第三三七話、目には目を、歯には歯を
海兵隊を乗せた船団の護衛につく第七群。その空母は、カサブランカ級護衛空母だった。
基準排水量、約8300トン。全長156メートル、全幅32.9メートル。機関出力9000馬力、速力19.25ノットと、艦隊型の空母として見ると低性能。
元々、補助空母として設計され、一時はイギリスへのレンドリースを視野に作られたが、結局アメリカ軍が使用することになった。
空母とし肝心の搭載数は、正規運用で28機。航空機輸送任務なら42機は積める。
もちろん、今回のハワイ作戦においては、索敵と対潜警戒、そして上空直掩が任務であり、1隻における艦載機数は25機前後となっていた。
そしてその艦載機は、F4Fワイルドキャットのバリエーション機であるFM-2戦闘機と、TBFアヴェンジャー雷撃機である。
対空戦闘となれば、FM-2ワイルドキャットの出番となる。
このFM-2は、小型低性能の護衛空母で運用できる戦闘機として作られた。端的に言えば、重量問題だ。
狭い飛行甲板を使って、そのまま飛ばすには最新版のF4F-4では重く、正規空母で用いるF6FヘルキャットやF4Uコルセアではさらに重量機なので論外だった。
……その割に、重量機のアヴェンジャー雷撃機を搭載しているが、これは1基しかないカタパルトで射出し、戦闘機は通常滑走で発艦させる、という運用である。カタパルトを使っていいというのなら、F4F-4でもF6Fでも好きにどうぞ、だ。
閑話休題。
FM-2は、F4Fの軽量型である。出力向上型エンジンを搭載し、上昇力や運動性が向上したが、それと引き換えに中高度以上の性能は低下。低高度での支援戦闘機としての能力が重視された。
しかし護衛としての直掩任務には、低高度こそメインの戦場なので、問題とされなかった。
そしてこのFM-2は、今まさに船団に迫る異世界帝国攻撃隊に対して、戦端を開いたのである。
だが高度3200メートル付近で、最高時速525キロのFM-2に対するは、最高時速600キロ超えのヴォンヴィクス戦闘機。4丁の12.7ミリ機銃で立ち向かうも、異世界帝国の主力戦闘機に劣勢だった。
戦闘機同士が小競り合いをしている間に、ミガ攻撃機が船団に迫る。だがそうはさせじと、護衛空母から緊急発進したFM-2の増援が、侵攻阻止に立ち回る。
護衛駆逐艦部隊も、敵艦載機の侵入方向を塞ぎ、船団を守るべく移動。両用砲や対空機関砲で応戦する。
「敵機は、低高度を少数の編隊にわかれて接近中! レーダーだけに頼るな。目視確認しろ!」
異世界帝国軍――プネヴマ部隊は、空母こそ遮蔽装置を積んでいるが、航空機は通常で、何かステルス要素があるわけではない。だからこそ、その攻撃隊は、対空レーダーを掻い潜るべく、少数ごとにわかれて向かってきているのだ。
これが非常に厄介だった。11隻の護衛空母の艦載機のうち、戦闘機はおよそ200機。実は、プネヴマ部隊の放った艦載機は80機にも満たなかったが、少数グループを広い範囲で展開させてきたため、捕捉に手間取ったのである。
さらに面倒だったのが、異世界帝国が人魂戦闘機ことシュピーラドを5機も送り込んでいたことだ。このシュピーラドは、米FM-2を奇襲しては撃墜してまわっていった。
光につられて追いかけると消え、いつの間にか背後を取られてやられる。かといって、攻撃機編隊に向かえば、やはりシュピーラドに背中から撃たれた。
これらシュピーラドは、小隊を組むことなく単機で飛行した。ミガ攻撃機編隊が広く展開したことで、シュピーラド単機の活動範囲も広まり、見えないからと友軍と衝突するリスクを最低限に収めたのだ。
異世界帝国側より数で勝る第七群戦闘機隊だったが、苦戦を強いられた。さらに間の悪いことに、夕闇が迫っており、視認もまた困難になりつつあった。
輸送船団、危うし。
散発的に侵入するミガ攻撃機が、低空で第七群に迫る中、それは起こった。
後方から飛来する対空誘導弾。異世界帝国攻撃機の背後を襲った攻撃は、米艦の対空レーダーにも捉えられた。しかし、肝心の母機が見えない。
「これは何だ?」
米海軍将校が困惑するのも無理はなかった。人魂戦闘機も未知なのに、その他に、さらに見えない機体がいる。しかも、それはどうやら異世界機を撃墜している……?
「何が起こっているんだ?」
・ ・ ・
「多聞丸め! 危険手当割り増したぞ、この野郎!」
第七航空戦隊所属の戦闘爆撃機乗りである宮内 桜大尉は声を荒らげた。
今回のハワイ作戦では、山口多聞中将が指揮する潜水遊撃部隊に配備された七航戦。今日は朝から、オアフ島、敵主力艦隊、合体海氷空母攻撃に八面六臂の活躍をしてきたが、ハワイ主要の島に敵航空基地が相次いで発見された段階になって、我らが山口多聞は言った。
『この段階で、現れた敵飛行場……。アメさんも、我が機動部隊もそれらの対処をしなくてはならない。艦隊決戦の参加も難しい状態であるが、こういう時だからこそ、米海兵隊を乗せた船団への注意が疎かになる気がする。つまり飛行場は陽動かもしれん。作戦検討時から言われていたことだが、船団をやられては我々の負けだ。各空母から順番に1個中隊を出して、常時、船団に敵が仕掛けてこないか監視、護衛させるのだ』
潜水遊撃部隊は、潜水して敵襲をやり過ごせるという都合上、艦隊直掩機の部分で余裕がある。そこで、その余裕の戦闘機を、米船団支援に派遣していたのである。
遮蔽で姿を消し、敵はおろか、味方にも悟られないよう、こっそり警備についていた。
そしていい加減、日が沈むのが近い段階になって、異世界帝国の小規模航空隊が、海兵隊船団を襲撃してきた。
米戦闘機隊が迎撃するが、細々と少数機で迫るので、突破されそうな雰囲気が濃厚となった。
「ようし、桜隊! 介入するぞ! 夜目の魔法も忘れるなよ」
直に日が暮れる。夜間戦闘となれば、夜目の魔法か、魔力視力ゴーグルを着用しないと目視は不可能になるだろう。その点、九頭島航空隊からの能力者部隊は、この難しい時間帯の戦闘も苦にしない。
最近はもっぱら爆撃機任務が多いが、九九式戦闘爆撃機は、元々九九式艦上戦闘機の改修型だ。敵戦闘機撃墜は、むしろ専門である。
時速650キロを超える速度で飛び、海面近くを飛ぶ敵攻撃機を捉まえる。
「おらぁ、異世界人! ちんたら飛んでるとケツから火を吹くぞ!」
空対空誘導弾を発射。九九式は姿を消したまま、しかし誘導弾は噴射の煙を引いて飛び、ミガ攻撃機を吹き飛ばす。
これが、米第七群の各艦のレーダーが捉えた物体の正体である。
開戦以来のベテランが多い七航戦の戦闘機乗りたちは、遮蔽で姿を消したまま、列機には後ろだけ見えるようにしながら飛び回った。
彼女たち能力者航空隊は、米戦闘機を追い回す人魂戦闘機に忍び寄ると、光をまとってふらついているところを奇襲して、これを撃墜した。姿を消している時は発見は難しいが、人魂形態で、米機を挑発している時が狙い目だったのだ。
本人たちは気づいていなかったが、これはファインプレーだった。このシュピーラドは、ミガ攻撃機が輸送船攻撃に失敗した際、その遮蔽装置と光弾砲を用いて、船団攻撃を行う予定だったからだ。
なお、米戦闘機乗りの一部に、九九式戦爆は視認されていたりする。しかし彼らは、時々見える九九式を、暗さのため味方のFM-2と誤認した。
異世界帝国機のシルエットとまるで違う単発レシプロ機だったおかげで、無意識に味方機と識別したのである。
かくて、徐々に視界のせいで戦闘困難になりつつあった米戦闘機隊の取りこぼしを、九九式戦爆隊が撃墜し、第七群を守った。
・FM-2ワイルドキャット
乗員:1名
全長:8.8メートル
全幅:11.58メートル(主翼折りたたみ時、4.37メートル)
空虚重量:2471キログラム:
発動機:Weight R-1820-56 1350馬力
速度:525キロメートル
航続距離:1150キロメートル(タンク1基搭載時)
武装:12.7ミリ機関銃×4
その他:護衛空母での運用を前提に作られたF4Fワイルドキャットの軽量型戦闘機。軽くなった分、原型より運動性が工場した一方、過給器の性能から中高度以上の性能は低下。低高度での使用が好ましい機体となっている。低高度に限れば、より新型の戦闘機とも対抗可能とされ、大量生産された。