第三七三話、大西洋艦隊、北上す
ムンドゥス帝国大西洋艦隊は、日本海軍航空隊の攻撃を受けて半壊した。
旗艦『ディアドコス』で、リーリース・テロス大将は長官席に座り、額に手を当てながら、報告に耳を傾けていた。
「航空戦力は、ほぼ壊滅です」
メルクリン参謀長は、表情一つ変えず事務的に告げた。
「母艦としての機能を有しているのは、本艦のみ。残存する空母2隻は、中破判定にて艦載機の離発着機能を喪失しております」
「……」
「まもなく、第一次、第二次攻撃隊が帰還しますが、本艦の収容能力は飛行甲板を利用しても40機程度。残る約1000機の航空機は残念ながら、海上に下ろすしかありません」
攻撃隊は、敵艦隊を攻撃できなかった。約1000機もの航空機を叩きつければ、相応のダメージを日本軍に与えられるはずだった。
だが現実には、攻撃は空振りに終わり、こちらは空襲を受けて航空母艦がほぼ全滅。帰還した艦載機も着陸できる場所がなく、海に没するしかない。……戦場は、アラビア海のど真ん中。最寄りに友軍基地はなく、今からの退避も不可能だ。
航空戦では最強を自負していたムンドゥス帝国大西洋艦隊である。それが敵に損害をほとんど与えられず全滅など、屈辱以上の何物でもなかった。
「さらに、先の航空攻撃で戦艦3隻沈没、1隻大破。重巡洋艦4隻沈没、2隻中破。軽巡洋艦2隻、駆逐艦3隻が沈没しました」
残存するは、航空戦艦1、戦艦12、空母2(戦闘力喪失)、重巡洋艦16、軽巡洋艦13、駆逐艦59となる。
「……」
「長官」
航空参謀が進言する。
「地中海に戻した別動隊を呼び戻し、合流を図っては如何でしょうか?」
どういう手を使ったかわからないが、日本軍機動部隊が地中海に現れた件。それを受けて、大西洋艦隊は、中型空母5、小型空母5を中核とする別動隊を分離したのだ。航空参謀は、その戦力と合流すればまだやりようがあるのでは、と言うのだ。
しかし――テロスは重い口を開いた。
「今さら呼びかけたところで、数時間で合流できるものでもないわ。数日かけて合流どころか、今日の夜を迎えるまでに我が艦隊が無事である保証もない」
日本軍もかなりの航空兵力をつぎ込んで仕掛けてきたが、今日中にあと一、二回は全力攻撃が可能だろう。
つまり、日本軍が攻撃しないという奇跡でもない限り、どうあっても別動隊に合流は不可能ということだ。
それよりも考えなければならないのは、残存大西洋艦隊の今後である。先にも言ったがここはアラビア海のど真ん中である。味方勢力圏へ撤退しようにも、日本軍の反復攻撃でまずやられるだろう。
無策であれば、全滅確定であり、何か奇跡的な手を閃かない限りは、遅かれ早かれ詰んでいる状況だ。
――何の成果もなく全滅というは許容できないわね。
ムンドゥス帝国軍人として、死ぬ時も前に向かえ。奇跡的に見逃されるなど、帝国軍人の恥である。たとえ全滅するにしても、敵に立ち向かって死ね、である。
「長官、差し迫った問題があります」
メルクリンが言った。
「先ほども申した通り、約1000機の艦載機が戻ってきます。機体は破棄するしかありませんが、パイロットは回収しなくてはなりません」
「ええ、そうね」
機体は補充できても、偉大なるムンドゥス帝国のために戦った戦士たちを、危険な海に放置などできない。
「しかしなにぶん数が多いですから、救助活動にも時間が掛かると思われます。そこを日本軍が襲撃してきた場合、こちらはろくな反撃もできなくなるでしょう」
「要点を」
「パイロットを救助する回収部隊を編成し、残る本隊は移動したほうがよい思われます。少なくとも、パイロット保護のために艦隊が全滅してしまっては意味がありません」
「そうだ。その通りね」
テロスは顔を上げた。それで腹は決まった。
「回収部隊を残し、着水した機体のパイロットを収容。残る主力部隊は、北上。日本艦隊へ突撃する!」
死ぬ時は敵に向かって倒れろ――ムンドゥス帝国の伝統に従い、テロスは残存艦隊による敵艦隊突撃を選択した。
航空参謀が直立不動の姿勢を取った。
「長官。我が方の直掩は、もはやあってないようなものです。敵艦隊に向かっても、航空隊による集中攻撃で、こちらも無事には済みません」
「いまさら、どこへ行こうとも、敵航空隊の集中攻撃を逃れる術はないわ。ならば、敵総大将へ向かって倒れるほうがまだ格好がつくわ」
テロス大将は死に場所を決められた――参謀たちは、長官の決意を汲み取った。
ただちに、艦隊から、回収部隊が編成された。損傷しつつある程度戦闘力を残している艦を中心に分離。東の空に現れた味方攻撃隊に、着水地点を知らせると、テロスの主力艦隊は北上を開始した。
唯一、航空隊で母艦に戻ったのは、『ディアドコス』所属の部隊である。戦闘機を中心に24機が帰還。再出撃に備えた。
北へ進路を向けた大西洋艦隊主力は、対空警戒しつつ防空陣形を取ったが、攻撃は何も空からだけではなかった。
・ ・ ・
「……敵艦隊、北上中」
「ふむ、本当に敵さんは第一機動艦隊の方へ向かったな」
伊600潜水艦『海狼』で、海道中佐は自身を納得させるように小さく頷いた。
異世界人は、窮地にあるほど敵に向かって進む。これまでもよく見られた彼らの行動パターンであるが、さながら昔の侍に通じるものがあると感じる。
残存戦艦部隊を中心とした艦隊決戦を挑む腹積もりなのだろうが、些か海中への注意が疎かになっているのではないか。
第二機動艦隊所属の第十七潜水戦隊の9隻の潜水艦は、北上する敵艦隊の右舷方向に展開していた。
通信士の萩野が振り返った。
「中佐。旗艦『迅鯨』より魔力通信です。第十七潜水戦隊各艦、敵艦隊側面への雷撃を敢行せよ」
「了解した。――雷撃用意。1番から6番、誘導魚雷、装填」
伊600潜水艦含む、マ号潜水艦から編成される歴戦の9隻は、ただちに艦首魚雷発射管に53センチ誘導魚雷を押し込む。
海中でも交信できる魔力式通信により、マ号潜部隊は、統制魚雷戦が可能である。第一次夜戦でも、第二機動艦隊第三部隊として、特殊巡洋艦戦隊の対艦誘導弾攻撃に混じり、敵水上艦に魚雷の一斉発射を見舞った。
「装填完了。発射準備よし」
「撃て」
伊600潜、そして僚艦の伊611、伊612、他6隻も魚雷攻撃を開始した。
海面下を進む静かなる破壊者が、するすると敵大西洋艦隊に伸びていく。
「第二撃用意。次弾誘導魚雷、全門装填せよ」
次の準備を進める一方、誘導魚雷は、能力者の誘導もあって突き進む。艦隊外周の敵駆逐艦が、航走のスクリュー音を探知したか、陣形が崩れるように動き出したが、もう遅かった。
もっとも外周に配置されていた駆逐艦9隻が一斉に横っ腹に魚雷を食らい、水柱を突き上げる。さらに隙間を縫って侵入を続ける魚雷が、次の護衛線にある巡洋艦に誘導され、命中、爆発した。




