第三九四話、増やせばいいというものではない。障壁突破策
「前々から、転移で防御障壁を抜けられないか、と話には出ていた」
神明は、以前、南東方面艦隊参謀長の富岡 定俊少将、陸軍魔法研究所の杉山 達人少将と、防御障壁の抜け方について話し合ったことがあった。
その時は、転移魔法が使える秋田大尉に、防御障壁の内側に爆弾を転移させるか、と冗談まじりに言ったが、希少な転移能力者に、そのような真似はさせられない。
「魔術的な話ですまないが、魔法には能力者が使う以外に、条件で発動するものがある。日本海軍が採用している魔法装備の大半が後者で、これによって能力がない者でも、その効果を発揮させることができる」
聞いていた源田は深く頷いた。
今でこそ、艦艇や航空機が転移したり、魔法で誘導したりしているが、それを動かす人間は、そういった能力とは無縁の一般人だ。本来能力者しか使えないものを、凡人でも使えるようにしたのが、魔法装備である。
「大抵、魔力を流せば条件通りの効果を発揮するようになっているが、ここで一つ閃いた。誘導弾に、発動すると15メートル先に転移する、という条件の転移装置を組み込めば、障壁範囲を素通りして、目標にぶつけられるのではないか……?」
「!」
源田は目を見開く。
「もしそれが可能なら……」
敵の防御障壁が意味をなさず、これまで通り、敵に誘導弾を命中させることができる。実用化できれば、ここ最近の防御障壁のせいで発射弾数に対して戦果に乏しい、という状況を打開できる。それは消費弾薬の節約にも繋がる。
しかし、言い出した神明は、険しい表情だった。
「何か問題なのですか、神明さん?」
「条件付けが問題なのだ」
何をもって15メートル先に転移させるか。
「どんな条件で発動するのか? 発射して指定した秒数が経過したら発動するのか」
「時限信管ですか?」
発射した時からタイマーが作動する信管。いわゆる高角砲弾などで使用され、敵機の迎撃に用いられる。所定の時間で炸裂するようになっているが、空中を高速移動する航空機に正確に狙って炸裂させるのは難しい。
「しかしタイマーでは、発射した際と目標までの距離、または敵艦のスピードによっては、障壁の遥か手前で転移が発動したり、逆に発動前に障壁にぶつかることも考えられますね」
「その通りだ」
神明は認めた。
「敵の障壁を通り抜けなければいけない。転移距離を伸ばせば、多少の誤差は利くが、今度は標的の大きさによって、標的まですり抜けてしまうという事もある」
戦艦、空母ならば当たるが、駆逐艦を狙った場合、障壁だけなく本体まで通り抜けてしまうという。
「その場合は、駆逐艦などの小型艦に使うなと厳命すれば回避できそうではありますが」
「それもそうだな。しかし敵が小型艦ばかりの上に、障壁を使う相手だったら、攻撃できないというのはよろしくないのではないか?」
「そうですね。しかしそこは大型艦用、小型艦用で分けて作るしかないのでは?」
そもそも戦艦、空母相手と駆逐艦相手では、使う爆弾も変わるものだ。小型爆弾では大型艦に致命傷は与えづらいし、かといって大型爆弾で駆逐艦を狙うのは、些かもったいない。
正論を言ったつもりの源田だったが、神明の表情は晴れなかった。
「何が、気になることでも?」
「……いや、使う側としたら、色々選べるのはいいことだ。設計する方としても、色々作れるのは楽しかろう。だが、実際に生産する方、用意する方としては、あまり種類が増えるのもよろしくないのだ」
とかく使う側は兵器に性能を求め、作る側も常に新しく、強いものを作りたがる。しかし、いざそれを量産する段階にあって、コストが高かったり、資材の消費が重かったり、手間がかかったりすれば、数を揃える障害となる。
その上、作るものの種類が増えることは、必然的に作れる数が減るのである。
「たとえば源田。今、我が戦艦の主砲口径は何種類あるか言ってみろ」
「戦艦ですか。……ええっと、36センチ、38センチ、41センチ、43……は使っていないか。46センチ――4種類ですか」
「不正解だ。今は38センチ砲戦艦は、日本海軍にはない」
そもそも38センチ系は、外国戦艦の改修戦艦が用いていたもので、さらにややこしいのはドイツの38センチ砲と、イギリスの38.1センチが混在していた。
「常陸型、近江型、それと『隠岐』(ビスマルク)が、38センチ砲系戦艦だったのだが、これは41センチ砲に換装された。38センチ系砲弾の備蓄がないのと、41センチ砲弾の生産を重視したためだ」
4種類が3種類に減ったことで、その分、個々の分配量が増やせる。
それを聞き、源田も一つ浮かんだのは、航空機用12.7ミリ機関銃。米国を敵視していた頃、日本海軍は、戦闘機用の13ミリ機銃を開発していた。もっとも米ブローニングのコピーではあったのだが。
異世界帝国と戦い、米国と協調路線になった時、日本海軍はこの13ミリ機銃を切り、米国のそれを採用した。結果、機銃だけでなく銃弾の方も、米国の輸入に頼ることになったが、その分13ミリ機銃で使われる予定だったリソースを別に回すことができたのだ。
「話が脱線したな。ともあれ、種類は絞るべきだ。海軍の戦闘機も、烈風と白電系列の2機種のみにしようという動きもある」
あれもこれもと開発し、生産効率を下げるのをやめよう、という動きである。そこで源田はハッとした。
艦艇が増え、連合艦隊の規模が大きくなる一方で、弾薬が足りない、効率よく敵を倒す方法を探せ、と声が大きくなった理由の一つが、何でもかんでも作ろうとした結果、それぞれ必要とする配分が減ってしまったからではないかと。
ただ足りないと連呼したところで、どうして足りないのか、そこが疎かになっているのではないか。
「贅沢は敵だ――内地ではスローガンになっているようだな」
神明は、またも別の資料を取りに言った。
「国民が汗水流して働いたお金を預かっているのだ。政府も軍も、無駄使いをしてはいかん」
神明が持ってきた資料を源田は受け取る。
「これは?」
「近接信管の資料だ。電波を利用して命中率を上げようというやつだ。元となる技術は、アメリカが1920年代に特許を取って研究している」
「20年以上前ですか」
「それを高角砲弾に利用したんだ。日米合同のハワイ作戦で、米艦隊が実際に使用している。時限信管の高角砲に比べて、この近接信管を使った高角砲は命中率が多少向上した」
いわゆるVT信管と言われるものである。
「多少、ですか」
「魔技研でも、以前から作ろうとしたのだがな。アメリカさんに比べて日本は機械の精度がよろしくないから、難しくあった。まあ、そのアメリカさんも実用的なものを作り上げたのは、ここ1、2年の話だが」
神明は、薄い笑みを浮かべた。
「魔技研としては、電波ではなく、魔力波を飛ばして近接信管を作れないか、試行錯誤していたのだがな。……ひょっとしたら、これを応用すれば、障壁を感知して転移が発動する砲弾や誘導弾が作れるかもしれない」
あ、そういえば――源田はここで、障壁突破のための転移弾の話をしていたことを思い出した。
そしてさらに気づく。自分は、整備部隊と装備一式の転移方法について助言を聞きにきたはずなのに、いつの間にか障壁突破案の話になっていたことに。




