第三三二話、虎穴に入らずんば虎児を得ず
試作戦艦『アルパガス』を除く異世界帝国太平洋艦隊主力は、アメリカ第三艦隊、日本軍第二艦隊に追尾されていたが、ここにきて、第二艦隊第二戦隊が現れ、挟撃された。
第一艦隊の播磨型の次に強力な砲撃力を持つ戦艦『大和』『武蔵』が46センチ三連装砲を振り向け、1.4トンの巨弾を放つ。
狙われた異世界帝国の主力戦艦オリクト級は、魔力誘導で収束された46センチ砲弾の連打を食らって、防御障壁を砕かれた。
その威力の高さに、オリクト級戦艦艦長が驚愕し、転舵を命じるが、障壁消失から三十数秒後に飛来した砲弾が直撃。その力で海に押し込もうとするかのような衝撃と共に装甲を砕かれ、爆発した。
『大和』の砲弾3発に叩きつけられたオリクト級戦艦は、艦体をへし折られ、引き裂かれた。そのまま海水が流れ込み、底に引き込まれるように艦首と艦尾を上げて、沈んでいった。
ただの二斉射――障壁を破砕された一斉射で、主力戦艦は轟沈した。その40秒後。『武蔵』に狙われ、速度が落ちかけていたオリクト級が、艦首を断頭台の一撃の如く分断された。9発のうち命中は2発だったが、艦首を失ったオリクト級戦艦は、完全に足が止まり、沈みつつあった。
第二戦隊が参加して5分と経たず、戦艦2隻がやられ、さらに2隻が『美濃』『和泉』の41センチ砲弾の雨によって防御障壁を剥ぎ取られた。
日本海軍戦艦部隊の中で、最高命中率を誇る第二戦隊4隻は、たちまち、異世界帝国太平洋艦隊の主力戦艦群を追い込んだ。
米戦艦と第二艦隊に追い立てられ、障壁をほどよく消耗していた異世界人たちにとって、状況は見る間に悪化した。
もっとも、この時、戦艦を砲撃していたのは、大和ら二戦隊の他は、米第三艦隊の『ニュージャージー』『インディアナ』『バーモント』の3隻のみになっていた。
遮蔽装置を解除せざるを得なかった『アルパガス』が姿を現したことで、『敷島』以下、第二艦隊の戦艦群が、そちらを砲撃していたからだ。
だが、第二艦隊の追撃自体は続行していた。栗田中将指揮の第十戦隊――雲仙型大型巡洋艦4隻と、伊吹型、妙高型の巡洋艦に第二水雷戦隊が、米巡洋艦群と共に、太平洋艦隊主力へ突撃を行っていたのだ。
雲仙型大巡の30.5センチ連装砲が、異世界帝国巡洋艦へ砲弾を送り込み、『伊吹』ら重巡洋艦の突入を支援する。
夜戦突撃部隊であり、ここまで温存していた第二艦隊の精鋭、第二水雷戦隊は誘導魚雷を投下。強力な破壊力を秘めた酸素魚雷を敵艦に次々に当てて、海底に叩き込んだ。
その間も、第二戦隊の砲撃は、異世界帝国戦艦を穿ち、破壊していった。『大和』『武蔵』の46センチは、第一艦隊の砲撃ですでに傷ついていたオリクト級にトドメを刺したのだ。
事ここに至り、異世界帝国太平洋艦隊主力は、壊滅するのである。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国太平洋艦隊旗艦『アルパガス』は、連合艦隊旗艦『敷島』の46センチ砲、第四、第五戦隊の41センチ砲、第七戦隊の35.6センチ砲の集中射撃を受けていた。
敵中に単艦で孤立している。防御障壁により、まだ大きなダメージを受けていないものの、切り抜けられる可能性は絶望的な状況である。
「この世界には、『死中に活を求める』という言葉があるそうだ」
ヴォルク・テシス大将は言った。
絶望的な状況でも、生き延びる手段を探す、あるいは、危険な状況を打開するために、敢えて危険な道を行くことを意味する。
「通信参謀、プネヴマ艦隊に指令。作戦リーブラ、発令」
「はっ!」
通信参謀が通信室へ移動する中、テルモン参謀長ら、参謀たちの表情は沈んだ。これはいよいよ艦隊の進退が窮まった状況に発動される作戦だったからだ。
「さて、我々ももう少しあがこうではないか」
テシスの目は、いまだ戦意に溢れていた。
「エフスラ艦長、障壁展開のまま、敵艦に肉薄せよ。目標は――」
戦艦『アルパガス』を砲撃している戦艦の中で、最大かつ、異様な大型戦艦。砲を艦首に持ちながら、艦中央から艦尾まで飛行甲板を持つ航空戦艦。
「敵旗艦だ」
日本艦の艤装をしていても隠しきれない、ムンドゥス帝国の航空戦艦、『プロトボロス』、その改装艦。
・ ・ ・
その変化は、すぐさま連合艦隊旗艦『敷島』でも見てとれた。
「敵戦艦、変針! 艦首を本艦に向けつつあり!」
見張り員の報告に、連合艦隊司令部はざわめく。
「もしや、熱線砲を使ってくるつもりなのか……!?」
渡辺戦務参謀が息を呑んだ。
異世界帝国戦艦が装備する必殺兵器。防御障壁で防げるが、それがなければ一撃で戦艦をも粉砕する。
「落ち着け」
草鹿参謀長は泰然と言った。
「敵は先ほどから防御に集中し、反撃してきていない。おそらく障壁にエネルギーを集中させているためだ。その状態では、敵も熱線砲を使えない」
威力と引き換えに、艦内のエネルギーを集める必要がある熱線砲。これを撃つには、防御障壁を展開する余裕はない。
「仮に熱線砲なら、防御障壁がなくなったところを集中砲火だ」
防御がなくなれば、いかに新型戦艦といえど、日本海軍10隻の戦艦の集中砲撃には耐えられない。
もし発砲を許したとしても、一発ならば『敷島』の障壁は耐える。つまり、敵が熱線砲を使うなら、それは自らの首を絞めるだけに終わるのだ。
「あの新型――」
樋端航空参謀が、神明を見た。
「もしかして熱線砲も、障壁を貫通してくるなんてことは、ないですよね?」
さらっと恐ろしいことを樋端が言った。
新型戦艦『アルパガス』の特殊な主砲は、防御障壁を抜ける。その技術を用いて、熱線砲もまた新型砲の可能性はないか?
「さあな、そんなもの、連中が使ってみるまでわからない」
神明はそっけなかった。わからないことは素直にわからないのだ。
「だが草鹿参謀長の仰る通り、ここで障壁を解除するのは単なる自爆だ。ここにきて、あの指揮官が、自棄になるとは思えない」
「では――」
「最悪を想定するなら、あの艦が、この『敷島』に接舷できるほど肉薄することだ」
「!?」
司令部参謀たちが目を見開く。神明は続けた。
「仮にあの戦艦が『敷島』より足が速い場合、こちらに追いつき、くっついてきたら――他の艦艇は、『敷島』への流れ弾、被弾を恐れて攻撃できなくなる」
そうして防御障壁のエネルギーの消耗を回復させつつ、『敷島』の至近から例の貫通主砲を使ってくる手もある。
「……司令部を、他艦へ避難させるか?」
下手をすれば、連合艦隊旗艦は、撃沈される可能性がある……。




