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第二九〇話、ハワイ海域哨戒飛行


 年が明け、1944年。ハワイ近海は、傍目には異常気象にも見える様相だった。


 かなり広い範囲に点在する氷の塊――海氷が漂っていた。小さなものは数メートル、大きな物だと百メートルを超える。


「……何とも奇妙なものだ」


 二式艦上攻撃機三二型に搭乗する小堺三郎中尉は、眼下に広がる海面を見下ろし呟いた。

 ハワイの海に海氷――さながら冬に流れ着く流氷のように無数の氷の塊が漂っている。


「年中、暑いのがハワイじゃないのか」

『何か言いましたか、中尉?』


 パイロットの大松一飛曹が尋ねた。小堺は視線を海面に向けながら言った。


「空の上は相変わらず普通に暑いのに、何で海面は寒そうなんだ?」

『ですね……。何か、靄が出てませんか?』

「氷が溶けている蒸気ってか? ……あの海氷を解析した参謀長様が言うには、熱じゃ溶けないって話だぞ」


 偵察に派遣された小堺は、上官からそう説明を受けている。


『でも、溶けてますよね?』

「そう見えるだろ? ところがどっこい、海氷が減ったようには見えない」

『むしろ、日を追うごとに増えているような……』


 事実、日々、増殖するかの如く、数が増え、そして大きさも増していた。偵察攻撃隊の小堺らは連日、ハワイ近海を偵察している。


「一週間前の写真と比べるとな。一目瞭然だ」


 毎日飛んでいると、微妙な変化に気づき難いが、三日くらい間をおけば、違和感を覚えるし、一週間ぶりに見ようものなら、明らかに増えたと気づけるだろう。


「つまりはそういうことなんだろう」


 異世界帝国は、ハワイの海に多数の海氷を浮かべているということだ。


『何故です?』

「さあな、俺が知るか。異世界人の考えることなんざ」


 日米連合艦隊によるハワイ作戦に備えて、敵は防備を固めているのだろう。

 大松が鼻をならす。


『海に氷をばらまいて、どう守りを固めるって言うんです? ハワイ周囲を氷で閉ざすんですかね』

「さすがにそこまでの量は連中だって作らんだろう。自分たちまで港に閉じ込めるつもりか」


 海図に位置を書き込み、続いて写真撮影。母艦である『大間』に戻ったら、分析班が、海氷の位置と大きさ比較とかいう間違い探しのような作業をやる。……その比較作業には、小堺も手伝わされる。


 特に上層部が気にしているのは、海氷で空母――つまり滑走路になりそうなものがないかということらしい。特にある程度大きくて上が平らなものは、艦載機の発進に使われるかもしれないから、特に注意せよと厳命されていた。後、人工物を見かけたら、要観察も命じられている。


 ――港を氷で閉ざしたら、むしろ滑走路に使えたりして。


 氷の厚さにもよるが、航空機の離発着に耐えられるかは別問題である。


「海氷を滑走路に……なんて、考えられるか?」


 小堺は呟いた。いくら何でも、そこで飛行機が飛び立てる氷の塊なんて、SF作家だって書かないのではないか。ジュール・ヴェルヌや押川春浪だって――


『中尉、左前方! 敵哨戒機!』


 大松が声を発した。パイロットがすぐに迂回機動を取らないところから、こちらが発見されたのではないと瞬時に判断した小堺は双眼鏡を取る。


 異世界帝国の双発機だ。大松の言うとおり、哨戒機だろう。海氷か、日本軍やアメリカ軍が偵察にきていないかの確認か。


 小堺らの乗る二式艦上攻撃機は、最初から遮蔽装置を搭載することを前提に作られた機体だ。完全遮蔽によって、レーダー、目視で外側からは見えないようになっている。


「自分たちの作った氷の様子を見に行かされるとか、あちらさんもご苦労なこった」


 見つからないのをいいことに、小堺は、敵哨戒機に敬礼する。


 昔、飛行機が戦争に使われるようになった時、偵察機同士が敵にも関わらず、敬礼などの挨拶を交わしてすれ違っていたという。まだ偵察機を撃墜してやろうという考えがなく、戦闘機もなかった時代の話だ。


 今だったら、戦闘機がすっ飛んできて、偵察機を撃ち落とす。初期の偵察機同士の優雅な挨拶も、偵察の重要性が認知されるようになると、即撃墜というような殺伐な世界となった。


 やがて、所定の周回を終えると、小堺機は、母艦へと帰投する。


 潜水型軽空母『大間』。異世界帝国のグラウクス級軽空母を鹵獲、潜水型に改装したもので、日本海軍では龍飛型と呼ばれている。


 基準排水量1万3000トン。全長198メートル、全幅32メートル。マ式機関10万馬力、最大速力29ノット。……この辺りの諸元は、元艦とほぼ変わっていない。機関については日本製に換装されているが。


 艦橋や装備、武装などは日本式に改められ、潜水機能、対潜魚雷発射管などが追加された。艦載機搭載数は、輸送に特化すれば30機はいけるが、龍飛型の任務――通商破壊空母としては、15機程度で充分であった。


『大間』は、龍飛型二番艦であり、現在三番艦である『潮瀬』と共に、ハワイ近海に配置されて、偵察任務を遂行中である。


 ちなみに、空母ではあるが、その命名は『岬』名が充てられている。海軍省も空母用の名前には困っているようで、今ではかなり創作も混じっているというが、ついに命名ルールも変えてきたということだ。


 一番艦の『龍飛』が、ハワイ南方のギルバート諸島周辺で、通商破壊と偵察活動を行っているが、『大間』の受け持ち海域は、敵輸送船は通らず、海氷と睨めっこの毎日である。


「上は暖か、下は冷たい――これ何だ」

『中尉、謎かけですか?』

「異世界人は、地球の環境も変えようとしているのかね」


 暑さを感じる空と違い、海面には海氷。さらにところどころ靄があって、北の凍える海を連想させる。だが実際には水温はこれまでと何も変わっていないようで、寒く見えるのはその見た目だけだった。


「溶けない氷ってなんだよ。これこそ新手の謎かけじゃないか」

『異世界人からの挑戦状ってやつですかね』


 大松は笑った。


『お前ら、この氷が何なのか、この謎を解けるかっていう』

「氷は溶けるもんだ。とけないなんて氷じゃないよ」

『はい? 何か言いましたか?』

「何でもない」


 うまいことを言おうとして失敗した。小堺は頭を振る。

 日米によるハワイ作戦が発動されるその日まで、通商破壊空母を中核とする偵察部隊が、ハワイ近海に目を光らせ、その変化を内地へ報告するのである。

・龍飛型軽空母:『大間』

基準排水量:1万3000トン

全長:198メートル

全幅:32メートル

出力:10万馬力

速力:29ノット

兵装:8センチ光弾砲×5 20ミリ機銃×12 対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:カタパルト×2 艦載機15機(最大30機)

姉妹艦:『龍飛』『潮瀬』

その他:異世界帝国のグラウクス級軽空母を、日本海軍が鹵獲し、潜水型軽空母に改修したもの。従来は、小規模艦隊の随伴、主力艦隊の援護などで活用されていたが、遮蔽装置付き偵察攻撃機を用いて、索敵、通商破壊を行う。潜水型艦艇や潜水艦と小部隊を編成し、行動するため、空母単位では単独で運用される。命名は、空母のものと異なり、岬の名前となっている。

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