第三二四話、激闘海域
第一艦隊は苦境に陥っていた。
異世界帝国主力艦隊との交戦で、旗艦である『播磨』が爆沈。指揮官、南雲忠一中将は戦死した。
次席指揮官の乗る第三戦隊旗艦の『土佐』も、姿を隠すテシス大将の新鋭戦艦のルクス三連砲によって、大破に追い込まれ、敵主力戦艦7隻の砲撃は、残る三戦隊と、第四戦隊の7隻の戦艦と互角の砲撃戦を繰り広げている。
一時的に制空権を奪われ、弾着観測機が使えなかったこと。相次ぐ指揮官の喪失により混乱が見られたのも、劣勢の一因となっていた。
さらに、異世界帝国側の巡洋艦、駆逐艦部隊が、戦艦同士の砲撃戦の間を縫って、接近しつつあった。
異世界帝国軍は、重巡洋艦10、軽巡洋艦10、駆逐艦30。対する日本海軍第一艦隊は、重巡洋艦8、軽巡洋艦5、駆逐艦20。数では劣勢だ。
その不利を補うべく、第十二、第十三戦隊の重巡洋艦7隻が、先制攻撃を仕掛けた。
米重巡改装の吾妻級重巡、異世界帝国重巡改装の笠置型重巡が、四連装対艦誘導弾発射管から、対艦誘導弾を放ったのだ。
異世界帝国側重巡は高角砲と対空砲を動員して、誘導弾の迎撃を行うが、すべてを撃墜することはできず、被弾、損傷した。
だが脱落した敵重巡は3隻。残る7隻中5隻は、ダメージを負いつつもさらに進み、砲撃戦に移った。
日本側も負けじと反撃。『吾妻』『六甲』『蔵王』『磐梯』が55口径20.3センチ三連装砲三基九門、『阿蘇』『笠置』『身延』が同主砲四基十二門、そして最後に『最上』が55口径20.3センチ連装砲四基八門を発砲する。
連射速度の向上した速射砲で武装する日本重巡部隊は、敵重巡洋艦をよく押し留めた。しかし異世界帝国側の主力重巡洋艦であるプラクス級は、戦艦じみたシルエットを持ち、対20.3センチ砲防御が施された堅牢な艦である。その防御性能は、米新鋭重巡のボルティモア級に匹敵する。
その頑強さで、日本重巡の砲撃を引きつけている間隙をつくように、敵軽巡、そして駆逐艦が向かってくる。
これに対抗するのが米オハマ級改装の高瀬型軽巡『高瀬』『渡良瀬』『浦野』と、第一、第三水雷戦隊である。
高瀬型は、改修軽巡のスタンダードである15.2センチ連装速射砲四基八門を搭載し、自動砲として強化された速射力で、突撃する敵水雷戦隊を阻む砲撃軽巡だ。
しかし敵主力軽巡のメテオーラⅡ型も、15センチ連装砲四基八門の主砲を持つ。連射力に劣る分、投射量は減るが、一発当たりの火力にさほど差はない。そしてそれが10隻ともなると、速射力だけではカバーは難しい。
また、さらに突進してくるのが駆逐艦である。それら高速で向かってくる敵水雷戦隊に対して、一水戦、三水戦の駆逐艦群は砲撃をしつつ、誘導魚雷を発射。数の差を埋めるべく惜しみなく雷撃を行った。
だが、魚雷の到達より前に、互いに砲撃が突き刺さり、双方が被弾しつつ、なお相手を打ち負かそうと撃ち続けた。
これら巡洋艦、水雷戦隊同士がぶつかる間、主力の戦艦群の戦闘も厳しさを増していたが、ここで第一機動艦隊より発艦した攻撃隊が戦場に到達した。
・ ・ ・
話は少し戻って、小沢治三郎中将が指揮する第一機動艦隊。
日米、そして異世界帝国の水上打撃部隊同士が、間もなく決戦となる中、航空部隊は、新たに出現したハワイ各島の航空基地の攻撃を命じられた。
オアフ島を攻略する上陸部隊を守り、艦隊へのさらなる攻撃を阻止し、制空権を確保するためだ。
小沢と参謀長の神明は、それら敵基地は偽物、航空攻撃を誘う囮だと看破したが、日米艦隊司令部は、敵飛行場を危険と判断したのである。
結果として、第一機動艦隊、第二機動艦隊、潜水遊撃部隊、米残存空母群は、それぞれオアフ島を除く七つに攻撃隊を派遣することになり、艦隊決戦にその戦力を振り向けるのが難しくなっていた。
が――
「囮とわかっている以上、馬鹿正直に攻撃機を出すことはないでしょう」
第一機動艦隊旗艦『伊勢』。神明参謀長は具申した。
「基地攻撃には戦闘機を出し、艦攻隊は、敵主力艦隊へ差し向けます」
敵艦隊には、すでに空母はなく、戦闘機の護衛は少数でも事足りるだろう。直掩機をつけるのは、姿を消している装備なり術を使っている敵の中に、若干の空母がいた場合を想定してだ。
敵の司令長官は切り札を隠し持っているのがお好きなようなので、用心は必要だった。
青木航空参謀が眉をひそめた。
「飛行場攻撃なのに、戦闘機だけで大丈夫ですか?」
「どうせ近づけば、張りぼてだとわかる」
本格的な飛行場であるなら、とうに攻撃隊を出して、攻撃に加わっていたはずだ。にも関わらず、航空機――ダミーだろうが、それをご丁寧に並べているのは、日米側に潜在的な危機感を抱かせ、引きつけるためである。
「如何にも基地らしく見せるために、少数の戦闘機が配備されている可能性があるから、それだけは注意が必要だろう」
問題は、敵主力艦隊に差し向ける攻撃隊である。この時はまだ、敵水上打撃部隊は姿を消しており、その所在がわかっていない。
日米戦艦群と決戦を挑むものと想定されているものの、実は一目散に逃げているかもしれず、また何か目標に対して機動している恐れもあるとされていた。
「ある程度の賭けにはなるだろう」
小沢は参謀たちを見回した。
「艦隊戦が始まってから出す手もあるが、もし姿を現したタイミングが、友軍への奇襲だった場合、艦隊が致命的損害を受けてしまうかもしれぬ」
これまで日本軍は遮蔽装置を用いた奇襲を何度も成功させてきた。姿を見せた時が、敵にとって致命傷というのは、これまでを見れば想像がつく。
「会敵タイミングを図りつつ、敵がゆっくりと艦隊を進めて、隙を窺うようなことがあれば、あまり早く出しても空振りになる可能性もある。少し余裕を見て出すべきだろう」
かくて、第一機動艦隊の9隻の空母のうち、『祥鳳』『白鷹』を除く7隻からまず、飛行場攻撃に戦闘機63機が発艦。続いて戦闘機27機、攻撃機126機が、敵主力艦隊へ向かって飛び立った。
なおこの時は、まだ第一艦隊と敵主力艦隊の交戦前で、まだ敵の姿も確認されていない状況だった。
直掩を省いても、まだ戦闘機や攻撃機に余裕はあったが、これらは敵艦隊を発見した際に、改めて出すこととし、待機させた。
・ ・ ・
そして時系列は戻り、艦隊同士がぶつかる中、第一艦隊旗艦『播磨』が撃沈された後、第一機動艦隊から発艦していた攻撃隊が戦場に辿り着いたのである。
攻撃隊指揮官を務める一航戦『紅鶴』艦攻隊、垂井明少佐は、流星艦上攻撃機から、戦場を見下ろし、顔をしかめた。
「『播磨』がやられたのか! なんてこった!」
第一艦隊の戦艦と砲撃を繰り返している敵主力戦艦――オリクト級7隻と、その後方で我関せずといった様子のウラヴォス級戦艦4隻を見下ろし、そして気づく。後ろの4隻が熱線砲のエネルギーチャージを行っている、と。
「それで『播磨』をやったんだな! 指揮官機より攻撃隊各機へ! 後ろに隠れている乙型4隻を攻撃する!」
『大鶴』『紅鶴』『翠鷹』『蒼鷹』攻撃隊で戦艦1隻ずつを撃沈。『翔鶴』『瑞鶴』『飛隼』隊は、残りの攻撃目標が明確になるまで一度待機。
垂井少佐の指示を受けて、流星艦攻は攻撃位置へと移動する。紅鶴隊ら4隊は、それぞれ18機前後。ウラヴォス級戦艦も、一斉に攻撃を食らえば、ひとたまりもないだろう。それどころか少々過剰かもしれない。
だが熱線砲を撃たせないために、確実に仕留める!
復仇に燃える流星艦攻隊は、流星群さながら、敵戦艦へ突撃した。