第三二八話、須賀と烈風
久しぶりに顔を合わせるたびに、新しい機体に乗せられている気がする。
須賀 義二郎大尉は、突然『大和』にやってきた第一機動艦隊参謀長の神明少将に呼ばれ、気づけば連合艦隊旗艦『敷島』に移動させられていた。
「姿の見えない敵艦がいる」
神明は言った。
「仕組みはともかく、敵も遮蔽装置を使っているということだ。第一艦隊の戦艦部隊が、これ一隻にやられた」
「敵は一隻だけですか?」
須賀の質問に、神明はわずかに足を止めて、じっと見返してきた。
「その指摘は貴様が初めてだな」
「いい質問でしたか?」
「さあな。だが貴様の質問に答えるなら、一隻だろう、と推測される」
「根拠は?」
「複数隻がいたなら、とっくに日米主力艦隊は全滅している」
第一艦隊の戦艦部隊の被害でも甚大だが、単艦だからこの程度で済んでいる――と、神明は指摘した。
「ここまでやって、一切なにもしていない艦がいる、というのは、砲撃できないトラブルでもない限り、あり得ないことだ。貴様や私を所属艦から移動させる余裕を与えるほど、時間をかける意味がないからな。迅速に、対応できないうちにケリをつけるのが、最上の策だ」
神明はそう言った。
「ともあれ、貴様が炙り出すのは、その一隻だ。戦艦に打撃を与えるだけの武装を複数積んでいることからして、隠れているのは戦艦だろう」
「的は大きそうだ」
「戦艦だから、対空砲も装備している。おそらく光弾砲もな。注意しろ」
注意して避けられるものか、と須賀は首を傾げた。光を避けろ、しかも相手は見えない。かなり無茶を言っているのではないだろうか。
「そして貴様が注意するのは、敵艦の周りを警戒している人魂型戦闘機にもだ。こいつは姿を消して、目標の艦の周りをうろついている。並の搭乗員ならば、気づいた時に撃たれている」
「それは厄介ですね……」
遮蔽装置で姿を隠している敵機というのもゾッとする。見えないのだから、後ろにつかれても気づけない。
「貴様の能力と、練達の腕で何とかしろ」
「何とか、ですか」
期待されているのだろうが、何とも押しつけられた感もする須賀である。
「魔力とかで探知できないですかね?」
相棒の正木妙子がいて、後座にいてくれれば、確認できる目が増えるから、探すのは便利なのだが。
「魔力索敵が通用する相手なら、貴様を呼ぶまでもなく、決着がついている」
「ですよね」
旗艦『敷島』にしろ、第一艦隊の精鋭戦艦の砲手には、妙子の姉の初子のような能力者であり、また魔力索敵が使える者も少なくない。それらがいて、敵が掴めないということは……そういうことなのだろう。
「自分、『敷島』は初めてなんですが――」
艦中央から後部まで広がる飛行甲板に出る。洋上だけあり、『敷島』の甲板は高速航行中もあって風が強かった。
「艦橋さえ見なければ、普通に空母みたいですね」
「そうだな」
神明は素っ気ない。雑談には乗ってくれなかった。用意されている戦闘機のもとへ二人は歩く。
「試製烈風艦上戦闘攻撃機――」
神明はそれを見上げた。
「貴様が今回、乗る機体だ。……よかったな。まだ乗ったことがなかっただろう?」
「新型に乗せられるのは慣れました」
魔技研にいる間に、とは言わなくてもわかるだろうから黙っていた。例によって、ぶっつけ本番である。
「見たところ、零戦よりほんのちょっと大きいくらいですね」
米海軍のF6Fヘルキャット、F4Uコルセアを間近に見てきた身としては、一回り小さく見える。パッと身は零戦とさほど変わらない。
「一七試艦戦の計画要求書を見たことがありますが、あの時は戦闘攻撃機ではなかったような……」
十七試艦上戦闘機計画要求書を、軍令部で拝読したことがある須賀である。零戦の後継機に対して、パイロット側の要望はないかと参考意見のために呼ばれたのだ。それが反映されたのかは知らないが、十七試は、この烈風として完成したのだ。
誉エンジン、空冷2000馬力。カタログスペック上では、最高時速689キロを発揮する。
「艦爆と艦攻が統合されて、流星になったからな。戦闘機にも艦爆程度の攻撃力を。……海軍としては零戦の後継のみならず、九九式戦爆の後継も兼ねさせるつもりなのだろう」
「なるほど」
海軍は、あらゆる空母の戦闘機を、この烈風一機種に絞るつもりだったのかもしれない。今は米軍からのレンドリースがあるけれども。
「操縦系が若干異なるが、機体の感覚として、貴様が乗ってきた一式水上戦闘攻撃機をより、軽く、小さくして、戦闘機としての能力を向上させた、と思ってくれていい」
その一式水戦は、戦闘機としてはやや大型。速度は670キロは出たから、須賀としては、烈風の速度に驚きはしたとしても肝を潰すほどではない。
――確かに、一式水戦より、零戦のコクピットに近いな。
機体に乗り込み、早速、発艦準備に取り掛かる。零戦の後継機、製造元が同じ三菱ということもあり、零戦のそれに近い。少し懐かしさを感じる。開戦時は蒼龍戦闘機隊で零戦を乗り回したのだ。
――そして、あの頃にはなかった誘導弾やロケット弾を装備、っと。
操縦席から、主翼に懸架された対艦兵装を覗き込む。もっとも流星艦攻が装備する大型弾ではなく、せいぜい駆逐艦や巡洋艦に打撃を与える程度のものだが。
「神明さん。相手は戦艦クラスなんでしょ? これって通用するんですか?」
「何も烈風で、敵艦を沈めろとはいわん」
神明は下から見上げてくる。
「遮蔽に隠れているこの敵は、防御障壁は使っていない。甲板でも艦上構造物でも何でもいいから打ち込んで、火を起こせ。それが友軍からの目印になる」
つまり、須賀の役割は、敵艦に火を灯すということだ。
「何で防御障壁がないってわかるんです?」
「防御障壁は魔力で感知できる」
「……使っていれば、場所がわかっていた、ってことですね。すいません、つまらないことを聞きました」
愚問というものだった。須賀は周りを見る。機付きの整備員たちが、それぞれ確認を終えて、いよいよ出撃の時が来る。誉エンジンの回りは快調そうだった。
「須賀」
「何です?」
神明が後ろ、いや、『敷島』の艦橋を親指で指した。あそこからこちらを見ているのは山本長官以下、連合艦隊司令部の方々か。
「この戦いの命運は、貴様にかかっていると言っても、過言ではない」
「過言ですよ」
「貴様の感覚を信じろ。……幸運を」
頷く須賀。神明は敬礼して機体から離れた。須賀は、連合艦隊司令部が見ているだろう艦橋に敬礼をし、試製烈風を発艦位置へと移動させた。
・試製烈風艦上戦闘攻撃機
乗員:1名
全長:9.38メートル
全幅:12.22メートル
自重:1930キログラム
発動機:中島『誉』二二型、空冷2000馬力
速度:689キロメートル
航続距離:1960キロメートル
武装:20ミリ光弾砲×4 ロケット弾×6もしくは、小型誘導弾×4
その他:一七試艦上戦闘機として設計された戦闘機。当初は零戦の後継機として開発されていたが、魔技研の技術を投入し、戦闘爆撃機としても運用できるようになった。高速性能と格闘戦能力の両立のため、魔力で主翼の形状が変更される可変翼を採用。高速時は小さく、低・中速度では主翼を大型化することで高い運動性を発揮した。武装は20ミリ機銃と光弾砲の混成が予定されたが、対地・対艦掃射能力を高めるため、光弾砲4門を主翼に装備した(可変翼と光弾砲の装備の影響で、陸軍の新鋭戦闘機に見られる主翼にマ式エンジンを載せる形式は採られなかった)。防御面では魔法防弾の他、戦闘機用の低硬度防御壁を展開可能。




