第三九七話、迷える第二輸送艦隊
マヌス島を目指していたムンドゥス帝国南海艦隊所属の第二輸送艦隊は、ニューブリテン島より南の海上にあって、北上中であった。
第二輸送艦隊旗艦、オリクト級戦艦『カリドゥス』。艦隊司令長官であるラーディックス中将は、空を見上げ顔をしかめた。
「すこぶる天候が悪いな」
八の字髭を撫でつけつつ、憎らしげな顔をするラーディックスに、恰幅のよい体格のセルペンス参謀長は、とぼけた調子で言った。
「頭痛でありますか?」
「うむ、天気が悪いと昔打った後頭部がな……」
「まあ司令官の頭はともかく、悪天候ならば日本軍の襲来もそうそうないでしょうから、助かるんじゃないですか」
「キミははっきり言うねぇ」
ラーディックスは踵を返し、参謀たちのいる海図台まで移動した。
「やはり、繋がらんか。ニューギニアの各飛行場は?」
「はい、一昨日より、通信が途絶しております」
通信参謀が言えば、セルペンス参謀長は鼻をならした。
「まあ、日本軍の奇襲を受けて、アヴラタワーをやられたのだ。全滅しているだろうよ」
先日、ロスネグロス島に進撃する日本艦隊に対して、東部ニューギニアの各飛行場は、攻撃隊を出した。
攻撃自体は、日本軍戦闘機隊の迎撃を受けて、あまりよい結果にならなかったようだが、問題はその後だ。
攻撃から帰還した部隊に紛れて、日本軍は特殊攻撃機を投入し、防御障壁の解除された飛行場に侵入。ピンポイントでアヴラタワーを攻撃し、基地機能を麻痺させた。
「運良く退避した連中も、日本軍の双発爆撃機に追い打ちを受けてやられたようだ。……ふん、運がいいのか悪いのか」
セルペンス参謀長は、不満そうである。
いや事実、不満を抱いていた。陸軍と海軍の不仲、という以前に、安全対策を軽視する軍の風潮に文句があるのだ。
彼は再三に渡り、現状のアヴラタワー1本で基地とその周辺をカバーするやり方に意見書を提出していた。
安全装置1つでは、それが駄目になったら全滅ではないか。二重三重の安全策を講じて、兵士の無駄死にを防ぐべきではないのか。
しかし、ムンドゥス帝国の陸軍海軍共々、反応は非常に鈍かった。
故障に備えての待避所は常備されているので、問題なし。
……正気か? 故障ではなく破壊されたら、替わりが設置されるまで何日かかると思っているのか?
待避所だけでどうにかなる問題なのか?――セルペンスは、声を荒らげて担当官に詰め寄った。
帝国はとかく攻撃思想である。補給が疎かになることはないのだが、とかく前へ前へ出たがる。
その結果、前線が進むわけだが、その過程でいくつもできた拠点の強化については、軽視している。
というより、ひとたび最前線でなくなれば以後、強化しない。あまつさえ、次の最前線拠点のために、設置した装備や資材を移動させて使い回した。
攻め込まれない基地を強化するのは、資金と物資と時間の無駄である――というのが、ムンドゥス帝国軍の考え方である。
故に、最前線でもない基地に、アヴラタワーを二本も三本も建てるのは無駄である――これが、ムンドゥス帝国軍部の公式見解である。
『それで、タワーだけを狙われたらどうするのか?』
かつてセルペンスがぶつけた詰問に対して、軍部の答えは――
『地球人はアヴラタワーが何なのかさえ、理解していない。故にピンポイントで狙われることはない』
二年前にそう答えた司令部参謀に、この現状を告げたら、果たしてどんな顔をするだろう、とラーディックスは思う。
そのあり得ない事態が、現在、日本軍との戦いで起きている。聞けば、大陸では日本陸軍が、そういう急所狙いの攻撃をしてきている。
そして今、東部ニューギニアでも、日本海軍はアヴラタワーを急襲することで、同方面の基地を無力化したと思われる。
もちろん、地球人が異世界人の弱点をつく戦い方を始めたことは、軍上層部は把握している。
基地に防御障壁を設置するようになったのもその対策だ。とある参謀は、自信たっぷりに。
『防御障壁があれば、アヴラタワーも絶対に安全である!』
絶対などあるものか――ラーディックスは髭をいじる。
障壁をつかれてタワーを破壊されて、ニューギニア島は除外されたと見ていいだろう。せめてセルペンスが前々から指摘してきた安全策に、もっと真剣に軍が取り組んでいたなら、このようなことにはならなかっただろう。
――とはいえ、無駄金を使いたくないという上層部の考えも、わからんでもない。
広大な星を征服するのに、全ての施設に、同じ額を注ぎ込んでも、使わなければ無駄になる。いくら国力があるムンドゥス帝国といえど、限度はあるのだ。
前線の兵も、何となく一つだけでは何かあったら困ると漠然と思っていても、コストカッターは平然と切ってしまう。そのカットした資金で他のことができますよ、というやつである。
閑話休題。ラーディックスは地図から視線を上げた。
「ニューブリテン島のほうは連絡はつくんだな?」
「今のところは」
通信参謀は頷く。
「偵察機を出して、ニューギニアの各基地の様子を見に行かせたようですが、昨日の時点は、どの飛行場も無人のようだったと報告が入っております」
「じゃあ、少なくとも日本軍もいないわけだ」
ラーディックスの発言に、セルペンスは背筋を伸ばした。
「つまり、我々が警戒すべきは、どこからか飛んでくる敵基地航空隊と、艦隊のみ、ということになりますな」
「沈黙した基地に日本軍がいないというのなら、東部ニューギニアについては除外してもいいだろう」
ラーディックスは眉をひそめた。
「で、その基地航空隊はどこから飛んできているんだ?」
「普通に考えれば、ペリリュー、トラックからでしょう。奴らは陸上爆撃機の航続距離を伸ばした新型を作ったのかもしれませんな。ニューギニアの陸軍が沈黙してしまったので、詳細は不明ですが」
「ふむ」
「問題は、我々の行き先だったロスネグロス島の輸送艦隊と連絡が取れないことです」
セルペンスは地図を指した。
「昨日、同島へ向かっていた日本艦隊のこともあります。聞けば、夜戦に突入しただの、輸送艦隊に突入されただの、交信があったとか」
「それで交信途絶となれば……」
「やられてしまった可能性は高いですな。第一陣がやられていたとしたら……我々は予定通りに進んでいいものかどうか」
「一旦、ニューブリテン島に寄港して、状況把握と、可能ならば南海艦隊司令部の判断を仰ぐ」
ラーディックスは告げた。セルペンス参謀長以下、参謀たちも反論はなかった。




