第三四三話、電撃師団(稲妻師団)とは何なのか?
九頭島軍人街にある食事処『矢又』。その奥の座敷席に神明と富岡はいた。さらに向かいの席に、もう一人。
「出世したんだな、杉山。おめでとうと言っておく」
「ありがとう。しかし、もちっと感情込めて祝ってくれない?」
陸軍技術少将、杉山達人は、皮肉げに口元を歪めた。陸軍魔研のボスが、わざわざ九頭島に出向いたので、そのついでに呼んだ神明である。
「そういえば、私と富岡も昨年十一月に昇級したんだがな。貴様から祝いの言葉を賜っていないな」
「……はいはい。おめでとう、神明ちゃん。――ご昇級おめでとうございます、富岡少将閣下」
「あ、うん……どうも」
今回、杉山と初対面である富岡は面食らう。そして自分をこの場に誘った同期を睨んだ。今後の展望について忌憚なく話し合うつもりだったのに、何故、この場に陸軍の将軍がいるのか。
神明は構わず、鍋をつつきながら杉山に言った。
「早速で悪いんだがな杉山。電撃師団の話をしてくれ」
「おう。海軍でもパクリ師団を作るんだって? 稲光とか、電光だったかな?」
杉山のパクリ発言に、富岡は表情に不快感をにじませる。窃盗や金銭恐喝のことを指す表現だから、陸軍お得意の海軍への当たりだと感じたのだ。しかし、神明は平然と言った。
「稲妻師団だ」
「そうそれ。……話すのはいいけど、富岡少将閣下を前にする話題としてはどうなんだい、神明ちゃん」
「富岡は、南東方面艦隊の参謀長だ。がっちり、稲妻師団と関わりがある」
「なーるほど。では不詳、杉山達人、話させていただきます」
少々芝居がかりながら頭を下げた後、杉山は話し始めた。
「海軍さんでは、どこまで知っているか知らないけど、陸軍は今、大陸決戦の戦力を注ぎ込んでいる。海軍さんがアメリカさんと上手くやってくれたおかげで、レンドリースの兵器や物資の補充もあって、何とか渡り合っている状況」
「……」
「インド洋の制海権がこちらにあるおかげで、敵さんはわざわざヨーロッパから、極東にまで陸路で物資を運んでいる。いい加減、補給線はノビノビだ。そこで、陸軍は考えた。インド方面から北上し、中国、ソ連ルートで極東に向かっている敵を孤立させてやろうってね」
「長い前置き」
「悪いね。お喋りが好きなんだ」
杉山は、まったく悪びれなかった。
「で、より孤立する敵を増やそうと、中国方面の部隊は、わざと戦線を下げた。……いやわざとというか、ソ連側から敵の増援があって、ヘタに踏みとどまると逆包囲される恐れがあったからだ」
「ちょうどいいタイミングだった」
「そういうこと。……おっ、悪いね」
杉山は、神明に酒を注がれて、一杯。
「で、ここで出てくるのは、対異世界帝国侵攻軍撃退用に編成された独立戦闘師団――」
「電撃師団」
「……そう、電撃師団。異世界人が用いる構造体X……海軍では何と呼んでいたかな?」
「E素材」
「そう、そのE素材でできた構造物を破壊し、敵を無力化させることに特化した戦術と装備を考案した」
「……」
富岡が少し困った顔をしている。それに気づき、杉山ははたとなる。
「……分かり難かったですかね?」
「貴様が話を脱線させまくるからだ」
神明は容赦なかった。
「そもそも前提が抜けているのだ。異世界人がE素材の構造物なしではこの星で生けていけないことは、今や陸海軍の将兵全員が知っている。ならば、その弱点を攻撃すればいい。……そこまではいい。では何故、電撃師団が必要なのか?」
普通に攻撃して破壊できるなら、そんな仰々しい独立戦闘師団を作る必要はないのだ。
「敵も弱点を、きっちり守っているからだよ」
杉山は神妙な調子で言った。
「防御障壁で、敵さんは弱点を守りだした。だからこちらが弱点だけ狙っても、攻撃が通らないということだな。大陸決戦が今もまだ続いているのも、それが原因。本当なら、もうとっくにこっちの大勝利で終わっていたはずだったんだ」
陸軍は、E素材(陸軍公称『構造体X』)を破壊すれば、大陸決戦が有利に運び、敵をヨーロッパまで押し返すつもりだった。
だが、戦いは一進一退。海軍がハワイ作戦で、アヴラタワーを破壊したのを難儀したように、陸軍もまた敵弱点をついた戦いを仕掛けたが、上手くいっていない。
戦局が互角なのは、日本軍はアメリカの支援を受けられたが、異世界帝国は、戦線が伸びきった影響で、補給が遅れているせいだった。如何に優秀な異世界兵器も部品やエネルギー、物資が足りなければ動けない。
「そこで、防御障壁に守られた敵の弱点を破壊し、その戦域全体の敵を無力化させることに特化した部隊を編成した。それが電撃師団」
そもそもドイツでは電撃戦が――などと杉山が語り出したので、神明はそれを無視して富岡に説明する。
「陸軍は、海軍が言うところのアヴラタワーだけを破壊する戦術・兵器を用いて、敵を無力化させる戦法を使うことにした。敵戦線の後方にあるアヴラタワーを一斉に破壊。するとどうなるか……」
「異世界人は死滅する。ゴーレムとかトカゲ人間は残るんだったか……?」
「残念ながら、陸軍ではタワーの他に戦車などにもE素材が積まれているので、割としぶとく異世界人は残っている。だが、戦域をカバーしていたアヴラタワーがなくなれば、遅かれ早かれ、異世界人は死ぬ」
「戦車の中は大丈夫と言わなかったか?」
「燃料が切れれば、E素材も効力を失うから、放置すればいずれ死ぬよ。陸軍は、中国に敵を引きつけている間、その後方にあるアヴラタワーを全部破壊して、戦域にいる異世界人に死刑宣告をするわけだ。あと数時間ないし半日で、お前たちは全滅する、と。後方のアヴラタワーを全部失えば、戦車が幾ら逃げようと、安全地帯にたどり着けない……。結果、全滅だ。異世界人がいなければ、ゴーレムもトカゲも雑魚だ」
「ほう……」
「海軍の稲妻師団がやろうとしていることもこれだ。ただ海軍は、兵がいないから、敵がいなくなってからも放置するが、陸軍は無人となった敵勢力圏に進撃し、これを制圧する」
「なるほど。……理解した」
富岡は頷いた。対して杉山は落ち込む。
「僕、いた意味あるかなぁ……」
「安心しろ。技術屋。電撃師団が、如何に防御障壁を抜ける兵器を用いるか、語らせてやる。……得意だろう?」
「意地が悪いなあ、神明ちゃんは」
「それはお互い様だ」
古い付き合いであるから軽口じみたやり取りとなる。富岡は顎に手を当てる。
「ハワイ作戦でも敵の防御障壁には手を焼いたと聞く。それを破れる新兵器には興味がある」
「新兵器……うーん、まあ新兵器ですかね……」
杉山は少し躊躇うような顔になる。
「違うんですか? 杉山陸軍少将」
「階級は不要ですよ、富岡少将閣下」
自分はしっかり敬称を使い、説得力がない。
「そうですねぇ……。じゃあ、防御障壁について、軽く話しましょうか。……富岡少将閣下、実は異世界人の使っている防御障壁、あれ人間、歩いて通過できるんですよ」
「なっ……!? そうなんですか?」
杉山の思いもよらない発言に、富岡は吃驚するのだった。




