の何かがあったらいいな、って思ってな」