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第二八九話、海氷空母?


 その日、軍令部第二部に、連合艦隊司令部から渡辺 安次戦務参謀、樋端 久利雄航空参謀がやってきた。


「黒島先任、お久しぶりです」


 渡辺が声を掛けると、軍令部第二部長である黒島亀人少将は、妙なものを見る目で一瞬、来訪者を見つめた後、口を開いた。


「お前たちか。渡辺は相変わらずだな。今日は樋端も一緒か。何の用だ?」


 先々月まで、連合艦隊司令部の同僚だった三人である。もっとも、陰気な黒島に遠慮なく声を掛けるのは山本長官と渡辺くらいのもので、他の参謀たちはいまいちとっつきにくさがあった。


「山本長官から、海氷空母案の進捗について確認してこいと言われまして。聞けば、黒島部長が今、研究なさっているそうで」

「海氷空母……? 流氷空母のことか?」

「たぶん、それです」

「何故、お前たちがそれを知っている。いや、山本長官もご存じなのか」


 黒島が眉をひそめれば、渡辺は自身の眉をピクピクと動かしてみせた。


「黒島部長はご存じかもしれませんが、ハワイ作戦で海氷だか流氷空母だかを使うという話になりまして。長官としては具体的にどんなものか見たいとのことで」

「何もできとりゃせんぞ」


 黒島は自分のデスクへと移動する。


「オレがその話を持ちかけられたのは、つい最近のことだ。適当な思いつきをメモった程度で、図面も構想もない」


 渡辺と樋端は顔を見合わせた。


「第一機動艦隊司令部のほうでは、もう大ざっぱながら形になっているような雰囲気でしたが……困りましたねぇ」

「無駄足でしたか」


 樋端が淡々と言った。黒島はムッとした。


「第一機動艦隊とは、神明だな? オレも奴から話を聞いたばかりで、これから検討するという段階だったんだ」

「――これは?」


 樋端が黒島のデスクからスケッチを取った。黒島は言った。


「I素材を使った潜水艇母艦のメモだ」

「……空母を作るはずだったのでは?」

「そういう話もあったがな。小型潜水艦用の潜水母艦案が浮かんだから、そちらを先に考えていたという話だ」

「なるほど」


 渡辺はニコリと愛想笑いを浮かべた。黒島は、関心事に没頭し、突き詰めてしまうタイプである。今は空母より、潜水艦に興味の比重があるのだろう。山本五十六長官は『空母案』に関心を示されている。これ以上は、黒島に付き合っても時間の無駄だと渡辺は察した。


「貴重なお時間をありがとうございました。……お仕事、頑張ってください。ではー」


 敬礼して渡辺と樋端は去った。



  ・  ・  ・



「――というわけで、遠回りさせられた気分です」


 渡辺戦務参謀が言えば、第一機動艦隊参謀長の神明少将は、微苦笑した。


「まあ、黒島さんの言うとおり、放り投げたのがつい先日だからな。あの人のことだから、図面のひとつも引いているかと思ったが」

「流氷に擬装した潜水母艦を考えていました」


 樋端航空参謀が、黒島の書いたスケッチを出した。それを受け取る神明だが、渡辺は樋端を見た。


「持ってきたの、それ?」


 樋端は肩をすくめただけだった。黒島のスケッチを見た神明は頷いた。


「さすが黒島さんだ。これ、使えるぞ」

「はい?」


 怪訝な顔になる渡辺である。神明は言った。


「最近、ハワイの周辺海域がどうなっているかは、知っているな?」

「偵察や、米海軍の情報から、例の海氷がハワイ周りでも漂い出しているとか」


 樋端が言えば、神明は頷いた。


「敵も、日米軍のハワイ侵攻が近いからと防衛の準備を進めているのだ。海氷の数が増えれば、その中に仕掛けをしてもわかりにくい。数にもよるが、こちらからの偵察では、その全てを確認するのは困難だろう」

「なるほど」


 樋端が気づいた。


「確認が難しいほど増えるなら、敵もまた同じ。海氷群の中にこちらの擬装潜水母艦を紛れ込ませることもできる、と」

「ハワイ近海に潜水艦部隊を展開させやすくなるし、もしかしたら、海氷に仕込まれた敵の仕掛けを発見できるかもしれない」

「神明参謀長は、敵の海氷を要警戒されていましたからね」


 わざわざサンプルを持ち帰るために前線に赴いたくらいである。感心する樋端に、何とも言えない表情になる渡辺は、話を変える。


「それで、肝心の海氷空母の件なのですが――」

「サンプルだったか? I素材なら九頭島で用意している。形だけでいいなら、すぐ作れるぞ」


 内地は相変わらず、工事、改修、再生でお忙しだが、セイロン島で接収したコロンボないしトリンコマリー軍港のドックに空きがあるはずだ。



  ・  ・  ・



「ほう、これはこれは……」


 それを見た山本五十六は、何とも言えない顔をした。参謀長の草鹿龍之介少将もまた首を傾けている。


「氷の塊、ですね……」

「異世界素材I。我々はI素材と呼んでいます」


 神明は、九頭島桟橋に引き入れた全長200メートル台の、大ざっぱに空母のシルエットっぽい形をした海氷を、山本ら連合艦隊司令部に披露した。


「一部が海水に浸かっていれば、全体も溶けない特殊な氷のようなもので形成されています」

「海水に浸かっていない部分も溶けないと?」


 草鹿が聞けば、神明は首肯した。


「ええ、まだまだ解析の余地がありそうですが、この一部でも海水に接していれば、大気に触れても溶けません。この特性を応用すれば、このような空母もどきの海氷を作ることができます。何より――」

「そもそも、敵が海氷空母なりを作るために製造した人工素材……そういうことだね?」

「はい、長官」


 山本の推測はおそらく正解だろう。異世界人は、I素材で何か海上に巨大構造物を作るつもりだと思う。


「形は、精巧にできるかね?」

「手を加えれば。上から塗装もできるようです。ちなみに、I素材を継ぎ足すことで、大きさも変えられます。今は軽空母サイズですが、正規空母くらいにもできます」

「船として機関を積んで自走させたり、空母として格納庫や飛行甲板を乗せることは?」

「……時間をかければ可能です。ただどこまでやるかにもよりますが、数が必要になるなら、ハワイ作戦に間に合わなく可能性もあります」

「その辺り、妥協も必要ということか」


 山本は納得した。


「草鹿君。連合艦隊司令部で、これも作戦に加えた修正案を出してくれたまえ。……神明君。第一機動艦隊の方でも作戦案を出してくれ。小沢君と話し合って、よりハワイ作戦の精度を高めていく」

「承知しました」


 海氷を用いた作成物が、作戦に組み込まれることが決まった瞬間だった。

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