第三〇三話、前衛海氷空母
「対空戦闘、よーい!」
連合艦隊旗艦『敷島』に命令が響き渡る。
連合艦隊司令長官、山本五十六は、第二機動艦隊攻撃隊が、敵主力艦隊の空母を全て海の底に叩き込んだという知らせを受けた。
「ひとまず、予定通りに進んだということか」
「敵の巨大海氷空母さえなければ、これで空母は全滅だったのですが」
樋端航空参謀が僅かに顔をしかめた。草鹿参謀長が発言する。
「海氷空母以外の、空母の全滅は確実だろうか?」
日米650機、敵戦闘機200から300機が乱舞した航空戦である。混沌の戦場での戦果確認について、誤認はなかったか不安になったのだ。
「遮蔽装置付きの彩雲が、攻撃隊に随伴し、観測していましたから確実です」
樋端は事務的に答えた。姿を消し、戦場を見張っていた彩雲が、各空母から最低1機は出ていた。監視の目が足りないということはなかっただろう。
「それよりも、海氷群から飛来する航空機の迎撃――これを切り抜けなければ、敵空母撃滅の効果も薄れます」
「……2000機とはな」
数波に分かれているとはいえ、手持ちの戦闘機では、充分とはいえない戦力差がある。各個撃破といきたいところだが、戦闘機部隊の弾薬や燃料も無限ではないから、補給のタイミングを図るなど、すでに厳しい戦いになると予想されている。
「まず接触するのが、先頭を行くB群か」
草鹿は海図台を見下ろす。観測された敵航空機群は、アルファベットで呼称されている。本来なら、甲、乙、丙などと付けるところだが、米海軍との共同戦線であり、双方で呼び方が違うのは混乱のもとなので、敵の呼び方については先方に合わせている。
渡辺戦務参謀は細目になった。
「A群はアメリカさんとぶつかりますな。続くC群以降は、果たしてどちらに向かってくるやら」
「予想針路から考えれば、A、D、Fがアメリカ。B、C、E、Gが我が方でしょう」
樋端はそっけなかった。配置の都合上、第二機動艦隊が受け持ちになりそうな敵の数が多い。全体のおおよそ半分と少し多めが、日本艦隊に殺到してくるだろう。
「直掩機、発艦。制空隊、敵攻撃隊に対し、迎撃位置へ」
航空管制で誘導された戦闘機隊が、異世界帝国機へと向かっていく。
「敵攻撃隊B群、約300。前衛警戒線に侵入――」
この時、日本海軍第二機動艦隊は、以下のような配置を形成していた。
●前衛群
・戦艦
第一戦隊:「播磨」「遠江」
第三戦隊:「土佐」「天城」「紀伊」「尾張」
第四戦隊:「長門」「陸奥」「薩摩」「飛騨」
・空母
第二航空戦隊 :「大鳳」「黒龍」「鎧龍」「嵐龍」
甲型海氷戦隊甲:「海豹1」「海豹2」「海豹3」
甲型海氷戦隊乙:「海豹4」「海豹5」「海豹6」
・巡洋艦
第十二戦隊(重巡洋艦) :「吾妻」「六甲」「蔵王」「磐梯」
第二十一戦隊(防空巡洋艦):「鶴見」「馬淵」「石狩」「十勝」
第二十六戦隊(軽巡洋艦) :「高瀬」「渡良瀬」「浦野」
第一水雷戦隊:(軽巡洋艦)「阿賀野」
第六駆逐隊 :「響」「雷」「電」
第二十一駆逐隊:「初霜」「若葉」
第二十四駆逐隊:「海風」「五月雨」「山風」
第二十七駆逐隊:「時雨」「夕立」
第二防空戦隊:(軽巡洋艦)「能代」
第三十五駆逐隊:「大風」「南風」
第三十六駆逐隊:「早風」「冬風」
第四十二駆逐隊:「竹」「梅」「桃」
第四十三駆逐隊:「桑」「桐」
●後衛群
・戦艦
連合艦隊旗艦:「敷島」
第五戦隊:「肥前」「周防」
・空母
第四航空戦隊:「飛龍」「雲龍」
第六航空戦隊:「瑞鷹」「海鷹」
第十航空戦隊:「飛鷹」「隼鷹」「龍鳳」
・巡洋艦
第十三戦隊(重巡洋艦) :「阿蘇」「笠置」「身延」「最上」
第二十二戦隊(防空巡洋艦):「木戸」「岩見」「真野」
第二十七戦隊(特殊巡洋艦):「球磨」「多摩」「阿武隈」
第三十五戦隊(防空巡洋艦):「天龍」「龍田」
第三水雷戦隊:(軽巡洋艦)「揖斐」
第十一駆逐隊 :「朝霜」「秋霜」「早霜」「清霜」
第十五駆逐隊 :「初秋」「早春」
第十九駆逐隊 :「霜風」「朝東風」
第四十四駆逐隊:「樫」「榧」
前衛に戦艦10隻を配置。装甲空母4隻の他、I素材で作られた海氷空母6隻を、3隻ずつ、二個戦隊に分け、こちらも計10隻が配備されている。
甲、乙、丙の三種類の海氷空母が、ハワイ作戦のために作られたが、第二機動艦隊に配備された甲型海氷空母は、全長300メートルと、大鶴型空母を除けば、日本海軍空母として最大級の大きさがある。
しかし、実際のところは見た目だけで、艦載機は防空戦用の無人戦闘機部隊を、飛行甲板に並べられる分しか搭載できず、格納庫すらない。唯一まともにあるのが、自走が可能な機関関係と操舵系、そしてコア制御の自動対空機銃のみである。
そう、完全な囮――被害担当艦として用意された見た目だけ空母が、甲型海氷空母だった。
前衛群は、敵航空攻撃から、装甲の弱い通常型空母を守るための部隊であった。
従来、戦艦や巡洋艦を前衛として配置するやり方を日本海軍は採用していた。だが航空戦の観点からすれば、空母のいない艦隊など後回しにされ、前衛として壁にもなれないのは明らかだった。
日本海軍の航空指揮官たちも、一に空母撃滅、それ以外は二の次としていたから、こんな単純なことに最初から気づけなかったことに軽く衝撃を受けていた。
それ故、囮空母(海氷空母)を前衛に置いて、空母機動部隊としての見た目を整えた。敵攻撃隊も、前衛群を素通りはしないだろう。正規空母と比較しても大きな甲型海氷空母が6隻もあるのだから。
そして、異世界帝国攻撃隊先鋒――航空隊B群が、前衛群の視界に入った。
・甲型海氷空母:『海豹』
基準排水量:4万5000トン
全長:300メートル
全幅:35.0メートル
出力:12万馬力
速力:26.7ノット
兵装:20ミリ連装機銃×20、対潜短魚雷投下機×2
航空兵装:カタパルト×3 艦載機40(露天飛行甲板)
姉妹艦:海氷1~6
その他:異世界氷、I素材から作り出された空母。全長300メートルと巨体を誇り、外観は空母の艤装をしているものの、航空機用格納庫はなく、空母としては張りぼて。飛行甲板上に艦載機を搭載し、最低限の運用は可能だが、補給能力も低く、ほぼ使い捨て。甲型の役割は、艦隊前衛として、敵航空機の攻撃を吸引する被害担当艦。機関のみまともで、他の海氷空母と異なり自力航行は可能。




