第三七四話、戦艦を集中せよ
右舷方向からの雷撃は、ムンドゥス帝国大西洋艦隊を混乱させた。
潜水艦による雷撃――その事実に思い至るのに時間は掛からなかったが、同時に9隻の駆逐艦が失われ、さらに重巡洋艦1隻、軽巡洋艦2隻が撃沈された。
この被害は、明らかに複数の潜水艦の攻撃だが、問題だったのは、基本単独行動である潜水艦がどう海に潜ったまま同時雷撃を仕掛けたか、ということにある。
艦隊は対空・対潜警戒を敷いていた。相手はおそらく日本海軍の潜水艦であるが、事前に潜んでいる兆候もなければ、潜水艦同士でやり合うような通信などは傍受していない。
「駆逐艦を回し、敵潜水艦を狩るのよ!」
リーリース・テロス大将は、護衛から駆逐艦を引き抜き、敵潜水艦の掃討を命じた。こちとら、大西洋や地中海で、英独伊の潜水艦とも戦っている。
複数隻による同時雷撃という手には驚きつつも、倒さねばならない敵に違いはない。かくて右翼展開の9隻がやられたことで、その前後の駆逐艦が5隻ずつ、2個駆逐戦隊で、潜水艦狩りが開始された。
見つかるまでは強い潜水艦も、発見されれば個艦の性能差もあって不利、とされている。だが、日本軍潜水艦隊――特にマ号潜は、水上艦並の高速性能を水中で発揮可能。さらに、誘導魚雷を使用することで、むしろ向かってくる駆逐艦を狩る、逆ハンターキラーであった。
潜水艦に、駆逐艦は追い回されて、海中で息を潜める――なんて、マ号潜はしない。向かってくるのを幸いとばかりに、逆に雷撃で仕留めてやろうと手ぐすね引いている始末だった。
こうして、ハンターとして駆けつけた駆逐艦10隻が、艦首にそれぞれ大穴を開けられて沈む中、第二機動部隊――その闘将が率いる艦隊が、黙って大西洋艦隊を第一機動艦隊へ向かわせるわけがなかった。
大西洋艦隊主力の目が右翼に向く頃、左翼方向に第二機動部隊、水上打撃部隊が浮上した。
角田 覚治中将指揮の第八戦隊『近江』『駿河』『常陸』『磐城』、宇垣 纏中将の第二戦隊『大和』『武蔵』『美濃』『和泉』が護衛の第八水雷戦隊と共に海を割って現れ、その大火力主砲を艦隊中央付近に位置する戦艦へ向けて、発砲した。
8隻の戦艦の砲撃は、左翼側に配置されていた戦艦2隻に集中。魔力誘導があった上に距離が近かったこともあり、初弾で水柱が取り囲み、命中、そして爆発したことで派手に吹き飛んだ。
さらに角田長官の八戦隊は、三連装イ型光線砲で、突撃の邪魔になる敵重巡洋艦列に一撃を撃ち込み爆砕すると、さらに中央の戦艦群へ砲を向けた。
この動きに対して、大西洋艦隊長官のテロス大将は、陣形変更を命じる。
「敵戦艦が転移、肉薄してきた! 戦艦戦隊は単縦陣を形成! 応戦しなさい!」
X字の飛行甲板から、直掩機を緊急発進させる。エントマⅡ戦闘機が、速やかに上空に上がり、甲板上の可燃物となる可能性となる航空機を艦から切り離す。
こんな至近距離での砲撃戦に巻き込まれ、テロスも色々と言いたいことはあった。すでに目視できる距離に、日本戦艦が砲を向けながら並走している。
テロスは声を荒げた。
「返り討ちよ!」
戦艦2隻があっさり沈められた。敵は8隻。こちらは10隻。至近距離の殴り合いであれば、こちらも危ないが敵にも一発轟沈の可能性はある!
「夜戦ではないのよ。この距離なら当たるわよ!」
ムンドゥス帝国戦艦戦隊は、陣形を整えつつ、各個に砲撃する。戦艦の数、敵8に味方10――のはずだったが。
『い、いえ! 敵戦艦は11隻です! 後方に新たに3隻!』
日本艦隊8隻の戦艦に続くように、新たな敵3隻が海を割る。
それは第七艦隊、第五十一戦隊の戦艦『扶桑』『山城』、そして独戦艦ビスマルク改装戦艦『隠岐』であった。
改扶桑型戦艦は35.6センチ連装砲五基一〇門、『隠岐』は41センチ連装砲四基八門を、異世界帝国戦艦に向け、先行する第八戦隊、第二戦隊を援護する。
戦艦数11対10。数で逆転する中、第七艦隊の艦が続々、旗艦に続く。
大型巡洋艦4隻からなる第九戦隊『黒姫』『荒海』『八海』『摩周』は、接近する敵重巡洋艦に30.5センチ連装砲を指向する一方、敵軽巡洋艦や駆逐艦に対艦誘導弾を放って迎撃する。
さらに第七艦隊所属の転移巡洋艦戦隊が、新たな艦隊を呼び寄せる。
第一機動艦隊に同行する連合艦隊旗艦『敷島』、一機艦所属の第五戦隊『肥前』『周防』『相模』『越後』、第七戦隊『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』、そして雲仙型大型巡洋艦、各重巡洋艦戦隊が、複数の転移巡洋艦を通して出現し、戦闘隊形を形成、砲撃を開始する。
戦艦数、20対10。
いや、古賀大将指揮の第一〇艦隊で、特殊砲撃艦を除く艦も駆けつける。
改美濃型戦艦『伊予』以下、『淡路』『越前』『能登』『伊豆』『岩代』と8隻の重巡洋艦が現れ、転移巡洋艦を経由して合流。41センチ三連装砲三基九門を、敵戦艦に向けて砲撃に加わった。
日本戦艦26隻に対して、ムンドゥス帝国戦艦10隻。
ますます開いた戦力差だが、放たれる投弾量の差は圧倒的だった。
46センチ砲26門、41センチ砲144門、35.6センチ砲52門。合計222門の戦艦主砲が、異世界戦艦10隻に集中したのだ。
この猛烈な砲弾の嵐は、敵戦艦の装甲を叩き、ひしゃげさせ、部位を吹き飛ばし、たちまち艦体を穴だらけにし、次々とその命運を突き刺せた。
加速度的に、異世界帝国戦艦はその数をすり減らし、旗艦である航空戦艦『ディアドコス』もまた被弾し、艦体より中部以降の飛行甲板も破壊され黒煙を吹き上げる。
たまらず防御シールドを展開するも、後続する味方艦は櫛の歯が欠けたように消え、旗艦に砲撃が集まった。
砲弾の洪水。障壁がなければおそらく撃沈していた。だがその障壁も、あっという間に維持するエネルギーを削られ、消滅。障壁がなくなれば、雪崩を打つ砲弾の嵐に抗う術はなかった。
大西洋戦線を暴れまわった歴戦のリーリース・テロス大将以下、幕僚たちも艦橋ごと吹き飛び、ここにムンドゥス帝国大西洋艦隊は、壊滅したのである。
・ ・ ・
連合艦隊旗艦『敷島』。
先ほどまで水柱が至るところで吹き上げられていた海面は、今は幾分か穏やかさを取り戻しつつある。
異世界帝国の誇る大西洋艦隊主力の艦艇は、そのほとんどが屍を晒すか海の藻屑となった。
「大勝利です、長官」
草鹿 龍之介参謀長は泰然自若としていた。
「我が方の損害は軽微。日本海海戦に匹敵する、いえ、それ以上の一方的勝利でした」
「うむ……」
山本五十六大将は、そっと軍帽を被り直した。ハワイ沖海戦のように、沈没、大きな損傷を受けた艦艇はないと報告を受けている。一部、敵の反撃による被弾はあれど、軽微な被害に収まったという。
まさしくワンサイドゲーム。敵の防御障壁により、航空攻撃で仕留めきれなかったと見るや、転移で敵艦隊の懐に飛び込み、戦艦の砲撃で決着をつける。
言い出したのは第二機動部隊の角田中将だったが、そこで一機艦、第七艦隊、第一〇艦隊の全戦艦を集中しよう、という意見が出た。
角田としては、夜間航空攻撃で成果が想定より下回ったと聞くや、近接砲撃戦を挑む腹積もりだったようだが、第一〇艦隊側から、せっかく転移で移動できるのだから全戦艦で殴り込みをかけよう、という具申があり――おそらく臨時参謀の神 重徳大佐が言い出したのだろう――山本もそれを採用した結果、大西洋艦隊の撃滅に漕ぎ着けた。
「まあ、当面の脅威は去った」
山本は、参謀たちを見回した。
「インド洋迎撃作戦は終了だ」




