第三九六話、展開する第九航空艦隊
第九航空戦隊は、巨大海氷飛行場『日高見』近海に転移した。
軽空母『翔竜』『龍驤』から編成される九航戦は、む号作戦に参加する第九航空艦隊の、ニューギニア方面展開のため、転送装置を輸送してきた。
魔技研再生空母の実験艦として生まれた『翔竜』と、撃沈されたのち再生、改修が施された『龍驤』。その飛行甲板には、垂直離着陸機能を持つ虚空輸送機が並べられていた。
当初の予定になく、急遽ねじ込まれた第九航空艦隊の参加。現地の稲妻師団ではなく、九頭島からの戦力で、現地展開を行う。
連合艦隊司令部から許可を得たとはいえ、ニューギニア方面で活動する手前、南東方面艦隊司令部にも挨拶しておくのが筋である。
第九航空艦隊の代表として、高島寧次少将と、軍令部の源田 実中佐が、司令部を訪れた。
山本長官の裁可を得た上でやってきたとはいえ、む号に割り込んだ形の展開となるので、文句のひとつも覚悟していた。草鹿 任一長官、富岡参謀長は一通り話を聞いたが、お互い顔を見合わせると頷いた。
「こちらのお遣いもやってくれるなら、オレとしてはやってくれて構わない」
「お遣いですか」
源田が言えば、草鹿はニヤリとした。
「なに、現地の飛行場を自由に使わせてやるから、ついでに異世界帝国の鹵獲兵器を運び出してくれ」
アヴラタワーやそれに類する装置を破壊したことで、東部ニューギニア方面の敵施設は無力化された。異世界人がいなくなり、無人となった施設には、無傷の敵兵器がゴロゴロしている。
富岡は言った。
「せっかく鹵獲したのに、ニューギニアは高い山とジャングルだらけで、運び出すのも手間だったからね。転移倉庫というのか。それを使えば、内地への輸送も楽だろう」
現地、敵兵器の運び出しを条件に、ニューギニア方面での展開の了承を得た。そして今後のすり合わせと、作戦の指揮権について確認を終えた後、第九航空艦隊は早速、行動に移った。
まず、九航戦の空母から、虚空輸送機を飛ばす。
三発輸送機である虚空は、マ式エンジン、その噴射口を下方に向けて、飛行甲板から浮遊する。ロケットやジェットと違い、魔力噴射は木目の甲板を焦がすこともない。
2機ずつの編隊を組んで、目的地へ。途中は遮蔽装置によって、敵レーダーを回避する。
なお、九頭島の第一〇九一海軍航空隊の虚空は、改良型の遮蔽装置を搭載している。これは遮蔽度合いを調整できるという代物で、遠くからは見えない、レーダーに映らないが、近くならば、うっすら見えたり、近距離レーダーに辛うじて移るなど、僚機や友軍との飛行時に活用できる。
これまではゼロか百かという極端なもので、編隊飛行には工夫が求められていた。
閑話休題。
一〇九一空の虚空輸送機は、ラエ、チリチリ、ナザブ飛行場へ飛行。敵の妨害もなく、無人――否、稲妻師団の偵察分隊がいるのみの飛行場、その滑走路に滑り込んだ。
「いやあ、滑走路がデカいなぁ」
垂直離着陸機能はあれど、燃料消費も馬鹿にならないので、普通に滑走路が使えるならそちらに降りる。
滑走路から待機スポットまで移動してきた虚空に、偵察兵が駆け寄り、出迎える
「ご苦労様です! ……ってあれ? うちの師団機じゃない?」
「ご苦労! 第九航空艦隊だ。む号作戦に参加するために、内地からやってきた!」
虚空輸送機の機長の長岡大尉は、偵察分隊の指揮官に以後の行動に伝えた。
そしてカーゴブロックから、転移誘導装置を、数人がかりで運び出す。三脚が付いた魚雷のような形は、馬鹿でかい迫撃砲のようにも見える。
「場所はどうします?」
「そこの駐機スペースの端でいい」
航空機が駐機できる場所は、広くて水平。航空機を停めておく場所なのだから当然ではあるが、転移倉庫の設置に打ってつけである。
なお転移ポイントは、侵入禁止線を敷いておく。転移に巻き込まれて事故死は笑えないのだ。
「設置完了!」
「通信! 内地へ暗号飛ばせ」
転移しても大丈夫の旨を報告。これが内地に飛んで、いざ来るまでどれくらい待たされるかはわからない。
転移できるからと、報告電を飛ばした直後に飛んでくるということは、さすがに無理だ。内地からとても遠いニューギニアの奥地である。
……それでも1時間もしないうちに来たのは、充分早いが。
しばらくして、転移倉庫が突然、駐機スペースの端に現れる。一度到着すると早かった。警備小隊と整備兵が、運んできた装備を外に押し出す。さらに新たな転移中継装置が引き出された。
「急いで設置! 空を飛んでいる搭乗員連中を待たせるなよ!」
転移巡洋艦などに装備されている転移中継装置を、敷地内に設置する。これは航空機が転移する時用の目標地点となる装置だ。
これで飛行中の航空機を飛行場の上空へと瞬間移動させられる。倉庫は数が少ないので、航空隊は転移中継装置を用いて、空から侵入してもらうのだ。
転移倉庫が再び内地へ移動した頃、飛行場の上を、レシプロ機が次々に出現した。
ずんぐりした熊ん蜂のような戦闘機――業風戦闘機である。九頭島の第九航空艦隊が、現地飛行場へと到着し始めたのだ。
こうして、第九航空艦隊は、東部ニューギニアの飛行場に展開を行った。
その間にも、む号作戦は進行する。
・ ・ ・
南東方面艦隊司令部、『日高見』。草鹿中将は、ニューギニアからビスマルク・ソロモン諸島海域の地図を見下ろす。
「さて、思いも寄らない援軍が到着したが、目下、要注意なのはマヌス島・ロスネグロス島に向かっていると思われる、敵艦隊だ」
戦艦6隻、中小空母18隻を含めた大輸送艦隊の存在。
「こいつらは、先に殲滅した艦隊の後続ではあると思うが、何せ数が多い」
「それに加えて――」
富岡参謀長が眉を潜める。
「ビスマルク諸島、特にニューブリテン島――ラバウルの敵も早々に除外せねばなりません」
「連合艦隊は、これを第八艦隊は抜きで、航空艦隊と第二機動艦隊でやれという」
草鹿は腕を組んで、天井を見上げた。
「……こいつら、まだ進んでくるか?」
ロスネグロス島の第一陣は、すでにない。後続艦隊は数が多いとはいえ、先遣隊が全滅したとなれば、引き返したりしないだろうか?
「何とも言えません。敵の輸送艦が何を運んでいるのか次第ですが……。場合によっては手前のニューブリテン島に進路を変更するかもしれません」
トラック諸島に対する前線拠点の一つとしてロスネグロス島に乗り込んだのだろうが、そこを叩かれたとなれば、トラックから南におよそ700海里のニューブリテン島の防備を固める可能性はあった。
「少なくとも、ニューギニアの各基地と連絡が取れなくなっていることに敵も気づいているでしょうから。警戒はしていると思います」




