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第三三九話、日米軍、ハワイを奪回す


 日本海軍特殊部隊『(うつつ)』により、異海氷空母Fは、占拠された。


 あくまで海氷を土台とした即席海上飛行場である。その人員も航空機運用員が大半であり、熟練の特殊部隊員にとっては、敵ではなかった。

 警備兵と、数少ない銃器を手に入れて抵抗した異世界帝国兵も、瞬く間に制圧された。


「中佐、敵兵の始末は完了しました」

「ご苦労、藤林中尉」


 現部隊指揮官、遠木中佐は迅速な行動で役目を果たした部隊員を労う。

 とはいえ、まだ仕事は終わっていない。


「転移装置の設置を急げ。このデカブツを、ジョンストン島まで移動させる」

「了解です」


 彼ら現部隊の任務は、巨大合体海氷空母の奪取である。制圧後、転移装置を設置し、転移連絡網を利用できる状態にし、ハワイ海域から日本海軍のテリトリーへ移動させるのである。


「それにしても、急な任務でしたな」


 藤林が皮肉げに言った。

 昨日、いや今日の時点で、敵の合体海氷空母に乗り込んで奪う、などという作戦案はなかった。

 現部隊は、ハワイ作戦において、予備戦力として待機していた。

 敵司令部施設やアヴラタワーを航空隊で破壊できなかった場合、直接現地に乗り込んで破壊する作戦――つまり保険として控えていた。


 そのための新装備を魔技研が用意し、今は第一機動艦隊の参謀長である神明少将からの道具の使い方をレクチャーされたが、その時、遠木は神明からこう言われた。


『出番があるかわからないが、もし敵地で何か面白そうなものを見つけたら、転移装置で味方テリトリーまで運んできてくれ』


 それが伏線になるとは、遠木自身、思ってもいなかった。ハワイの重要施設は航空隊が片付け、日米艦隊が艦隊決戦に勝利。現部隊は予備戦力のまま出番なしかと思われた時、連合艦隊司令部から、異海氷空母を奪取せよ、と命令が出たのだ。

 即席の命令書を届けたのは、連合艦隊司令部付き連絡将校である秋田大尉だった。


「また神明さんの悪い癖が出ましたよ」


 転移魔法でやってきた秋田は、開口一番そう言い、遠木は察した。異世界氷のために、はるばる前線にまで行った神明が、今度は合体海氷空母をご所望だということを。

 そして連合艦隊司令部経由ということは、あの御仁の好奇心に、山本長官が乗ったのだろう。長官も長官で、珍しいものへの好奇心が強い。


 命令書は簡潔であり、必要最低限にしか書かれていなかった。だが転移装置の設置の仕方については、ジョンストン島航空隊に戦闘機の護衛をつけるべく前線近くに配置された丙型海氷空母の転移撤収の説明書がそのまま流用されていた。……これがあったから、短期間に奪取計画が立案、実行に移されることになったのだと、遠木は察した。


 日本海軍も合体海氷空母と同等のものを、すでに持っているのだ。それでも手に入れてこいというのは、敵のそれと比較し、もし有用な技術があればそれを盗むだめだろう。


 実のところ、敵合体海氷空母の回収は、神明や山本の趣味というより、米海軍が手を出す前に持ち去ってしまおうという、政治的事情もあったのだが、今の遠木はそこまでは思い至らなかった。


 ともあれ、本来は丙型海氷空母を持ち帰るためのプランを流用し、異海氷空母に現部隊は転移装置を仕掛けた。

 そして合流地点であるジョンストン島に待機する転移巡洋艦『浦賀』『志発』の転移中継装置に従って、回収品を転送するのであった。



  ・  ・  ・



 夜が明けて、アメリカ海軍は海兵隊をハワイに上陸させた。


 第七群の護衛空母群による警戒の中、オアフ島では戦艦『コロラド』『ニューメキシコ』『アイダホ』の艦砲射撃の支援のもと、上陸用舟艇は海岸に殺到。またオアフ島以外の主要各島にも部隊を派遣し、異世界帝国の残存部隊と交戦した。


 第三艦隊の空母群、日本海軍第二機動艦隊の上空支援のもと、海兵隊は、戦闘用ゴーレムやトカゲ兵と戦い、これを各個撃破していった。


 アヴラタワーの喪失により、ハワイ各島の異世界人はほぼ死亡している。案山子のように持ち場を守るだけの異世界兵器を叩き潰し、アメリカ群がオアフ島の奪回には数日と時間はかからなかった。


 オアフ島以外に航空基地が発見されたカウアイ島、マウイ島、カホオラウェ島、ラナイ島、モロカイ島、ニイハウ島の七島に対しても、基地がハリボテであったこともあり、小規模な衝突はあったもののこれらを占領した。


 ハワイは、奪回されたのだ。


 異世界帝国との開戦以来、占領されていた太平洋拠点は、晴れてアメリカのもとに戻ってきたのである。



  ・  ・  ・



 米海軍を支援し、ハワイの奪回を見守った連合艦隊。

 旗艦『敷島』では、山本五十六大将は、そっと安堵した。中島情報参謀が、米第三艦隊からの電文を読み上げていた。


「――スプルーアンス大将は、日本海軍の献身と奮闘に感謝するとのことした。願わくば、日米同盟が長く続くことを祈る、と」

「敵は異世界人だからな。もはや地球人同士でいがみ合っている時ではない。……と思いたいがね」


 そこで山本は皮肉っぽく微笑した。


「しかし、国同士が絡むとね。そう簡単にはいかんのだよ、これが」


 成果と利益、国にとって損得も大いに影響する。片方が望むからと、はいはいと頷いてばかりもいられないということだ。

 渡辺戦務参謀は言った。


「アメリカさんも、ようやく国民に対して胸を晴れる戦果を報告できるでしょうな」


 特に海軍は、圧倒的に負けが多く、プロパガンダで凌いだとはいえ、国内からも批判的な声もなくはない。第一次ハワイ沖海戦以後、特に太平洋艦隊にとっては冬の時代であった。

 樋端航空参謀は口を開いた。


「世論が盛り上がるといっても、そこまで大きな影響はないかと。ハワイは重要とはいえ、所詮本土からは遠い。米国も本土が戦場になっている以上、米海軍はこれからも勝ち続けないといけません」


 そこで草鹿参謀長が泰然と言う。


「しかし、今回の戦いで米海軍も、複数の戦艦、空母を失った。いくら工業力に優れるとはいえ、現状の戦力ではどうだろうか」

「ですが、参謀長。もう太平洋に、異世界帝国の大艦隊はいませんよね?」


 渡辺は言ったが、草鹿は首を横に振る。


「どうかな。これまでも、やっつけた敵太平洋艦隊が、比較的短期間で復活した。敵も南太平洋に有力な艦隊を持っているだろう」

「大西洋にも」


 樋端が付け加えた。


「インド洋の制海権も半分というところですし、敵は強大です」

「つまり、我々の戦いは、まだ道半ばということか」


 山本が心持ち表情を沈ませた。


 今回のハワイ作戦で失われた多くの命に対し、連合艦隊司令長官は静かに黙祷を捧げた。

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