第三九二話、機動支援部隊案
源田 実中佐は、空地分離方式――航空隊と、基地とその支援グループを別々にすることで、航空隊の迅速な戦地へ移動、柔軟な運用が可能になるように導入を進めていた。
基地要員と設備は、先に各飛行場に配置しておき、やってきた航空隊を整備、補給その他支援するというやり方だ。これなら移動するのは航空隊だけで済む。
もしこれがセット運用だと、航空隊が現地についても、専属の整備支援部隊がまだ到着していないので、即時稼働が難しい、なんてこともある。
軍令部の作戦課としても、早く戦場に投入したくて部隊を移動させているのに、必要なタイミングでの運用に間に合わない、という事案の発生が懸念されたのだ。
そのための空地分離方式なのに、この案の中心人物である源田は、基地要員と設備などの乙航空隊も、迅速に移動できないかと言い出したのだ。
元々、基地要員、設備などの移動が遅く、必要な時に足を引っ張るから、最初から各地にバラまいて置こうという話だったはずなのに、何を言っているのだろうか。
「指摘はごもっともなのですが、今、海軍には転移があるではありませんか」
源田は言った。
魔技研が開発した転移装備。艦隊や航空機は、転移連絡網と呼ばれる転移ルートを使うことで、行き先は限定されるものの、ほぼ瞬時に転移が可能だ。
転移ブイなど行き先が固定されているものの他、転移巡洋艦など中継装置を持つ艦艇が展開することで、そちらへ艦隊を転移させることもでき、艦隊行動の柔軟性、移動速度はそれまでとは月とすっぽんの差である。
「で、移動の足枷だった整備部隊や物資の移動も、転移を使えばいい、と考えるわけです。航空隊は航空隊で指揮権の問題もあるので、そこは空地分離方式のままでいいのですが、乙航空隊(基地側)も、甲航空隊同様、即時展開が可能なように機動支援部隊として運用できないか、と」
「……」
樋端は、聞いているのか聞いていないのかわからないような表情である。だがそれはこの秀才がその頭脳をフルに動かしている時の顔だと、源田は知っているので、そこは言わなかった。
「……君がこの発想に至ったのは、ずばり、人員不足だね?」
「まさに」
源田は首肯した。樋端の指摘は、まさにそれだったからだ。
パイロット不足から、航空隊を必要な場所に必要な分だけ集中できるように考えた。そしてそれを妨げず、かつ効率よく運用できるよう、基地要員や整備部隊を各飛行場に配置するのだが、最近の戦場の広まりから、新たな飛行場を作っても、そこを運用する人員が足りない。
パイロットに比べれば、まだ人数はいるとはいえ、航空機や装備の整備要員には一定の能力が必要だ。そこが不足すればせっかくの航空機も、満足に動かせなくなってしまう。せっかくの空地分離方式も、目論見の半分も達成できなくなるかもしれないのだ。
艦隊や航空隊を転移させられるなら、整備部隊とその装備も転移させてしまえ、という話である。
「しかし、もっともらしくある。整備部隊も転移で動かせれば、各飛行場に配備する人員を削減できる。要するに無駄がなくなるということだ。海軍内での補充人員の取り合い問題も、少し改善するだろう」
特に航空機や装備の整備などは、無人コアには向かず、人員を多めに割かねばならないと半ば諦めていたから、そこを削減できれば戦闘要員により人を回すことができる。
言わば人員の効率化である。
「話はわかった。軍令部では、機動支援部隊構想が進んでいるんだな? それで僕から山本長官に知らせればいいのか?」
「はい。……つきましては、早速その機動支援部隊を投入したいと思うんです」
構想どころか、もう準備万端と言いたげな源田である。軍令部から作戦の進行中に口出しされるのは褒められたものではないが、その手回しのよさに免じて、樋端は耳を傾けることにした。
「東部ニューギニア島の各飛行場を稲妻師団が無力化させたと聞いています。占領する余裕がなかったので、放置と聞いています」
「言った」
「はい。ですので、飛行場が手つかずであるわけです。ここに航空隊と機動支援部隊を用いて、ビスマルク・ソロモン諸島の敵を攻撃する南東方面艦隊の側面援護をできれば、と愚考致しました」
「なるほど」
樋端は地図を思い浮かべる。
先日の第八艦隊のロスネグロス島への移動の際、ニューギニア島とその周辺の敵飛行場から、爆撃機が襲いかかった。
南東方面艦隊は、迎撃機でそれを阻止し、さらに彩雲偵察攻撃機による送り狼作戦で、ニューギニア島各飛行場を無力化した。
だがその中で、ニューギニア東南端のミルン湾に近い、ウッドラーク島のグアソパにある飛行場には稲妻師団を送らなかった。
というのも、ウッドラーク島は、魚雷艇や哨戒艇の基地があり、またオーストラリアやソロモン諸島へ行き来する敵船舶も多い。ちょっと無力化したくらいでは、すぐに兵を送られて、奪回されてしまう可能性が高かったのだ。
もっとも、それを言うならミルン湾に異世界帝国の補給港と小艦艇用の基地があったのだが、こちらは第十一航空艦隊の陸上攻撃隊が空爆して破壊したため、仮に敵が再上陸を仕掛けてきても、復旧が先なので時間が稼げる。
「南東方面艦隊も二機艦も、目先の敵で余裕がないかもしれない……」
樋端は呟くと、視線を源田に向けた。
「君の言う通り、航空隊があるのなら手頃な飛行場を使えば、側面援護はできるし、グアソパ飛行場も叩けるかもしれない。……それで、軍令部としては、どこの航空隊を使おうというのか?」
「軍令部直轄の航空隊があります」
源田は言った。
「永野軍令部総長が、マル予艦隊を編成させていたように、航空隊のほうでも、連合艦隊とは別に練成していた部隊があります。……まあ、例によって魔技研の試験と、アメさんのレンドリースのおかげで機材が間に合ったという代物ではありますが」
魔技研と聞いて、確かに軍令部直轄の機関なのだから、そういう話もあるかと樋端は思った。
「機動支援部隊、だっけか? それも魔技研絡みか?」
「はい。九頭島泊地の航空隊とその基地人員に当地の学校で養成していた新兵の混成ではありますが、一応形にはなっています」
後は実戦で使って、試行錯誤すると源田は告げた。
「内地では形になっているわけか。……ちなみに、む号作戦は今も実施中である。参加できるか?」
「全部は無理ですが、出撃は可能です。現地に転移装置を設置できれば、基地要員、航空隊をニューギニア島の飛行場に送れます」
やる気はあるようだった。本当に手回しのよいことだ。これが源田 実という男である。
「よしわかった。長官に話を持っていこう。君も来るか?」
「お供します。言い出しっぺですから」
源田は自信たっぷりだった。こういう時、気の強い戦闘機乗りは度胸があるな、と樋端は思った。