第三八〇話、戦訓研究会の後 アルパガス型について
連合艦隊司令部での戦訓研究会が終わり、神明は、二機艦参謀長の古村 啓蔵少将、南東方面艦隊参謀長、富岡 定俊少将の同期組から、酒に誘われていた。
久しぶりに揃ったのだから、ということだったのだが、その前に、軍令部第五部長であり、かつての上司である土岐中将から声を掛けられた。
「すまん、神明。ちょっと時間をくれ」
海軍兵学校40期の先輩から声を掛けられば、45期組に否応もない。古村も富岡も静かに了承の頷きを返したので、神明は土岐に向き直った。
「はい」
「まあ、座ってくれ。……先の研究会で、例の透明戦艦の話が出ただろう」
「アルパガスの話ですか」
神明は訝しむ。
「報告書、読んでなかったんですか? あなたの管轄でしょう?」
「そうなんだけどね」
土岐は丸眼鏡を押し上げた。
そもそも軍令部第五部は、回収隊の大ボスで、サルベージ関係の報告は基本そちらに上がって、軍令部に共有される。
だから、先ほどの研究会で神明がアルパガスに関して言ったことは、当然、土岐も把握しているはずである。
が、彼が臨時参謀長として出向いた第一〇艦隊の司令長官である古賀大将は、アルパガスの件を知らなかった。
研究会で飛ぶ質問にしては妙だな、と神明は思っていたが、何てことはない。土岐がアルパガス関連の報告を、流し読みしたか見落としたかで把握していなかっただけだろう。
大方、古賀が質問したが、土岐は自分は把握していないとでも答え、サルベージがどうなったかも有耶無耶になっていたに違いない。
「まあ、わかるだろう? 君の思っている通りだよ。それで内容については、研究会での発言で了解した。で、ここから質問だが……」
土岐は真面目ぶった。
「アルパガス。その新式主砲について、君はどう思っている? 魔核のデータがないのは承知したが、あれと同じか、似たようなものを作れないだろうか?」
「まったく同じものは無理でしょう」
神明はきっぱり告げた。
「私も実際に見ていないので、目撃者の報告からの推測になりますが、どうしてそうなったかの見当はついています」
「本当か?」
土岐はもちろん、後ろで聞いていた古村と富岡の目が鋭くなった。神明は続ける。
「防御障壁を砕くのではなく、穴を開けて攻撃を通すのです。展開している障壁が残っているのに攻撃が抜けてきたのは、一秒ほどの間に、一カ所に連続して命中させることで、穴を開けたからでしょうな」
木の板に釘を打ち込むようなもの、と神明は表現した。釘を刺し、金槌で叩けば釘は深く刺さって、やがては板を貫通する。
「一発で複数回の同じカ所への命中。それを光弾でやっているのでしょう。さすがに実体弾でわずか一秒の間に一点に命中させるのは、不可能でしょうから」
「なるほど……」
土岐は腕を組んで考える。
「それって形にできる?」
「できるかできないか、で言えばできますよ」
後ろで、ハッと息を呑む音がしたような気がしたが、神明は構わず続けた。
「要は光弾砲ですから、発射間隔を調整すれば1秒間に数発の連射速度にできます。ただ――これを戦艦級の主砲でやると途端に難しくなります」
まず光弾砲のエネルギー容量問題。威力が増せば相対的にエネルギー消費が高くなる。それを連射すればさらに消費は早くなる。
実際のところ容量の問題もあるが、連射レベルによっては砲身の冷却が追いつかず溶解する問題も出てくる。
「細かな計算はいいから、ざっくりとどうすれば、アルパガスを再現できると思う?」
「魔核を手に入れる以外に、ですか? ……そうですね」
神明は考える。回収されたアルパガスの艦体を、動いていた時の形と照らし合わせながら、頭の中で組み上げていく。
「オリクト型戦艦を動かすのと同レベルの発電機を主砲専用の動力として使うなら、サイズ的に二基、あるいは四基は載せられそうです。……今あるもので、こちらの技術ではそれが限界です。アルパガスが搭載していた、おそらく新型と思われる発電機があれば、あのような連装六基はできるのでしょうが……」
「そう聞くと主砲四基は欲しいな。いや、光弾砲なら二基でもいいのか……。そもそも異世界帝国式の砲の載せ方は、こちら側では時代遅れでやっておらんし」
土岐はハンカチで自身の汗を拭った。神明は淡々と言った。
「そうは言っても、肝心の砲がありませんよね?」
ここで最初の話に戻る。アルパガスの主砲を作れないか云々。
「我が国で実用化した光弾砲の最大口径は20.3センチ砲――つまりは重巡サイズのものが限界で、それ以上の大型巡洋艦や戦艦サイズの光弾砲はまだ試作段階。それができないことには、絵に描いた餅ですよ」
「無理かな?」
「大型巡洋艦に、重巡級の20.3センチ光弾砲を搭載するのなら可能でしょうが、巡洋艦相手ならともかく、戦艦相手に撃ち合うには役不足です。それなら使い捨て光線砲を甲板に並べたほうが、まだマシでしょう」
「無理か……」
「回収したアルパガスの残骸に主砲があれば、それを解析することで大口径光弾砲の開発の参考になると思います」
もちろん、肝心の主砲が回収品の中にあったとして、損壊レベルによっては手の施しようもない可能性はあるが。
「では、もうよろしいですか?」
神明は、あらかた話し終わったとみて、席を立とうとしたが、次の瞬間、後ろから肩を押さえられて座らされた。
「?」
振り返れば、古賀大将と山本長官が立っていた。
「神明参謀長、今の話を詳しく聞かせてくれないかな?」
大柄な古賀が、柔やかな表情で言った。彼は研究会後、山本と今後の話をしていたのだが、土岐と神明、その周りにいる参謀たちの会話の内容が気になり、途中からその背後で聞き耳を立てていたのだった。
好奇心の塊である山本も言った。
「いま、安ベェに、アルパガスの残骸表を持ってこさせているから、もうちょっと詳しい話を僕らにもしてくれよ、神明君」
神明は、待たせている同期を見やる。古村はすかさずあらぬ方向を向いて知らん顔を決め込み、富岡は苦笑していた。
・ ・ ・
対防御障壁貫通砲の開発と、その運用戦艦を作るという、日本型アルパガスの建造――対壁戦研究会が発足した。
障壁貫通砲搭載戦艦の建造――と言っても、魔技研のいつもの面々による研究と開発が始まった。
ハワイ作戦ですでに兆候はあったが、アラビア海海戦での防御障壁の厄介さに、海軍はムキになって突破方法を模索するのである。
航空機用兵器はもちろん、長距離誘導弾、戦艦ほか水上艦艇による砲撃、魚雷兵装まで、あらゆるところで熱心に対策が練られることとなる。