第三二九話、烈風 対 遮蔽兵器
試製烈風が、航空戦艦『敷島』を飛び立った。
第二機動艦隊は、ハワイ方面へと後退する異世界帝国主力艦隊を追っている。さらに米艦隊も、それに加わっていた。
オアフ島の制圧のためにも、敵艦隊が残っているのは厄介この上ない。敵に打撃は与えたものの、固まればもう一矢報いてくるだけの戦力はあるように見えた。
しかし、日本海軍側は、第二機動艦隊の前衛である第一艦隊に大きな損害を出し、決して楽観できる状況ではない。
この原因を作り出した敵の透明戦艦が、まだ海域をうろつき、次の獲物を仕留めるべく配置につこうとしているのだ。
連合艦隊旗艦『敷島』。連合艦隊司令長官、山本五十六は、低空を飛ぶ須賀大尉の試製烈風を目で追う。
「果たして、見えない敵艦を発見することはできるのか」
「早いところ、見つけてもらわないと困ったことになりますが……」
渡辺戦務参謀が首を傾けた。今もどこにいるかわからない透明の刺客。次の瞬間にも光が走って、攻撃を受けるかもしれない。
「しかし、大丈夫ですかねぇ。須賀大尉は、初めて烈風に乗るんでしょ?」
「大尉の腕は信用できますよ」
樋端航空参謀はボソリと言った。
「数少ない開戦時からの空母戦闘機乗りですから」
開戦時、世界最高峰の実力を持った搭乗員たちがいた第一航空艦隊こと、南雲機動部隊。第一次トラック沖海戦で、空母航空隊は全滅に等しいダメージを被った。その時戦い、そして生き残った搭乗員は、もはや絶滅危惧種並に希少だった。
「……腕前のほうはともかく」
渡辺は眉をひそめる。
「目視も電探でも探れない敵を、見つけられるんですかね」
「適当に飛んでいるだけでは、難しいでしょう」
神明が、飛行甲板から艦橋へ上がってきた。山本が「おう、ご苦労」と労い、樋端が言った。
「難しいですか」
「須賀は、能力はあるが、別に索敵の魔法が使えるわけではないからな」
神明は海図台へと移動した。
「現在、『敷島』以下、第二艦隊は、敵艦隊を追尾している。普通に考えれば、敵はこの辺りに移動して、『敷島』を狙える位置につこうとするだろう」
地図を指し示し、透明艦の予想進路をなぞる。草鹿参謀長が隣に立った。
「狙ってくるか。『敷島』を」
「おそらく。追跡する戦艦群の中で、一番の大物がこの『敷島』です。第一艦隊の時も、敵はまず旗艦から排除にかかった。しかし――」
神明は、そこで艦隊の後方に指を動かした。
「角田中将の第四艦隊が、本艦隊の後方についてきてしまっています」
空母群にも関わらず、闘将角田は、第一艦隊の仇とばかりに前線へ殴り込もうとしている。連合艦隊旗艦として、本来は後方に置くとされていた『敷島』が、前に出られるのも、護衛すべき空母群が突出する勢いに押されているから、でもあるが。
「これが予想をややこしくさせました。透明戦艦は、角田中将の空母群を狙う可能性があります」
「この『敷島』を差し置いて?」
「透明戦艦にとっても航空隊は厄介ですし、何より戦艦を相手にするより楽です」
神明は淡々と告げた。
「それに、もしここで空母群が攻撃されることになれば、『敷島』以下第二艦隊は、敵艦隊への追跡が鈍ります。むしろ引き返して、空母群を救わねばならなくなる」
「うむ。それは確かに、敵にとっては『敷島』より、空母群を狙う理由になるな」
草鹿は頷いた。角田の戦意は買うが、それが逆に敵に付けいる隙になっているのではないか。連合艦隊司令部に緊張が走る。
そこで樋端が、何を考えているかわからない顔で、唐突に話を変えてきた。
「聞きたいのですが、何故、須賀大尉だったのです?」
索敵の能力を持っているわけでもない。試製烈風に何か特別な索敵装備があるわけでもない。
それは今聞くことか、と草鹿は樋端を睨むが、神明は少し考え、答えた。
「あいつは、勘がいいからだ」
・ ・ ・
試製烈風は、何とも素直な戦闘機だった。
操縦桿からの反応もよく、何より零戦に乗っていた時のように軽い。格闘至上主義者もニッコリの挙動のよさである。
出撃前に渡された簡易マニュアルに記されていた資料によれば、正式量産型には、誉とはまた別の発動機を載せる計画があり、そちらならば最高時速700キロを超えるとされていた。
頼もしいことであるが、そちらのバージョンの烈風に乗ることがあるのか、須賀にはわからなかった。
――注目されているな。
透明戦艦の炙り出しに烈風が飛ぶと、艦隊に通知されたのか、須賀はコクピットにいながら周囲の目を感じていた。何ともむず痒い。
事前に神明から、教えられたコースに沿って低空飛行する。もしその近くに、透明戦艦がいるなら、対空砲か、人魂型戦闘機が襲ってくるという。
とちらも姿が見えないというのが厄介だ。攻撃された時は、やられた時なのではないかと須賀は思った。
つまりは手遅れ。その時には機体ごとお陀仏だ。
ちら、と須賀は振り返る。最近はずっと複座機ばかりに乗っているので、そこにいつもいるはずの相棒がいないというのは、どこか寂しくもあった。
最初に一式水上戦闘攻撃機に乗った時は、戦闘機は単座だろうと思っていたのが懐かしくもあった。人間、慣れる生き物とはよく言ったものだ。
「……」
須賀は口元を引き締めた。何だか先ほどより強い何かを感じた。自分の心臓の音が耳に聞こえてきたというか、プレッシャーを感じているというか。
「……」
ラダーペダルを軽く踏み込む。緩やかに機首を振る。背中にチリチリしたものを感じた。それは瞬時に強くなり――
須賀は操縦桿を腕相撲で相手をねじ伏せるが如く倒した。グンと急旋回をする烈風。一瞬、光が瞬いたように見えたが、それは刹那。
低速格闘戦で抜群の性能を誇る零戦。その後継に相応しい旋回を終えた時、烈風の前に、光――遮蔽に隠れていた人魂がそこにあった。
――こっちを見失ったか? 遅いんだよ!
烈風の主翼の20ミリ光弾砲四門が、光を放った。スウー、と消えかけた人魂に光弾がまっすぐ吸い込まれ、次の瞬間、爆発した。




