第三八六話、帰投する爆撃隊と送り狼
複数グループに分かれて殺到してきた異世界帝国爆撃機隊。標的である日本軍の第八艦隊に爆撃を仕掛けられたのは、防御障壁付きのパライナ重爆撃機が大半だった。
防空戦闘機隊を強引に突破したパライナ隊は、高高度からの誘導爆弾を、戦艦、空母めがけて投下した。
しかし、第八艦隊側の損害は皆無だった。戦艦『摂津』や空母群は、それぞれ防御障壁を展開して、爆弾を全て防いだのだ。
「まあ、こっちも防御障壁を抜くのに苦労しているんだ。敵さんも苦労してもらわないとな」
遠藤 喜一中将は飄々と言った。
日本海軍の空母航空隊も、ハワイ沖やアラビア海での戦いで、障壁を展開した異世界帝国側艦艇を思うように撃沈できずにいた。
敵にやられたことなので、やり返してもいいだろう、と遠藤は思う。
とはいえ、第十一航空艦隊の戦闘機隊や、空母航空隊が敵爆撃機を減らしてくれなければ、障壁を強引に破られ被害を出していたかもしれなかった。
防御障壁も無敵ではない。通常爆弾でも、効率は悪いがひたすら命中させ続ければ、障壁にも穴が空くのである。
かくて、第八艦隊は、艦艇側損害なしで、ロスネグロス島へなおも進撃する。遠藤ら第八艦隊司令部は、敵重爆部隊と呼応して、艦隊の空母群から攻撃機が向かってくる可能性を考慮していた。
が、そちらからの攻撃はなかった。
「これはいよいよ、小型空母の中身は戦闘機しかないかもしれないな」
遠藤は予定通り、四航戦、六航戦から攻撃隊を出さず、防空重視で艦隊を進ませた。ロスネグロス島近海にいる敵艦隊に対して夜戦を仕掛けるべく。
・ ・ ・
一方、日本艦隊の攻撃に失敗、いや攻撃はできたが、結果的にダメージを与えられなかった重爆撃機ほか攻撃隊が、各基地へと帰投しつつあった。
日本軍の戦闘機による迎撃を受けて、各飛行団の受けたダメージは想像以上に大きかった。
軽く見回しただけでも、出撃時の半分程度、下手したらそれ以上が編隊にいない。
特に酷いのが、オルキ重爆撃機やガレオス双発爆撃機の部隊である。日本軍戦闘機隊は、爆撃機に有効なダメージを与える誘導弾を積んでいて、爆撃機隊の弾幕より外から、効率的に撃墜したのだ。
防御障壁のあるパライナはともかく、オルキなどは、もやは空を飛ぶ泥舟のような状態で、狙われたら最後、一撃離脱の間に撃墜されていた。
ともあれ、そうした死線を潜り、それぞれの飛行場へと辿り着いた異世界帝国機。中には被弾し、薄ら煙を引いていたり、対空機銃座がなくなっている機もあった。
ナザブ飛行場――ムンドゥス帝国ニューギニア方面軍、第41爆撃団のオルキ重爆撃機が滑走路にアプローチをかける。
基地整備員らは、すっかり数を減らして戻ってきたオルキを見やり、怪訝な表情を隠さなかった。
バラバラに戻ってくるのは、編隊が維持できないほど、激しい迎撃を受けた現れだ。順次戻ってくると思うが、果たして何機が帰還できるのか、胸騒ぎがするのだ。
基地を覆う、防御障壁が解除される。
昨年から、日本軍は基地敷地内にあるアヴラタワーを優先して狙うようになった。ムンドゥス帝国人にとっての生命線であるタワーを守る必要が出てきたことから、タワーと同時に防御障壁発生装置もセットして配備することが通達されるようになった。
そもそも日本軍航空隊の奇襲に悩まされていた異世界帝国軍である。防衛手段として、基地敷地や滑走路も防御障壁でカバーしてしまおうという流れは、ある種、必然だったのかもしれない。
奇襲を含む、敵襲があれば防御障壁で守れば、損害を受けない。ニューギニア方面軍各飛行場は、弱点を守るべく防御障壁の装置とそれを稼働させるジェネレーターの配備を進めた。
かくて、ニューギニア島に日本軍が襲来しても、敵基地航空隊は、飛行場を守る障壁を突破できずに攻略を難しくさせるであろう。
一度前線として防備強化が進められたニューギニア方面軍は、大ニューギニア要塞として、日本軍を阻むのである。
しかし、そんな防御障壁の展開も、自軍航空機の出撃や帰還時は、解除しなくてはならない。まさか味方機に障壁をぶつけて破壊してしまうわけにもいかないのだ。
「対空レーダー、友軍機以外、反応なし」
『こちら対空監視所。敵機の姿は確認できず』
「障壁解除。41爆撃団へ、順次、着陸せよ」
巨人機が、一本棒のように並ぶ姿は壮観である。基地を覆う防御障壁が解除され、重爆撃機用大滑走路へ降りてくる。
その時だった。
突然、ゆっくり速度を落としつつ高度を下げるオルキ重爆撃機を、高速の単発機が飛び抜けた。
異世界帝国軍ナザブ飛行場所属機に、レシプロ機は存在しない。
・ ・ ・
「行け! 大松、行っちまえ!」
小堺 三郎中尉は叫んだ。
哨戒空母『大間』所属の彩雲偵察攻撃機は、クジラの群れから飛び出すようにナザブ飛行場上空に滑り込んだ。
遮蔽装置は解除。魔力式誘導照準――基地北西側のアヴラタワー。
「撃てェ!」
特マ式収納庫、オープン、1000キロ大型誘導弾、連続投下!
魔法式の収納により、機体の搭載可能重量を無視、超過したものを搭載することが可能となるマ式収納庫。偵察機である彩雲に、対艦攻撃能力を与えるこの装備により、4発の大型誘導弾が放たれた。
それらは防御障壁が解除され、無防備になった異世界人の急所、アヴラタワーへ吸い込まれ、そして爆発した。
「命中! 命中! 大松、離脱しろ!」
『了解!』
彩雲は誉エンジンをフルに稼働させ、最高速度での飛行場外への脱出を図る。
着陸しようとしていた重爆撃機の編隊も、すれ違う彩雲を何事かと見送る。日本機が飛び込んできたと気づき、機銃座を動かそうとも、すでに彩雲は通過した後だった。
そして現れた時同様、すっと彩雲は消えた。
・ ・ ・
異世界人たちは、この突然のことに驚くが、それどころではなかった。アヴラタワーが破壊され、動力を供給していたジェネレーターも誘爆、防御障壁発生装置も破壊された。
基地の障壁展開に支障が出た上、異世界人たちは生命活動の危機に陥る。
そしてそれは、ナザブ飛行場だけにとどまらなかった。ベナベナ、ガロカ、チリチリ、ラエの飛行場でも、機体着陸中に、日本機が突如乱入し、アヴラタワーを破壊して離脱する攻撃が発生した。
一時、これらの飛行場は機能が麻痺、完全に戦力外に追い込まれたのだった。