第二六三話、飛行場なき航空隊
クェゼリン島へ第二機動艦隊甲部隊が攻撃をかけている頃、乙部隊は、ウォッゼ環礁に到着していた。
異世界人にとっての命綱、アヴラタワーを破壊し、飛行場も叩いたためか、ここまでまったく反撃はなかった。
そしてそれは、マロエラップ環礁に間もなく到着する丙部隊も同様だった。アヴラタワー喪失で、ここまで静かなものかと、日本海軍将兵たちは思うのである。
彩雲偵察機が、飛行場ほか環礁全体を周回して、地上に動きはないか目を光らせていたが、動いているものは確認できなかった。
第二機動艦隊乙部隊旗艦『大鳳』。角田中将は真顔で、島の様子を注視している。
「敵はよっぽど上手く隠れているのか、それとも本当に全滅してしまったのか」
「流氷もどきにも、特に敵が潜んでいませんでしたからね」
古村参謀長は口髭を撫でつける。
「何だか上手く行き過ぎて、落ち着きません」
「俺もだ。これが嵐の前の静けさというものなのか」
角田も古村も、異世界帝国との開戦から前線にいた。角田は航空戦隊司令官を複数回務め、古村は重巡『筑摩』、戦艦『薩摩』、『武蔵』の艦長として戦場をくぐり抜けてきた。そんな古参だからこそ、嫌な予感が拭えなかったのである。
「攻撃隊を出すか」
「敵はいませんが」
「新人たちに、流氷もどきを相手に無誘導での攻撃演習でもさせておけ」
角田は顎に手を当てる。
「もちろん、実弾だ。敵が現れても即時対応できるように」
「承知しました」
むろん、角田に何か確信があったわけではない。とにかく落ち着かなかった。
そして予感は最悪の形で的中する。
「長官! 後方の上陸船団から緊急電です! 敵艦載機、多数襲来! 被害甚大!」
駆け込んできた通信兵の報告に、『大鳳』の艦橋は騒然となった。
「敵艦載機だと!?」
「空母がいたのか!?」
古村が声を張り上げれば、通信兵へ背筋を伸ばした。
「わ、わかりません。突然、数十機の敵機が後方低空より現れ、気づいた時には投弾されていたと……」
「全艦、急速反転!」
角田の声が艦橋に轟いた。
「上陸船団の救援に向かう! 直掩機はただちに、船団へ急行せよーっ!」
指揮官の判断は早かった。上空を警戒していた零戦五三型が翼を翻し、空母の飛行甲板に待機していた戦闘機に、搭乗員たちが飛び込む。
「急行しつつ、戦闘機を緊急発艦! 警戒中の偵察機は敵空母を探せ!」
乙部隊は、ウォッゼ環礁の向けていた艦首を一斉に回頭させた。
・ ・ ・
潜んでいた者たちが牙を剥いた。
多数の小島が存在するマーシャル諸島。クェゼリン、ウォッゼ、マロエラップだけでなく、アイリングラップやウジャエといった小島しかない環礁などにも、異世界帝国の戦闘機と攻撃機が潜んでいた。
これらは飛行場ではなく、ある程度平らな場所に数機から十機単位で駐機され、擬装カバーによって隠されていた。
そして時がきたら、近海に潜伏している異世界帝国潜水艦からの攻撃指示を受けて、垂直離陸、飛び立った。
そう。飛行場にしか航空機がいないと思い込んでいた日本軍の裏をかき、合わせれば数百機にも達する機体を分散させていたのだ。
滑走路を必要としないバージョンⅣヴォンヴィクス戦闘機と、バージョンⅢミガ攻撃機は潜伏場所から飛び立つと、そのまま近くの甲、乙、丙部隊、そして上陸部隊に低空で高速接近した。電探に引っかかりにくい高度での襲撃は、第二機動艦隊と上陸船団を混乱に陥れた。
『環礁の小島から敵機が飛び立っている! 注意! 敵はそこら中にいるぞ!』
たまたまそれを目撃した彩雲偵察機が通報するが、艦隊側がそれらを確認した頃には、敵機がすぐそこまで迫っていた。
真っ先に攻撃を受けたのは、ウォッゼ環礁、マロエラップ環礁を目指していた上陸船団とその護衛部隊だった。
輸送船と護衛部隊は、攻略対象に合わせて三つに分かれている。各輸送船6隻に、護衛部隊として軽空母1、駆逐艦もしくは海防艦がついていた。
第一上陸船団・護衛部隊:クェゼリン環礁
軽空母:「大鷹」
駆逐艦:「柳」「椿」「檜」「橘」「蔦」「萩」「菫」「楠」「楡」「梨」
第二上陸船団・護衛部隊:ウォッゼ環礁
軽空母:「雲鷹」
駆逐艦:「楓」「欅」「柿」「橘」「蔦」「萩」「菫」「桜」
第三上陸船団・護衛部隊:マロエラップ環礁
軽空母:「冲鷹」
海防艦:「竹生」「神津」「保高」「伊唐」「生野」「稲木」「羽節」
襲撃を受けて、ほとんど対抗できなかったのが、第二船団と第三船団だった。
電探の目で捉えるのが難しい海面すれすれからの接近は、初動の遅れを招き、ヴォンヴィクス戦闘機の光弾砲、ミガ攻撃機の光弾砲と爆弾や魚雷の餌食となった。
「対空戦闘!」
高角砲や機銃が火を噴いた頃には、第二船団の『雲鷹』、第三船団の『冲鷹』が炎上していた。
魔法防弾板による装甲強化はされていた。しかし今回のミガ攻撃機の投下したそれは貫通力の増した800キロロケット爆弾。無誘導だがそのスピードは凄まじく、軽空母の飛行甲板を容易く貫通し、格納庫で大爆発を起こした。
上陸船団にとっては、何もかも遅すぎた。一式障壁弾も満足に展開する余裕もなく、ドイツ駆逐艦の改装艦や米英旧式駆逐艦改装の海防艦は、光弾砲を叩き込まれ、損傷していく。武装やマストを破壊され、運悪く魚雷の直撃を受けた艦艇が真っ二つに艦体をへし折られた。
護衛部隊が叩かれ、輸送船も敵機の毒牙にかかっていく。
そして飛行場なき航空隊は、甲・乙、丙各部隊にも襲来する。
「防空戦闘! 敵機を空母に近づけるな!」
第二機動艦隊、甲部隊。旗艦『播磨』の艦橋で、南雲忠一中将は叫んだ。
懐に飛び込んでくる異世界帝国軍機。その光景が、歴戦の南雲を、苦い敗戦だった第一次トラック沖海戦をフラッシュバックさせた。
あの時、異世界帝国軍機は、第一航空艦隊の護衛部隊の対空砲火をいとも簡単に掻い潜り、『瑞鶴』を除く5隻の空母の飛行甲板にロケット弾を撃ち込んで、発着艦能力を奪った。
上空直掩の零戦五三型が、敵機を阻もうとしているが、敵はまさに波のように押し寄せてきた。




