第三四八話、神大佐の思いつき
神 重徳大佐は、海軍省教育局の第一課長である。
開戦時は、軍令部第一部第一課にいて、大本営海軍参謀であった。第一次トラック沖海戦での連合艦隊の敗北。その後、表舞台に現れた魔技研とその技術を用いた第九艦隊が、シンガポール、セレター軍港を襲撃した際に同行した。
その戦いで、魔技研と当時大佐だった神明と縁ができ、第九艦隊の先任参謀としてマリアナ奇襲作戦に参加。復活した戦艦『大和』と共に、本土防衛からの、フィリピン海海戦の場にいた。
それからしばらくは南方作戦において参謀をしていたが、43年に、特殊巡洋艦に改装された軽巡洋艦『多摩』の艦長を務めた。ハワイ作戦の機運が高まる中、人事により今の海軍省教育局勤務となった。故に、ハワイ作戦には参加していない。
教育局は、海軍教育に関係する各機関の運用、改善や、国民への海軍に対する啓発活動を職務としている部署である。
そんな神は、ハワイ作戦の詳報から戦訓を抜き取り、今後の海軍教育に重要になりそうな部分を洗い出していた。開戦以来、海軍の人材不足は深刻であり、募集もまた広い範囲に及んでいた。
また魔技研の魔法装備の運用などで、魔力適性のある者の優先的採用も図られるようになったから、そちら方面の教育もまた、今後の課題となっていた。
閑話休題。
神は、疑問を抱いていた。
日本海軍、その主力である連合艦隊の艦艇は、有史以来最大規模であり、戦いの度に増えていく。
人材不足なのにさらに艦隊が増えれば、いくら募集をかけようとも足りるはずもない。現在は無人コアや自動機械化など、人の不足を補う形での運用で、一応の解決が図られていた。
しかし、やはり充分とはいえず、沈没艦回収によって獲得した艦艇も、その全てが連合艦隊に配備されていない。つまり、腐らせている状態にあった。
フネが余っている。人がいないから、再生させても動かせない。だから再生されずに後回しや、資材用に利用というパターンも少なくなかった。
「わからん……」
神は、海軍省教育局を出ると、その足で軍令部へと赴いた。かつて軍令部第一課にいたから、懐かしくもあり、自然に足を進めたが、目的の人は不在だった。
軍令部第五部――魔法装備、回収艦関係……要するに魔技研担当の部長である土岐 仁一中将を訪ねたのだが、この御仁は、以前から軍令部で見かけることが少ない人物であった。
どこに行っているか知らないが、留守が非常に多いのだ。神は、どうしたものかと思い、ふと第二部長である、黒島亀人少将を見かけたので、そちらに当たることにした。
「なんだ、神。おれに用か?」
かつての連合艦隊司令部で、変人参謀、仙人参謀などと言われていた黒島は、胡乱げな目で神を見た。
「軍備担当である第二部部長の黒島少将なら、ご存じかと思いまして」
「前置きはいい。話とは?」
「回収艦艇の件で」
神は自説を語り出した。
海戦によって沈没した艦を海軍は回収している。しかし、その再生、運用の優先順位がおかしいのではないか、と。
「駆逐艦や護衛艦の増産をやめ、再生艦で補うのは、それに用いるはずだった資材を他に回せるのでまだわかります。しかし、私がいまいち納得できないのは、戦艦の扱いです」
「……」
「キャビデ軍港、フィリピン海海戦、中部太平洋海戦……これらで我が海軍は多数の敵戦艦を撃沈しました。そしてこれらは回収されているのに、再生、運用されている戦艦の数が非常に少ない!」
旗艦級戦艦2隻が、『播磨』と『遠江』となった。甲型戦艦と言われる40.6センチ砲搭載戦艦であるオリクト級は、神の記憶で間違いなければ『美濃』『和泉』の2隻のみ。乙型戦艦であるヴラフォス級は、大型巡洋艦として『早池峰』が改装された以外におぼえがなかった。
「英国や米国の沈没艦を優先的に再生したという話ではありますが、乙型はまだしも甲型戦艦は16インチ砲搭載戦艦であり、再生させるならこれを使ったほうが、米英の旧式を使うより有用だと思います」
はきはきと、やや大きな声で、神は言った。対する黒島は、そんな神の発言を少々鬱陶しげに聞いていた。
「敵の軽空母については、使い道に困りつつ、陸軍に譲渡したり、海軍でも護衛空母にという話はありましたが、戦艦に関しては、とんと話を聞きません。間違いでなければ、甲乙戦艦合わせて、20隻以上がまだ活用されずに放置されているではありませんか! これは、非常に勿体ない!」
「大型艦の再生が後回し傾向なのは、人員不足のせいだろう」
黒島は淡々と告げた。
「戦艦、空母は、人員を特に必要とするからな。無人化、自動化が進んでいるとはいえ、それも最近ようやく一息つけるレベルに達したというところだ。これからだよ、これから」
「私も魔技研の報告書は読んでいます」
神は、軍令部第一課時代に、それこそ魔技研資料を読みまくった。
「それで、です。海軍がこれらの戦艦を余らせているなら、活用する案があるのです」
「ほう。拝聴しようか」
「ずばり、戦艦に熱線砲を搭載し、敵大型艦を一撃粉砕する特殊砲撃艦として運用するのです」
自信たっぷりな神である。
「異世界帝国の戦艦は、熱線砲と呼ばれる強力な武装を装備しています。戦艦級の防御障壁があれば、1発や2発は耐えられますが、数発当たれば、超戦艦をも撃沈できます。……ハワイ作戦で、『播磨』がやられたように」
押し黙る黒島。神は続ける。
「またハワイ作戦では、異海氷空母という巨大海上飛行場を敵が用いていました。その破壊にも、熱線砲のような強力な武装があれば楽だったと思います」
「それなら、おれも考えた。熱線砲ではないが、潜水艦に敵重爆撃機が搭載していたものを改造したイ型光線砲を積んで活用した」
熱線砲ほどではないが、当たれば空母すら一撃で轟沈させる威力を持つ武器だ。防御障壁の前に弾かれる点は同じであり、一発でほぼ使い捨て兵器ではあるが、強力である。
「そんな小さな潜水艦に載せずとも、戦艦が余っているのですから、こちらに思い切り載せましょう!」
神の発言は、小型潜水艦による奇襲戦法に取り組んでいる黒島をイラつかせた。この大艦巨砲主義者め、と内心吐き捨てる。
「しかし、人員問題があるだろう。戦艦と潜水艦では必要人員が違う」
少ない人数で最大の効果を発揮するにはどうするべきか? 熱線砲とイ型光線砲で、同じように威力の攻撃が使えるなら、どちらがコストパフォーマンスに優れるか否か……。
「少将。昨今の自動化処理で、特殊砲艦の人数も最小限にできます」
神は断言するように告げた。
「そもそも熱線砲は、一度撃つのに艦のエネルギーの大半を消費します。なのでその後に砲撃戦に持ち込むならば、使い方に留意が必要となります。が、それは戦艦として使うなら、という話です」
「……」
「熱線砲のみを使う前提ならば、主力艦隊の砲戦前に敵に先制攻撃を仕掛け、数を減らしたのち、すぐに後退して再充填を行えばよいのです。充填中は、主力艦隊が戦いますから、砲撃艦はエネルギーの回復に集中できます。艦を推進させること、熱線砲を撃つのみに限定するなら、それ以外の人員は必要ありません」
そこで神は、思いついたとばかりに口元を緩めた。
「いっそ潜水機能をつけましょう。黒島部長の、光線兵器を用いた潜水艦を、光線兵器を積んだ戦艦でやるということで……。どうでしょう?」