第三八四話、第八艦隊の進撃
南東方面艦隊の命令を受けて、第八艦隊はロスネグロス島へ進出した。
その日は雲量はそこそこあったものの、案の定というべきか、敵索敵機に発見された。
「さて、ここからが大変だぞ」
遠藤 喜一中将は、旗艦『摂津』の艦橋で言った。
「こちらは夜が来るまで、ひたすら空襲を耐えることになる」
第八艦隊の戦力は、戦艦2隻、大型巡洋艦2隻、空母5隻。重巡洋艦3、軽巡洋艦5、防空巡洋艦2、駆逐艦11。他に哨戒空母3隻と転移巡洋艦2隻があるが、これらは別動である。
「攻撃できないというのは、歯痒いです」
緒方参謀長は歯噛みする。遠藤は皮肉げな顔になった。
「仕方ない。今攻撃隊をロスネグロス島に突っ込ませても、数倍の敵機の迎撃を受ける可能性があるんだから」
ロスネグロス島にいる敵空母は、軽空母12隻。南東方面艦隊司令部は、その空母の艦載機の大半が、基地設置までの防空戦闘機であると推測している。
故に、第八艦隊の空母5隻が攻撃隊を放ったとて、その倍の戦闘機に迎撃され、大損害を受けるだろう。
「こちらと連動して『日高見』から基地航空隊を飛ばすという手もあるにはあるが、陸攻はともかく、戦闘機が転移離脱なしでは航続距離不足となってしまう。それでよしんば突破したとしても、迎撃される機が多いほどこちらも損害が大きくなるからね」
普通の航空戦だったなら、先手必勝とばかりに位置のわかっている敵艦隊に向けて攻撃隊を放つ。
だが昨今の電探技術の発展から、攻撃隊が接近すれば、たちどころに迎撃される。何も考えずに攻撃隊を出す時代は終わったのだ。
「ですが、やはり敵に先手を許すのは面白くありませんな」
緒方は眉間にしわを寄せた。
「いっそ一部の航空機のように、艦隊が遮蔽装備を使えれば、空襲を恐れることもなくなるのですが」
「単艦で航行する分にはいいが、複数航行となると、互いに見えないというのは危険極まりない」
「お言葉ですが、長官。ハワイ沖海戦では、一時、敵主力艦隊が遮蔽で消えましたが」
「ああ、恐ろしいことにな」
遠藤は薄く笑みを浮かべた。
「おそらく練度が高く、艦隊運動の猛訓練をしてきたのだろう。それでも、戦闘時はアスパラガスとかいう旗艦以外は、遮蔽を使わなかったというじゃないか」
アルパガスな――緒方は思ったが、口には出さなかった。
「1隻だけ消えているというなら、向こうが避けてくれるかもしれんが、互いに見えないのはダメだ。めまぐるしく変針する戦闘では、互いに見えないのは躱しようがないから、事故のもとだ」
見張り員が目視できない、警告できないのではね――遠藤は続ける。
「非戦闘時の航行でも、艦隊の回転整合をきちんとやって、航行訓練をしっかりやっておいた艦同士でないと、できないだろうね」
艦隊速力を合わせるため、実際に艦隊で動いて、スクリューの回転数の調整する『回転整合』。そこで合わせておかないと、同じ速度を出しているつもりでも艦によってズレが発生する。
お互いに見えているなら、それでも航行はできるが、透明で消えていては、引き離されていたり、あるいは衝突寸前まで近づいていたとしても気づくのは不可能だ。
遮蔽云々はともかく、艦隊では臨時編成や寄せ集めなど、組んだことがない艦同士だと、複雑な運動が難しく、航行に制限が発生する場合もある。
故に、訓練でしっかり僚艦と合わせた戦隊の艦隊航行は美しくもあった。
緒方は言った。
「艦同士でも難しいのに、より速く小さな航空機で、よく遮蔽を使って飛べますね」
奇襲攻撃隊など、遮蔽で姿を隠して、敵に忍び寄り奇襲する。それにより、敵航空戦力を先制撃滅し、日本海軍の勝利に大いに貢献してきた。
「あれもいきなりやってできるものではないだろう。それに仮に航空機が事故っても、犠牲になるのは衝突機の搭乗員のみ。艦同士でぶつかったら、被害は数名、数十名では済まん」
もっとも、最近の艦艇は自動化が進め、百名以下も珍しくない。最近ではその半分くらいにまで減っているとさえ言われる。
「確かに、艦同士の事故となれば、航行不能になることもしばしば、下手すれば沈没ですからね。乗員救出や牽引などで、以後の作戦にも悪影響を与えます」
「そういうことだね」
遠藤は、艦橋の窓から南の空を見上げる。
「さて、最初に来るとすれば、やはり、ニューギニア方面の敵かねぇ」
・ ・ ・
南東方面艦隊司令部『日高見』。哨戒空母や、日高見航空隊の『彩雲』偵察機が、東部ニューギニア島にある主要敵飛行場を、それぞれ観測していた。
遮蔽装置に隠れた彩雲は、地上のヴォンヴィクスやエントマ戦闘機や、オルキ重爆撃機など駐機されている機体や、基地の動きを見張っている。
グサップ、セーダー、ベナベナ、ガロカ、チリチリ、ナザブ、ラエ、フィンシーハーウェン、ブナ、ドボデュラ、ポートモレスビー、ラビ、グアソパ……。
各飛行場は、第八艦隊のマヌス島乃至ロスネグロス島への進撃の通報を受けると、慌ただしくなった。
戦闘機、双発爆撃機や重爆撃機がそれぞれの基地から次々に飛び立つ。さすがは彼らが前線と定めたニューギニア方面軍航空隊である。
日本艦隊の一機動部隊接近とあれば、迷うことなく攻撃命令が出た。それだけ空母5隻を有する艦隊の危険性を認識しているということだ。
その様子を観測していた彩雲隊は、『日高見』に向けて、異世界帝国軍基地攻撃隊の出撃を通報した。
海氷巨大飛行場『日高見』司令部。草鹿任一中将は、第十一航空艦隊所属の戦闘機隊に出撃準備を命じた。
「第八艦隊には、多数の敵機が向かってくる! 上空は、我が第十一航空艦隊が守る! 特に高高度から来る重爆には、うちの高高度迎撃機隊で、何としても守り抜け!」
命令を受けて、戦闘機隊――白電迎撃機の他、暴風改戦闘機(F4Uコルセア)、業風改(F6Fヘルキャット)がそれぞれの役割に合わせて、準備を整える。
まず飛び立つのは、敵爆撃機隊を道中で襲撃する高速戦闘機、暴風改部隊である。増槽タンクを搭載したそれらは3000キロメートル以上の航続力を誇る。
第一陣、暴風改戦闘機48機が発進。続いて第二陣の暴風改33機がやや遅れて飛び立つ。第三陣は業風改戦闘機90機。暴風隊によって敵戦闘機が吊り出されているところを襲撃する第二ラインの部隊である。
第四陣は、業風改と白電迎撃機となり、第八艦隊に接近するところを邀撃する。
「富岡。とりあえず、戦闘機はこれでいいとして、例のやつだが、やるのか?」
草鹿が言うと、富岡参謀長は首肯する。
「はい。さすがにこちらの戦闘機で敵の全滅は難しいと思います。敵を阻止したとして、基地に帰還する敵機の後ろを、彩雲偵察攻撃機に追跡させます。上手くすれば――」
「稲妻師団のお株を奪う奇襲攻撃が可能、と……。考えたな」
「同期の入れ知恵ですが」
苦笑する富岡に、ふっ、と草鹿は笑った。
「神明か。小沢が大層気に入っているそうじゃないか」
草鹿任一と小沢治三郎は、海軍兵学校37期の同期である。あの変わり者の小沢が気に入っているという時点で、何がしら秀でるものがあるのは間違いない。
「ひとつ、お手並み拝見だな!」
そう言ったところで、ふと小首を傾げる。
「富岡、もし上手くいかなかったら?」
「その時は、稲妻師団がやってくれます」
富岡はきっぱりと告げた。