表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
375/1117

第三七五話、大西洋艦隊の残存戦闘機隊


 ムンドゥス帝国大西洋艦隊は壊滅した。


 空からそれを目撃するというのは、決して愉快なことではない。


 大西洋艦隊所属の戦闘機パイロット、エレミア・アグノス少佐は、艦隊が日本海軍によって撃滅される一部始終を見ていた。


 彼女は、早朝、日本艦隊攻撃の第一次攻撃隊の制空隊として参加した。しかし、攻撃自体は、日本艦隊が目的海域にいなかったために空振りに終わった。


 艦隊に帰投すれば、空母は壊滅。元々、旗艦『ディアドコス』所属だったエレミアとその中隊は、母艦に着艦できたが、それ以外の連中は、機体を放棄し海水浴をする羽目になった。


 その時点で、エレミアは、大西洋艦隊残存艦隊の生存の可能性の低さを予知していた。果たして母艦があったのと、海水浴をするのと、どちらがツイていただろうか、と本気で考えるくらいに、将来によい予感はしなかった。


 そして予想通り、日本海軍は、大西洋艦隊に襲いかかった。残存航空隊は、敵航空隊の襲撃に備えると共に、艦隊砲撃の巻き添えを避けるために、『ディアドコス』を緊急発進した。


 そしてそれが、航空戦艦『ディアドコス』の最後の発進となった。


 戦況は見る間に悪化した。


 日本軍が転移を使えると聞いていたが、その数はあっという間に倍に倍となって、26隻の敵戦艦と10隻の味方戦艦という、絶望的戦力差となった。


 もはや、敵戦艦に肉薄して、ちまちま艦橋を狙い撃って戦況が変わるようなものでもなく、エレミアら戦闘機中隊は、上空で見ていることしかできなかった。


『少佐、どうしますか?』


 部下のジャタハ大尉が聞いてきた。どうするもこうするもない。

 母艦である『ディアドコス』は、圧倒的戦力差の前に撃沈された。もはや艦隊はなく、帰る場所はここにはない。


「このまま敵艦に攻撃……という気は起きないんだよねぇ。ここは一つ、インドだっけ? 大陸にでも行きましょうか」


 陸地にたどり着ければ、燃料切れても地上に降りられる。最悪、海水浴は避けられるだろう。


 一瞬、他の母艦を無くした艦載機の搭乗員を収容している会合地点に行った方が近いと気づいた。


 だがどうにも向かう気になれず、気づいたことをそのまま胸に秘めて忘れることにした。何かあれば部下たちが指摘しただろう。それがないということは、エレミアの判断を彼らも信用しているのだ。

 機体を翻し、日本の戦闘機が出てくる前にこの場を離れる。


 ――いや、出てきてくれないかなぁ、日本の戦闘機。


 エレミアは、何より空中戦を好む。この退避中でも敵戦闘機が現れたならば、すれ違いざまに撃墜してやると本気で思っていた。


 どうせ死ぬなら、アドレナリンが弾けまくった空中戦で死にたい――などと本気で考えているような戦闘狂であった。


 だが残念なことに日本軍は艦隊に注力し、わずかに空中にいた戦闘機には見向きもしなかった。


 あるいはしつこく艦隊に食らいついていれば、鬱陶しがって戦闘機を呼んだかもしれない。だが母艦を無くした戦闘機など、放っておいても海に不時着する――そう見られたのだろう。


 当たっているだけに、何も言えない。エレミアは一人コクピットで苦笑した。

 と、その時だった。エレミアの脳裏にノイズのようなものが走った。


「これは……」


 思わず顔をしかめ、こめかみに指を指すように押さえる。


『あーあー、聞こえるか、上空のパイロット?』


 念話だった。帝国魔術師の声を魔力に変えて飛ばす魔法である。


『ただいま当方、無線封鎖中にて、念話を飛ばしている。繰り返す、上空のパイロット、聞こえるか?』

『こちらは大西洋艦隊、司令部付き戦闘団、第101戦闘隊である』


 エレミアは、あまり得意ではない念話を用いる。なおそれでもマシな方だ。念話交信できる能力を持つパイロットは少ないのだ。


『貴官の所属を明らかにせよ』


 しっかり届いているのか、エレミアは不安になる。受けるのも飛ばすのも音量調節とか難しくてかなわない。


『第101戦闘隊へ。こちら『プネヴマⅡ』。現在、特殊作戦につき単独航行中。帰還先を探しているなら、当艦は空母なので収容可能』

「空母!」


 思わず声に出た。正直、不慣れな土地への移動だったから、その申し出は渡りに船である。

 エレミアは再び念話で呼びかける。


『ありがたい。燃料はまだあるけれど、こっちは当てがなかった……。こちらの位置はわかるようだけど、ここからどこへ行けばいい?』


 いや、ちょっと待て――エレミアがその存在に気づいたまさにその時だった。


『了解した。すぐ目の前だ』


 プネヴマⅡと名乗るそれが言った直後、海面に変化が起きる。否、アルクトス級中型空母に似た艦が現れたのだ。


『少佐ァ!』


 部下たちがどよめく。


 ――やはり、直前に感じたのはこれか!


 エレミアは口角を上げた。


「遮蔽っていう姿を隠す技術だと思うよ。噂くらいは聞いてるよね?」


 太平洋艦隊のテシス大将が、姿を消す技術を本国から引っ張ってきて試験をやっていたという話を、最近聞いていた。


 今の、突然姿が見えたのは、その遮蔽装置を解除したからだろう。だがエレミアは、それよりも、その空母の艦体色が紫であることの方が気になった。


「これは、本国の皇帝親衛隊!」


 まさか地球くんだりまで来ているとは思わなかったそれが、目の前にある。


 ムンドゥス帝国本国の皇帝直属艦隊。それが皇帝親衛隊だ。精鋭が揃い、その装備もまた一線級。紫色のカラーリングで統一されたそれは、異世界にまで出張ることはあまりない。


「何をやっているか知らないけど、特殊作戦というのは嘘ではなさそうね」


 遮蔽装置のテストだろうか。大西洋艦隊と日本海軍が激突した海域の近くに、単独で航行しているとは、意外としかいいようがない。


 だが今は何より、友軍空母に着艦できるという事実がありがたかった。エレミアは部隊に、空母への着艦を命じる。


 せっかく姿を見せてくれた以上、時間を掛けずに収容作業を進めさせなくてはならない。日本海軍が、大西洋艦隊の残党狩りに索敵機を飛ばしている可能性がある。少数とはいえ、まとまった戦闘機隊が艦隊上空から離脱しているとなれば、調べるために偵察機を送り込んできてもおかしくない。


 それで『プネヴマⅡ』の任務の邪魔をするようなことがあってはならないのだ。味方の厚意に甘えても、それ以上に迷惑はかけられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ