第三二六話、透明戦艦アルパガス
形勢が不利になりつつある。
ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将は、状況をそう見た。
試作戦艦『アルパガス』は、今も透明の魔法効果『遮蔽』により、姿を消したまま、戦場を単独行動していた。
「ハワイ諸島のデコイ飛行場に航空隊を割り振っていたと思ったが、日本軍もやるものだ」
テシス大将は相好を崩す。
オアフ島以外の七島に設置した偽装飛行場は、それなりの規模を演出した。駐機しているように見せているハリボテの数を見れば、日米空母群も相応の数を投入しなければ制圧できないと判断するはずだった。
そう、艦隊決戦の場に、戦力を振り向ける余裕はないはずだったのだ。だが現実には、複数空母の航空隊とおぼじき日本機編隊が現れ、こちらの戦艦群に痛打を与えた。
飛行場が囮だと見抜かれ、ある程度戦力を残したと見るべきだろう。見事だ。おかげで、艦隊決戦における圧倒的優勢を保った勝利はなくなった。
だが、まだやりようはある。
「我々は、このまま戦場に留まる」
『アルパガス』を除く全艦に、集結命令を出し、残存艦を離脱させるように動かす。日米軍は、自軍優勢を確信し、追撃にかかるだろう。彼らの注意が離脱する艦隊に向いている間に、『アルパガス』が単独行動し、敵を刈り取っていく。これしかない。
「戦艦群に指令。離脱しつつ、敵艦隊に対して砲撃を続行せよ。……当たらずともよい。派手に敵の注意を引け」
敵の目がよそに向けば向くほど、こちらの仕事はやりやすくなる。
「エフスラ艦長。まずは、手負いの日本艦隊を狙おう。取り舵だ。敵の正面を横切り、側面に回り込む」
消えている『アルパガス』を仕留めようと、砲弾を撃ちまくり、しかし空振りに終わった第一艦隊戦艦群。今は、完全に『アルパガス』の所在がわからず、退避するムンドゥス艦隊へ砲を向けている。
「新手の日本艦隊は、よろしいのですか?」
アルパガス艦長のエフスラ大佐が問う。
「物事に順序というものがある。遮蔽する我らを実際に見ている者からダメージを与えていこう」
遮蔽に守られ、戦艦『アルパガス』は第一艦隊戦艦群へと近づく。丁寧にそれまで第一艦隊の左舷側にいたのを艦首を横切って、右舷側へと移動する。
その際、後退する太平洋艦隊の巡洋艦、駆逐艦を追って、日本軍の水雷戦隊と損傷の少ない巡洋艦が追尾しているのを見た。
戦闘前と比べると、洋上の日本軍の艦も減っているようで、自軍艦隊もよく戦ったと、テシスは思う。
「長官、敵戦艦群は射程内にあります。どれからやりますか?」
エフスラ艦長が聞いてきた。日本軍戦艦群は、ハリマ級戦艦を先頭に、六隻が続く。
「むろん、先頭の大型戦艦を狙え」
もっとも強力な砲を持つ戦艦である。あれのラッキーヒットで、オリクト級戦艦を轟沈させれてはたまらない。
――しかし……。
内心、テシスは違和感をおぼえる。『アルパガス』は、遮蔽に隠れて、ハリマ級以後の敵戦艦4隻を中心に攻撃した。そのうち旗艦と思われるトサ級戦艦を大破、脱落させたのだが……そのトサ級の姿が見当たらない。
――私の見ていない間に沈んだのか……?
戦艦が爆発すれば、見逃さないと思うのだが、事実、数が合わない。当初、日本軍戦艦は10隻がいて、旗艦と思われるハリマ級を1隻撃沈した。そして今、打撃を与えたキイ級――『尾張』が、隊列から外れ、やや離れた場所にいる。
残りは8隻のはずだが、先にも言った通り、7隻しか見当たらない。
――まあいい。
テシスは意識を、正面の敵に向けた。
「食らいつけ!」
・ ・ ・
弾着観測機は、異世界帝国艦隊を追い、前進していた。
だから『アルパガス』が消えたまま、ルクス三連砲を発砲した時の光を、航空機の搭乗員たちは誰ひとり見ていなかった。
戦艦『遠江』の艦橋見張り員が、それに気づいた時、光弾三連が10、艦体と艦橋を含めた艦上構造物を貫き、吹き飛ばした。
防御障壁を展開していても三連のうちの一発が突き刺さるようになっている攻撃である。障壁の場合、三連がそのまま艦に直撃するわけで、対46センチ砲装甲をかなり削り、非防御区画をズタズタに破壊した。
艦橋への直撃、司令塔を倒し、マストと煙突さえ破砕して、『遠江』艦上は爆発の後、煙に覆われた。
後続――『土佐』が大破につき、転移で戦線を離脱したため、第三戦隊の旗艦を引き継いだ『天城』では、『遠江』に何が起きたのかわからなかった。
潜伏する『アルパガス』が、それまでいた左ではなく、右に移動した結果、『遠江』の陰に隠れる形になり、発砲の光が後続艦から見えなかったのだ。
その『遠江』がどう見ても、やられているので問い合わせようにもマストも吹っ飛び、通信も途絶えていて確認しようがない。
そしてその貴重な時間の間に、『アルパガス』は、『遠江』が遮っていた『天城』への射線を確保し、照準を終えていた。
・ ・ ・
敗走する異世界帝国太平洋艦隊を追跡しつつあった航空戦艦『敷島』以下、第二艦隊水上打撃部隊。
連合艦隊司令長官の山本五十六大将の耳に、信じがたい報告が飛び込んだ。
「なに、第一戦隊に引き続き、第三戦隊も壊滅だと!?」
旗艦『播磨』の喪失に続き、僚艦『遠江』大破、現在洋上を漂っている状態。先に離脱した『土佐』に続き、艦橋と艦体に十数発の光弾を受けた『天城』も大破、沈没しかけたところを緊急転移で戦線離脱をした。
「戦艦『紀伊』、艦首、第一、第二砲搭を喪失。艦体より浸水も確認され、転移離脱。『尾張』もそれに続き、現在、第一艦隊で残存している戦艦は、第四戦隊の4隻のみです」
中島情報参謀は沈痛な顔で言った。
「第四戦隊からの報告によれば、敵は遮蔽に類する透明化状態で潜伏。目視はもちろん、電探、魔力式測定装置でも発見できません。さらに新式の光弾砲を装備しており、防御障壁を貫通してくるとのこと」
「障壁を貫通!?」
渡辺戦務参謀が目を見開いた。中島は頷いた。
「現在、第四戦隊は障壁を展開して被害を抑えているものの、反撃もできず、被害が拡大しつつあるとのこと。とても追撃どころではないようです」
防御障壁がなければ、致命傷を受けるかもしれないから、攻撃ができないという。しかしその障壁も貫通されているわけで、時間が経つほど、追い詰められていく。
「航空機から確認できないのか?」
樋端航空参謀が聞く。いくら姿を消しているとはいえ、海上を見れば航跡が確認できるのではないか? 上空からなら波を割って進んでいるのも一目瞭然だろうと。
「それが、観測機を回したようですが、それらは確認できなかった上、不用意に近づくと人魂のようなものが現れて、観測機を撃墜してしまうようです……」
「人魂……?」
渡辺は顔を引き攣らせた。この期に及んで、幽霊とでもいうのか?
「こういうのは、魔技研の専門でしょうかね?」
「魔法と幽霊、人魂は違うのではないか?」
山本は嘆息した。どうにも不可思議なことが起きているが、わかっているのは第一艦隊が壊滅的被害を受け、いままさに第四戦隊が窮地に立たされているということだ。このまま第四戦隊がやられれば、次はおそらくこの『敷島』や第二艦隊に向かってくるだろう。
何とかしなくてはいけない。だが、空からの観測も封じられ、敵の発光を頼りに攻撃するのも、今のところ空振りに終わっているという。
誰ならこの状況を理解し、打破できるだろうか? そう考え、山本は一人思い浮かんだ。
「安ベェもたまにはいいことを言う」
「たまに……!?」
渡辺が苦笑する中、山本は中島を見た。
「神明君を呼んでくれ」




