第二九二話、ジョンストン島、再び
ハワイから西へ1500キロメートルほどの位置にある小島、ジョンストン島。二カ月前、異世界帝国軍の重爆撃機用飛行場と飛行艇関連施設があったのだが、日本海軍の奇襲攻撃で、施設は破壊された。
以後、異世界帝国軍は、マーシャル諸島を制圧した日本軍が東進した時の警戒線として、哨戒基地を設置。飛行場は再建しなかった。再建したとしても、大した戦力も置けず、日本軍が艦隊を差し向けたらたちまち制圧されるだろうと思われたからだ。
そんなハワイへの監視ポイントだったジョンストン島は、再び日本軍の攻撃を受けることになる。
1月23日、深夜。
マーシャル諸島ウォッゼから飛び立った二式大艇8機が長駆ジョンストン島に飛来した。
川西航空機が作り上げた二式飛行艇――二式大型飛行艇、通称、二式大艇は、三菱火星発動機二二型を四基搭載した飛行艇である。
全長28メートル、全幅38メートルの巨体は、当然ながら双発機である一式陸上攻撃機よりも一回りも大きい。だがその性能は、世界最高峰のものを持つ傑作機である。
2トンの爆弾搭載量を誇る二式大艇は、暗視眼鏡とマ式探知機を利用して、夜間、ジョンストン島の上空に侵入すると、島にある粗末なレーダー施設と兵舎を吹き飛ばした。
二式大艇隊が爆撃した直後、海中に潜んでいた艦が次々に浮上した。
○設営工作部隊
第三十二戦隊:「早池峰」「古鷹」「加古」
第六十一戦隊:「浦賀」「志発」
第八十七駆逐隊:「柏」「黄菊」「初菊」「茜」
第八十八駆逐隊:「白菊」「千草」「若草」「夏草」
大型巡洋艦『早池峰』を旗艦とする設営工作部隊は、ただちにジョンストン島の占領行動を開始した。
重巡洋艦『古鷹』『加古』の砲が島を狙う中、『早池峰』から海軍陸戦隊が大発動艇に乗って突撃。爆撃で施設が破壊されたジョンストン島に上陸を果たした。
ジョンストン島、そしてサンド島に異世界人とその戦闘兵器はなく、全滅を確認。島は瞬く間に占領された。
「長官、上陸部隊より、掃討完了の報告です」
早池峰艦長、八代 彦政大佐が、通信長のよこした報告を見せれば、第一航空艦隊司令長官である福留 繁中将は、小さく頷いた。
「うむ、まずは第一弾が成功したな」
かつての軍令部第一部長だった彼は、この度、臨時編成された第一航空艦隊の司令長官に任命された。
空母機動部隊につけられた名称の第一航空艦隊ではあるが、今回のそれは基地航空部隊である。
「では、設営隊を島へ上陸させろ。I素材による不沈空母作戦、発動だ!」
・ ・ ・
元々は、南方方面や中部太平洋の島に散らばる基地航空隊を、上手くまとめて運用しようというところ始まった。
敵空母群が襲撃してこようとも、反撃しこれを撃滅できる強力な戦力にする、という目的で、軍令部第一部作戦課航空部員である源田 実中佐が、考案したものが下地となっている。
要するに、搭乗員不足と言ったところで、空母搭乗員の訓練には時間がかかるし、一式陸上攻撃機などの陸上機も非効率的に分散されているので、効率よく運用しようということだ。
が、やはり人員不足の壁があって、基地航空隊の統合、整理は遅々として進まなかった。使えるパイロットは、母艦航空隊に送られる。
風向きが変わったのは、セイロン島占領で入手した航空機コアの活用と、アメリカからの戦闘機のレンドリースだった。おざなりになっていた基地航空隊の増強が可能になったのだ。
だが本格運用を前に、源田は、第一機動艦隊参謀長である神明に、航空艦隊運用の相談に向かった。異世界人の航空機コアの解析と運用研究は、神明の立ち会いのもと魔技研が行ったため、助言をもらおうと思ったのだ。
そして航空艦隊に関する話をしたところ、神明は言った。
「基地航空隊か……。使えるな」
神明は、計画中のハワイ作戦は、制空権の確保と航空戦力が鍵だと言った。攻略の際、敵には陸上飛行場があるが、日米側にはそれがない。日米合わせて30隻以上の空母を運用する大作戦にも関わらず、神明は不安を抱いていた。
「こちらも基地航空隊を使えばいいのだ」
第一機動艦隊参謀長は、源田にI素材と呼ばれる異世界氷を使った囮艦案などを見せた。それを踏まえた上で、地図を広げ、ハワイ海域を指した。
「ジョンストン島、ここに基地航空隊を配置する。ハワイからおよそ1500キロ。一式陸上攻撃機でも充分届く」
「神明さん、それは無理です」
源田は説明する。偵察装備ならば一式陸上攻撃機は約5800キロ近くの航続距離がある。しかし爆撃仕様ならば一一型で約2200キロ程度。行きはともかく、帰りの燃料が持たず、片道出撃になってしまう。
「そこで攻撃機には、転移離脱装置二型を装備させる。攻撃したら、転移離脱で基地に戻ればよい」
航空機を指定された場所へ転移させる魔法装備。帰還困難時や、海面状況次第で着水できない水上機などを、機体ごと帰還させる手段として作られた。
特に現在、遮蔽装置搭載機は、敵にその機密を知られないように、全機に転移離脱装置が積まれている。
しかしそれ以外となると、まだ海軍全体には配備されていない。そもそも、現在、どこにいても九頭島へ飛ばされるので、遭難や故障など、背に腹はかえられない時以外は、他の航空隊では微妙に使い勝手が悪かったのである。
「この二型は、転移登録場所を二カ所まで指定できるものだ。たとえばジョンストン島に転移口を設置し、そこに指定しておけば、ハワイに行って爆撃さえできれば、後は燃料残量など関係なく、転移離脱でジョンストン島に戻れるという寸法だ」
「あなたは天才か!」
片道で届けば、搭乗員を見殺しにすることなく戻して、反復攻撃も可能。行き帰りの、帰りの分が省ければ、パイロットの疲労もある程度緩和できる。
これは航空隊の運用も大きく変わる大発明だ。源田は驚嘆するが、神明は続けた。
「そしてI素材だ。ジョンストン島、その環礁内は波も穏やかだ。ここに異世界海氷を敷き詰めるように展開すれば、広大な飛行場ができる。それこそ数百機を運用できる一大飛行場がな……」
「早速、検討しましょう!」
かくて興奮しながら軍令部に持ち帰った源田は、ハワイ作戦に向けて第一航空艦隊の計画案をまとめて、軍令部第一部内で提出。それが連合艦隊にも伝わり、ハワイ作戦に採用されたのだった。




