第二九九話、先手を取る日米軍
『前方警戒艦より入電。レーダーに敵航空機群を捕捉。第一群、およそ400。続いて第二群およそ250』
ムンドゥス帝国太平洋艦隊、主力である前衛艦隊旗艦『アルパガス』に、前方警戒に進出した潜水型駆逐艦からの通報が届いた。
「アメリカ、そして日本軍が、攻撃隊を出してきた」
ヴォルク・テシス大将は笑みを浮かべた。
「400と250か。さてさて、これがファイタースイープを狙った戦闘機隊か、果たして攻撃機を含んだ戦爆連合か……」
「直掩機を出します」
テルモン参謀長の進言に、テシスは頷いた。
「どちらにせよ、我々がやることは何も変わらない。敵が攻撃隊を差し向けた。では、こちらも攻撃隊を出そう。通信参謀、各攻撃隊に打電。ショックウェーブ、発動」
「承知しました――」
通信参謀が下がろうとした時、司令塔に通信兵が駆け込んできた。
「長官! 後衛空母群より緊急電です! 敵航空機の奇襲攻撃を受けました!」
「……!」
「何だと!?」
グレガー作戦参謀が驚く。いざ航空隊を出そうと思った矢先の、出鼻をくじかれた報告である。
テルモンは、長官席に座るテシスを見た。
「例の、見えない航空隊でしょうか?」
「おそらくな」
テシスは、口元に笑みを浮かべた。
「オアフ島の施設にトドメを刺すかと思ったが、些か早かったな。こうも早く艦隊攻撃に加わるとは……」
何とも思い切りがよい。中途半端はいけないが、あるいは想定より見えない空母の数が多かったのかもしれない。オアフ島と艦隊同時に攻撃できるだけの特殊空母を敵が保有していたのか。
――困るなぁ、そういう数字を引っかき回すようなことをされると。
しかしテシスは笑みを浮かべたままだった。何故なら――
「問題ない。この被害は、想定通りだ」
「まさしく」
テルモンもまた冷静に頷いた。
「長官の仰る通りになりました」
「うむ、戦いはここからだ」
ヴォルク・テシスの瞳は高ぶり、獲物に餓えた肉食の獣のようだった。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国太平洋艦隊、後衛空母群は、航空隊の発艦直前に、日本軍機の襲撃を後方より受けた。
現れたのは、テシス大将の読み通り、オアフ島基地を奇襲した山口多聞中将指揮の潜水遊撃部隊攻撃隊だ。
話を少し戻し、オアフ島の飛行場、レーダー施設、アヴラタワーを攻撃した山口機動部隊。飛行場とレーダー施設を叩けたものの、アヴラタワーの破壊は果たされなかった。
しかし山口は、当初の予定通り、オアフ島基地航空兵力に対する一撃を与えたのち、艦載機を収容すると西進し、敵主力艦隊に対する攻撃隊発艦地点へ転移を行った。
その転移先にいて、中継点となったのは、浦賀型転移巡洋艦四番艦の『釣島』である。
移動の時間と距離をショートカットした山口機動部隊は、敵太平洋艦隊後衛空母群に向かって、弾薬、燃料補充を済ませた攻撃隊を発艦させた。
パイロットには比較的短い時間を置いての連戦となるが、ハワイを巡る決戦である。多少の無理も作戦に組み込まれており、搭乗員たちも予め通達してあるから、不満はなかった。……愚痴は出たが。
基地施設だけでなく、艦隊相手にも一番槍をつけるとあって、搭乗員たちはむしろ意気に感じ、任務に向かった。
投入された機体は、375機。第一次攻撃隊の時より数が26機少ないのは、先の戦闘での被弾により修理が必要なものや、機体不調の機を除外したからだ。
オアフ島攻撃は、敵の意外に厚い警戒と対空砲火により、奇襲にもかかわらず、被害も少なくなかったのだ。
だが、それでも攻撃隊員たちは意気軒昂だった。
遮蔽装置による隠密接近で、偵察機からの報告のあった地点につけば、そこには異世界帝国の空母群がいた。
空母『海龍』攻撃隊指揮官、内田少佐はただちに攻撃を命じた。
「目標、敵空母! 飛行甲板を叩け!」
奇襲攻撃隊の任務は、制空権争いの原因である敵航空戦力を封殺すること。一に戦闘不能、二の撃沈はそのおまけだ。
各飛行隊に目標を指示し、いよいよ遮蔽を解除。各攻撃隊は突撃を開始した。
異世界帝国後衛空母群は、アルクトス級高速中型空母3隻に、鹵獲した米空母『サラトガ』『グレートブリッジ』、日本空母『黒鷹』『紅鷹』ほか、小型空母『インディペンデンス』、グラウクス級軽空母8隻の16隻が主力だった。
これに、ヴラフォス級戦艦5隻、プラクス級重巡洋艦5隻、メテオーラ級軽巡洋艦10隻、駆逐艦31隻が護衛についている。
九九式戦闘爆撃機が、空母の甲板を叩き、二式艦攻隊が、さらなるダメージを与えていく。
先陣を切ったのは七航戦の攻撃隊だ。潜水型空母戦隊の古参にして、ベテランである精鋭部隊はしかし、攻撃機は半分以上が、コア制御の無人機となっていた。
だがその攻撃は正確無比。瞬く間に正規空母7隻を無力化すると、離脱際に、付近の戦艦や巡洋艦にもお裾分けとばかりにロケット弾を打ち込んで、艦上構造物にダメージを与えた。
続いて突入した八航戦攻撃隊は、洋上で大破停止した空母から、まだ健在な戦闘艦艇への攻撃に切り替え、一撃離脱を仕掛ける。
小型空母8隻も血祭りに上げられ、後衛空母群は、その航空戦力を失った。七、八航戦攻撃隊は、奇襲を成し遂げると、遮蔽装置を展開して、追撃を阻み、風のように去って行った。
異世界帝国艦隊は、鹵獲した大型空母の『サラトガ』や、最低限の修理で『ただ浮かせていただけ』の『黒鷹』『紅鷹』ほか、正規空母級を一気に喪失した。
山口機動部隊は、作戦に定められた敵主力艦隊の航空戦力の撃滅に成功。オアフ島の航空基地無力化にも貢献し、その役目を果たした。
そして、主力空母群を失った異世界帝国太平洋艦隊に、アメリカ第三艦隊と第二機動艦隊から飛び立った攻撃隊が迫る。
前衛を務める戦艦群につく小型空母は6隻。これが異世界帝国艦隊の残存する航空戦力だが、それだけで合計約650機の大編隊を阻止できるとは到底思えなかった。
……観測機である彩雲偵察機からその報告を受けた連合艦隊司令部や、米第三艦隊は、敵太平洋艦隊に大打撃を与えられると思った。
しかし、ムンドゥス帝国太平洋艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将は命じた。
『攻撃隊、発艦せよ!』




