第三七六話、追撃と残敵処理
異世界帝国の大西洋艦隊、その主力を連合艦隊は撃破した。
第一機動艦隊、旗艦『日向』にいる小沢治三郎中将はあまり表情が優れなかった。
「戦艦がいいところを持っていったな」
「そうですね」
神明参謀長は頷いた。
転移を用いた戦艦の集中運用。第一機動艦隊、第二機動艦隊、第七艦隊、第一〇艦隊の戦艦の集中は、敵艦隊の戦艦を数で圧倒し、撃滅した。
日本の戦艦が、物量で敵を押しつぶすなど、かつて対米戦を想定していた頃では、考えられない戦い方と言える。
もっとも、小沢の表情が険しいのは、戦いの主力を航空機ではなく、戦艦が持っていった――ことではなかった。
今の小沢は、航空機は中心ではあるものの、戦艦なり誘導弾なり、兵器としてバランスよく活用すべきという考え方をしている。戦艦にだってその通信能力の高さや対空設備の拡張性、何よりその火力は使い方次第であり、空母があれば戦艦はいらないとは思っていない。
彼の機嫌がよろしくないのは、戦艦部隊の肉薄砲撃戦の前の段階、つまり航空攻撃の戦果が満足いくものではなかったことだ。
多少のダメージを与えたものの、防御障壁を展開され、思ったより沈められなかった。航空機の足の長さという優位性も、敵を撃破できないのでは意味が薄れる。
航空機で戦艦・空母が沈められない、では、戦前の大艦巨砲主義者たちの言うように航空が脇役に追いやられる。いや、小沢の長距離誘導弾主義も、防御障壁の前には決定力を失うのだ。
今頃、第一〇艦隊の古賀大将などは、戦艦部隊の火力がもたらした大勝利に浮かれているのではないか?
「勝ったと言うのに、すっきりせん」
「機動艦隊――航空攻撃には課題が見えた戦いでしたから」
敵が防御障壁を当たり前のように使うようになった。攻撃が通らないのでは、意味がない。
「対防御障壁用の新型弾頭が完成すれば……。また航空機なり誘導弾なりも活用できるでしょう」
兵器とは、常にイタチごっこである。矛と盾は日々競争し、相手を上回るべく研鑽が重ねられる。そうやって新兵器が作られたりする。
「神明、障壁貫通兵器についてはどうなっているのだ?」
小沢は問うた。神明が陸軍の魔研と情報のやり取りをしたり、問題に対する答えを常に模索しているのを知っているのだ。
「海軍全体としては、戦艦用の新砲弾、航空機用の新型弾頭の研究を進めています」
陸軍では、障壁の中に入って一式障壁弾改造の分断爆弾などを実用化したが、海軍としては、ハワイで撃沈した敵の新戦艦――アルパガスの主砲を解析し、新型砲の開発や、それを応用したものを作り出そうとしている。
大前先任参謀が口を開いた。
「その新型弾頭というのは、何です?」
「爆弾なり誘導弾に光弾砲で使うエネルギー弾を仕込んで、破壊力を増そうというものだ。さすがに一発、二発で敵の防御障壁を突破はできないが、数十発かけずとも、数発で障壁を剥ぎ取る」
おおっ、と参謀たちが声を上げる。ハワイ作戦で、地上のアヴラタワーの障壁を破壊するのに誘導弾を使いまくったことや、『アルパガス』の障壁を数十発の砲弾を浴びせても突破できなかったことを皆が知っている。
それがたった数発で突破できるというのなら、かなりの前進と言える。
「単純に爆弾の威力も上がるから、巡洋艦でも一発大破ないし撃沈。大型空母や戦艦でも二、三発で致命傷か沈めることもできると思う」
「それは凄い!」
青木航空参謀が声を弾ませた。
「それならば、敵艦もより効率よく沈められますね。今回の作戦でその新型弾頭が使えていれば、航空攻撃だけで大西洋艦隊を撃滅できたかもしれません!」
「そうだな」
小沢は頷いた。少し機嫌がよくなったようだった。方策がなく、モヤモヤするところを、すでに解決に向けて進んでいることに安堵したのだろう。
神明は、話がひと段落したと見て、話題を変える。
「長官、敵主力は叩きましたが、地中海に向かっているだろう、敵の別動機動艦隊が残っていますが、そちらは如何致しますか?」
数で勝る敵戦力を分散させるため、地中海殴り込みなどという作戦を行い、見事大小10隻の空母を主力から引き離すことに成功している。
「地中海にも転移中継ブイがありますから、スエズにいる辺りの敵を攻撃できます」
主力を撃滅した今、別動機動艦隊が、大西洋艦隊の中心戦力となるだろう。今が、それを各個撃破できる機会ではないか。
「そうだな……。うむ、やるべきだ。余力があるならば、今のうちに徹底的に叩くべきだ」
小沢は、連合艦隊司令部に、第一機動艦隊による敵別動隊の追尾、撃滅の許可を求めた。
第二機動艦隊は、夜戦に先の砲戦参加にと、補給が必要だろうが、第一機動艦隊には余裕がある。特に航空攻撃は、地中海に殴り込んだ二航戦以外は、まだ一回しかやっていないので、力が有り余っている。
このインド洋海戦の大勝利に華を添える意味でも、戦果拡大の好機である!
しかし――
「連合艦隊司令部より、追撃は不要との連絡がありました」
山野井情報参謀の報告に、小沢は渋い顔になった。
「追撃不要?」
連合艦隊司令部曰く、敵別動隊は紅海に差し掛かり、その近辺に敵飛行場があることから、空母の隻数以上の反撃の可能性があること。また敵に防御障壁を展開された場合、弾薬の消費に見合う戦果は難しい。
よって、追撃不要。戦力、弾薬を温存せよ――とお達しがきた。
「ううーむ……」
小沢は腕を組み、しかし表情は苦り切っていた。神明は言った。
「弾薬備蓄の話を出されては一理あります」
「しかし、それを差し引いても、今潰しておくべきだ」
そう口には出しつつも、小沢もまた弾薬について浪費は御法度という、日本海軍の雰囲気を実感している人間だから、それ以上は言えなかった。
貧乏海軍である日本海軍は、とかく消耗という響きを嫌う。艦隊保全然り、訓練の際の一発の無駄弾についても然り。とにかくうるさい。日本海軍の悪癖が、顔を覗かせたのだ。
「その代わりに、第一機動艦隊には周辺の敵大西洋艦隊の残存艦の捜索と撃滅命令が出ました」
敗残兵狩りはやれという。これには小沢は眉間にしわを寄せた。有力部隊の追撃はするな、しかし雑魚は狩れ。
大砲屋が、空母部隊に戦果を上げさせないために追撃を止めたのではないか――そう穿った考えが過ったが、航空寄りである山本五十六は、そういう配分はやらないだろう。だから小沢も、それは口には出さなかった。
それに損傷した敵艦なら、防御障壁も使えないだろうから、攻撃するにしても無駄弾は最小限だろう。
「残敵処理も重要です」
神明は淡々と言った。
「敵を逃しては、今日の戦訓を持ち帰らせてしまいます。それは避けたいところです」
「うむ。第一機動艦隊、各艦に追加の索敵機を出させろ。残り物は全部沈めてやる」
小沢は思考を切り替え、命令を出した。
かくて、第一機動艦隊の空母群から飛び立った偵察機は、大西洋艦隊主力から離脱ないし、昨夜の夜戦からの脱落艦の掃討を行った。




