第三三三話、旗艦 対 旗艦の一騎討ち
敵新型戦艦が、連合艦隊旗艦『敷島』に向かって、速度を上げて向かってくる。
当然、それを周りの日本艦が許すはずがない。
第五戦隊の戦艦『肥前』『周防』が、41センチ砲を盛んに撃ちまくり、第四戦隊の砲撃可能な『長門』『薩摩』『飛騨』、そして援護についている金剛型四隻も、敵戦艦へ積極的な砲撃を浴びせている。
しかし、強力な防御障壁が、日本側の砲弾を弾き続け、ダメージを与えられずにいた。
『敷島』からそれを見ていた山本五十六は、断固たる口調で言った。
「艦長、反転だ。こちらも、正面から迎え撃つ」
まるで挑まれた決闘だと言わんばかりの山本に、司令部は騒然とした。
敵は防御障壁を貫通する武装を持つ新型戦艦。これと正面から挑むなど、いかに『敷島』が大戦艦と言えど危険である。『敷島』以上の播磨型『遠江』が、新兵器の攻撃によって大破しているのだ。強固な装甲に覆われた司令塔にいても、決して安全とはいえず、当たり所によっては司令部壊滅の可能性もあった。
「長官!」
「敵総大将が向かってくるのだ。これに応じなければ、武士の恥だ」
山本は真顔だったが、そこでわずかに頭を傾けた。
「……とまあ、他の艦の目もある。たった一隻で向かってくる敵艦に、旗艦が逃げ回るなんてことになれば、全軍の士気にかかわる」
それはそうだ、と何人かは思った。こちらは数で勝り、一隻しかいない状況で果敢に挑んでくる敵を相手に、艦隊司令長官座乗の戦艦が下がるのは、何とも格好の悪い話だ。
もちろん、戦争で格好がどうとかはナンセンスなのだが、見ている将兵としては、臆病よりも、立ち向かう指揮官のほうがいいに決まっていた。
「敵に撃たれる前に、障壁を破って、敵艦を沈められればいいのだが」
航空戦艦『敷島』は面舵を切り、向かってくる敵戦艦『アルパガス』に艦首を向けた。
草鹿参謀長が口を開く。
「近くの艦に、全力攻撃を命じます。巡洋艦、駆逐艦、魚雷などがあれば、それを全て投入しても敵艦の進撃を阻止します」
「うむ」
山本の了承を得て、第一艦隊残存巡洋艦、駆逐艦や、連合艦隊旗艦に追従してきた特殊巡洋艦が動き出す。
「『敷島』をやらせるな!」
敵戦艦との一騎打ちに応えるように進路を変えた連合艦隊旗艦を見て、各艦の艦長以下、乗員たちは慌てる。
臆病者には容赦ない彼らだが、自ら死地に飛び込む司令長官には、それを止めてお救いせねばと命懸けになる。何とも矛盾した行動と思考だが、人間とはそういうものである。
第二十七戦隊『球磨』『多摩』『阿武隈』は、魚雷の代わりに対艦誘導弾発射基を装備した特殊巡洋艦だ。これらは、敵旗艦に対して大型対艦誘導弾を放ち、『アルパガス』へと攻撃を集中。
第一、第三水雷戦隊の残存駆逐艦も、高速で敵戦艦を追いつつ、次発装填を終えた誘導魚雷を次々に放った。
もちろん、戦艦群も、それ以外の敵は見えていないとばかりに、旗艦が衝突する前に敵を沈めようと躍起になる。
しかし、『アルパガス』の防御障壁は、いまだ破れずにいた。
「神明君」
山本が、神明を呼んだ。透明戦艦騒動で呼ばれた神明は、それ以外では基本オブザーバーなので、話しかけられなければ意見を言わないのだ。
「どう思う? あの新型戦艦の障壁。これまで通り、数打ちゃ、そのうち破壊できると思うかね?」
「おそらく」
神明としても、敵新型戦艦の詳細なデータがあるわけではないので断定はできない。
「異様に硬いのは、投入できるエネルギー量が多いからでしょう。おそらく新しい光弾砲を撃つにも、相応のエネルギーが必要となると思われます。その分を、防御に回せられるなら、通常の数倍の強度があっても不思議ではありません」
「で、あるならば、ここまで同様、撃ち続けるしかないというわけだな」
ふむ、と山本は腕を組んだ。
「至近距離で46センチ砲を撃ち込むまでには、障壁が破壊できればいいのだが……」
「強度が目で見えればいいのですが……」
神明は言った。
「ただ、全方位からの攻撃は、エネルギーの分散を狙えるので削りには有効です」
この『敷島』の元となった『プロトボロス』では、防御障壁の範囲を操作できる新式となっていた。
艦全体を覆うのではなく、必要と思われる範囲に限定することでエネルギーの無駄を抑えるのだが、『プロトボロス』より後の戦艦と思われる『アルパガス』には、同様の障壁を搭載していると思われる。
だから、あらゆる方向から攻撃することは、敵にとって必要のない範囲をカットさせてロスを抑える手が使えなくなることを意味する。つまり、エネルギー切れによる障壁破壊も早まるということだ。
「あるいは、いっそ、ぶつかりに行くのもありかもしれません」
「何だって?」
山本が聞き返した。神明は答える。
「どうしても破れなかった場合の話です。『敷島』と敵戦艦で正面から高速で激突するのです」
かなり無茶な話に聞こえた。山本も、あまり動じない草鹿でさえ目を剥く。
「障壁を展開するもの同士がぶつかれば、維持に必要なエネルギーも大幅に削ることができます。あるいはそれで破る可能性もあります。もちろん、そんなことをすれば船同士が衝突して大破するわけですが……。この『敷島』はそうなる前に転移離脱できますから」
転移連絡網を利用する転移装置。第一艦隊の『土佐』以下第三戦隊も、損傷が大きく戦線離脱をしたが、その気になれば『敷島』もまた、後方の転移地点、あるいは転移巡洋艦のそばに一瞬で退避が可能だ。
しかし、敵戦艦はそうはいかない。障壁が崩壊し、そこに『敷島』がいなくなれば、残る日本海軍艦艇から激しい攻撃に見舞われるだろう。
樋端が無表情で言った。
「ではそれまで、敵に一切攻撃させないようにしないといけませんね」
ぶつかりに行くにしろ、敵に一瞬でも砲撃の隙を与えれば、敵光弾砲は、『敷島』に致命傷を負わせるだろう。
隙を突かれないように絶えず、攻撃し続けなくていけない。作戦は定まった。
・ ・ ・
戦艦『アルパガス』は、向かってくる日本艦隊の旗艦と思われる元プロトボロス――『敷島』に、正面から突き進んでいた。
「決闘のつもりなのか」
ヴォルク・テシス大将は呟いた。
「この世界にも、堂々たる戦いを望む武人がいたか」
「度胸試し、チキンレースというんですか。己が勇気を試すため、正面から突っ込んで、回避したら負けというゲームがあるそうです。そのつもりなのではないでしょうか?」
テルモン参謀長が眉をひそめた。
「あるいは、ぶつかる前に味方が、こちらの障壁を破壊するの期待しているのかも。それまでに距離を詰めておこうという策かもしれませんが」
「こちらが攻撃しない限り、障壁は何とか保つ。ギリギリで回避してやってもよい。こちらがあの旗艦に貼り付けられれば、周りの日本艦も撃てなくなる」
わざわざ近づいてきてくれるならば、望むところだ。一度、懐に飛び込めれば、後はこちらが撃ち放題である。