第二九六話、アヴラタワーを巡る攻防
「潜水遊撃部隊攻撃隊より、発信。『飛行場ならびにレーダー施設の破壊に成功せり。されど、アヴラタワーは、障壁により無傷』以上!」
その通信は、ハワイ近海を進む各日本機動艦隊に届いた。
第一機動艦隊、旗艦『伊勢』。小沢治三郎中将は、参謀長である神明龍造少将を見た。
「予感は的中したな。敵さんも、こちらが意図的にアヴラタワーを狙ってくると想定していたか」
「すでにセイロン島で、準備していましたからね」
特大アヴラタワーの建造現場で、障壁発生器が組み込まれていたのを確認している。異世界人が弱点だと自覚しているなら、可能な限りの防御対策を講じるのは自然だ。
「オアフ島の異世界人の活動を抑えられないのは残念ですが、飛行場とレーダー施設を叩けたのは上出来です」
「ただ、これからは飛行場以外の場所からの航空隊に備えねばならん」
小沢は、マーシャル諸島で第二機動艦隊がやられた複数方向からの連続攻撃に、警戒感を露わにする。
ハワイの飛行場を全て潰しても、無数に漂う海氷に小規模でも発着場があれば、制空権の確保とは言い切れない。
偵察隊も事前に確認に務めたが、海氷群の数は四十を超えており、しかも日々、形や大きさにも変化があって、それまで航空機を置くのは無理だろうと思われた海氷も、いつの間にか航空機を何機か待機できそうな大きさになっていたりしていた。
「重爆を封殺できただけでも、良しとしましょう」
神明は言った。いくら海氷と言っても、垂直離着陸できる小型機ならともかく、滑走路を必要とする重爆撃機となると、海氷を飛行場規模の大きさにしないと無理だ。現在のところ、重爆が運用できる規模の海氷は確認されていないから、オアフ島航空基地を叩いた意味はあった。
「米艦隊が一方的に重爆に狙われる可能性は、なくなると思いたいですね」
光線兵器を積んだ重爆撃機が飛来した場合、日本艦隊はともかく、米艦隊には防ぐ手立てがない。
「思いたい、か。……まだ重爆が飛んでくる可能性がある、と?」
「我々も、応急で大型機を運用できる海氷飛行場を用意しましたから。元々I素材に関しては、異世界人の技術ですし」
「そうだな。当然、敵さんもその使い方はわかっているだろう」
小沢は頷いた。
「しかし、ハワイを無力化できていないのは面倒だ。早々に敵艦隊一本に目標を絞りたいところだが」
「レーダー施設は叩きました。後は第一航空艦隊が、オアフ島への攻撃を引き継ぎます」
陸上攻撃機部隊は遮蔽装置を積んでいないが、レーダーによる目を失ったオアフ島の異世界帝国施設や戦力を攻撃を担当する。そのためのジョンストン島不沈空母作戦である。
「願わくば、例の攻撃が上手くいくことを願っているよ」
防御障壁を抜いて、アヴラタワーを破壊することを。小沢は口元を歪めた。
・ ・ ・
夜が明けて、ジョンストン島航空基地は、転移によって移動してきた多数の一式陸上攻撃機を収容し、出撃に備えていた。
そこへ、オアフ島を攻撃した潜水遊撃部隊攻撃隊からの通信が入る。アヴラタワーが防御障壁によって健在である、ということも。
第一航空艦隊司令長官、福留繁中将は、障壁対応型の一式陸攻を中心に第一次攻撃隊を編成し、ハワイ攻撃へ向けて発進させた。
「まずは、アヴラタワーを叩いて、オアフ島の異世界軍の頭を潰すのだ!」
異世界人の活動に必要なタワーを破壊することは、その周辺の敵の行動を麻痺させる。いわば総司令部を潰すに匹敵する効果がある。
第一航空艦隊の一式陸上攻撃機が、I素材で増強されたジョンストン島飛行場から、次々と飛び立つ。
異世界氷で整えられた長大な滑走路は、陸攻搭乗員たちに凍った湖から発進するような気分にさせた。
攻撃隊第一陣、76機が発進。一路オアフ島へ進撃する。およそ1500キロ離れた目標までの飛行となる。帰りは転移離脱装置で一瞬だが、攻撃対象に到達するまで数時間、飛行場は空っぽになる。
が、第一航空艦隊は、次の攻撃準備に移る。第一陣は放った。では第二陣を準備するのだ。
ジョンストン島飛行場に、転移により、さらに別の陸上攻撃機隊が到着する。基地の整備員たちは、第二陣となる航空隊に燃料補給と出撃に備えての機体の確認作業を行う。
その間、搭乗員たちはオアフ島の攻撃対象に対する情報と作戦についての共有、確認をする。それが終われば、出撃までの待機休憩だ。
ジョンストン島仮司令部。福留中将は、三和参謀長と打ち合わせをしていた。
「第一次攻撃隊は、オアフ島手前で、前衛海氷飛行場の直掩戦闘機隊と合流します」
三和は地図を指し示した。
「潜水遊撃部隊が飛行場を叩きましたが、異世界人が活動している以上、復旧作業を進めているでしょうから、敵残存機が、攻撃隊を妨害してくるかもしれません」
「敵は飛行場だけではないからな」
福留は腕を組んだ。
「敵は電探による目を潰されたが、目視の警戒は強めているだろう。陸攻隊を発見し、これら隠していた戦闘機を出してくるかもしれん」
「オアフ島の飛行場外の戦闘機が向かってくるなら、少なくとも、敵太平洋艦隊と連合艦隊の決戦に差し向ける戦力を減らすことはできます」
「そうだ。我々の攻撃隊は、艦隊決戦を優位に運ぶために必要不可欠だ」
福留は頷いた。
「アヴラタワーを叩ければ、敵は艦隊しか頼るものがなくなる。我々は、敵の艦隊と基地航空隊を切り離すのだ!」
・ ・ ・
ムンドゥス帝国太平洋艦隊旗艦『アルパガス』。ヴォルク・テシス大将は、オアフ島の各飛行場が叩かれたという報告を耳にした。
「ほう、敵の潜伏航空隊は、艦隊ではなく、オアフ島の戦力から切り崩しにきたか」
日本海軍はまず制空権の確保を行ってくる。姿の見えない航空隊を使って、こちらの航空戦力を奇襲しようとするのだ。艦隊ならば空母、基地ならば飛行場。
テシス大将は、日本軍の襲撃で、先手を取られるだろうことは想定済みであった。
「オアフ島の被害は?」
「情報センターがやられたので、情報の錯綜が見られますが――」
情報参謀がメモを読み上げる。
「航空基地ならびにレーダー基地がやられました。アヴラタワーも攻撃を受けましたが、障壁の作動により、こちらは被害ありません」
おおっ、と参謀たちから声が上がる。テルモン参謀長が口を開いた。
「アヴラタワーが無事ならば、予定どおり、被害に対する復旧作業も行えるな。オアフ島はまだ戦える」
「……当然、敵はこのアヴラタワーへ攻撃を仕掛けてくるだろう」
テシスは告げる。
「ハワイを占領するにあたり、タワーの破壊による我が守備隊の無力化は、奴らの目論むところだ」
「しかし、障壁がある以上、敵もタワーへの攻撃は不可能と諦めるのでは?」
「それほど諦めがよい敵ならばよいのだがな。障壁といえど、無限に耐えられるものではないことは、同じく障壁を使う彼らにはわかっているだろう。ありったけの火力でアヴラタワーの破壊を目指すはずだ」
その分、他へ向けるはずだった火力をタワー破壊に集中しなくてはならなくなるが……。それ自体は日本軍の話なので、ムンドゥス帝国側には関係はない。
テシスは、グレガー作戦参謀を見た。
「オアフ島のレーダーが使えないならば、海氷群に仕込んだレーダーを起動させろ。次の襲撃に備えつつ、我々は、日米合同艦隊を迎え撃つとしよう」




