第二五七話、第七艦隊の割り当て候補
ドイツの誇る超弩級戦艦『ビスマルク』。異世界帝国軍に鹵獲・回収されたこの戦艦は、東洋艦隊が用いて、カルカッタ行きの上陸船団を襲撃しようと向かってきた。
第一機動艦隊乙部隊と交戦し、再度沈められたが、戦艦『金剛』との近距離砲撃を受けても中々沈まなかった堅牢さを見せた。
もっとも、その後の回収、解析で、水雷防御は実はあまり優れていないことがわかったため、攻め方の問題だったと今では結論づけられている。
内地より遠く、インド洋の制海権を守らなくてはならない第七艦隊は、当初より戦力補強が考えられていたが、その候補として、この『ビスマルク』が挙げられていた。
武本第七艦隊司令長官に、神明大佐は言う。
「元々、今次大戦前のドイツは、高めの巡航速度に高めの航続距離が特徴の戦艦を作り上げました。燃費についても考えられた設計なので、少数で遊撃隊を仕掛ける第七艦隊には打ってつけだと思います」
「内地では、『ビスマルク』は欲しがられなかったのか?」
武本中将は皮肉げに言った。
「あれほどの戦艦だ。41センチ砲に換装して、戦艦部隊に入れるもよし、燃費と高速力を活用して、航空戦隊の護衛戦艦にする手もあるだろうに」
「航空戦隊の護衛というのはいいですね。ただ内地の主力艦隊向けとなると、単艦であるというのがネックになるでしょう。それに主砲は揃えられても、他艦と足並みを揃えてまで戦艦部隊で使うというのは、少々もったないかと」
「まあ、貰えるというなら貰おうじゃないか」
武本は頷いた。これで第七艦隊は、『扶桑』『山城』に次ぐ、三番目の戦艦の候補ができた。
「しかし、その考えで行くなら、『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』もこっちにくれてもいいんじゃないか?」
「大型巡洋艦として使おうという案が出ています。第二艦隊辺りで使うか、それとも空母護衛艦として使うのか、はたまた空母にするのか案が割れているようですが」
「こっちは広大なインド洋だ。守るだけならいいが、敵側の通商破壊も狙うなら、航続距離の長いフネが欲しい」
武本は要望を口にした。
「初桜型という潜水型駆逐艦は、待ち伏せや襲撃に向いているが所詮駆逐艦だからな。多めに回してもらったが……」
「内地では戦艦と空母の希望は多かったですが、巡洋艦以下の艦艇は、割と緩いので希望すれば、すんなり通ると思いますよ」
日本海軍に付いて回る人員不足という壁。魔核の利用は能力者が必要で、それならと自動で動かすコアを大規模投入した艦を作り、人員節約を進めているものの、人数がいないことに不安を抱く艦長は多い。
被弾した際のダメージコントロール要員の不足は、あっけなく艦が沈んでしまうのではないか、と言うことだろう。
「幸い、セイロン島を巡る戦い、ベンガル湾での潜水艦狩りのおかげで、Uボート型の潜水艦が七、八十くらいですか。かなり回収できたので、コアによる自動化を進めれば、通商破壊にも投入できると思いますよ」
従来の潜水艦ではなく、潜水型駆逐艦や巡洋艦のほうがいいのではないか――そんな空気が海軍内に広がっているから、潜水艦は案外狙い目ともなっている。
「まあ、潜水艦がいらないなら、こっちで使うので構わないのですが」
「魔技研でまた何か考えているのか?」
「コア制御の無人潜水艦を集中投入運用しようというやつです。掃いて捨てるほどあるUボートを人間の乗せるスペースを省いて簡略化し、潜水艦をゴーレムに見立てます」
それらゴーレム潜水艦とも言える艦を複数、指揮艦から指示を出して使う。
「使い方としては甲標的を潜水艦サイズに拡大して運用する、みたいな感じと思っていただければ」
「なるほど。甲標的は小型過ぎて、戦場に運ぶまで母艦が必要だし、魚雷も二本のみ。速度も航続力もないから、敵地へ潜入して乗り込むならまだしも、艦隊決戦の場では扱いが難しい。だがこれが潜水艦がやるなら……指示さえ届くなら、使いようはあるかもしれん」
魚雷はもっと多く搭載できるし、そもそも潜水艦なのだから、安定性も甲標的の比ではない。何より、無人で動かせるという点が最大の利点か。
「黒島先任参謀に話したら、とても気に入ってくれたようでした」
連合艦隊司令部の黒島大佐は、変わり者として良くも悪くも有名だが、常人とは異なる発想の持ち主でもあり、無人潜水艦戦術について、大変興味を持ったようだった。
武本も首肯した。
「それを聞いたら、こっちでも欲しくなってきたな……」
「ものができたら、何隻か回せると思いますよ。第七艦隊には、コントロール母艦に打ってつけの艦がありますから」
第七十五戦隊の敷設艦『津軽』と『沖島』が、第七艦隊には配備されている。潜水機能持ちとして再生された艦なので、潜水艦との同時運用が可能である。
「それはそれとして、あと欲しいものは、やはり巡洋艦ですか?」
航続力があり、速力もある。通商保護にも破壊にも活用できて、単独行動も可能。英国などは、通商破壊を警戒して、巡洋艦整備をより重視していた。
今回、東洋艦隊との戦いで、その英国やドイツ巡洋艦を複数、回収されている。イギリス重巡洋艦4隻、同軽巡洋艦8隻、ドイツ装甲艦1隻、同重巡洋艦1隻、同軽巡洋艦2隻の合計12隻だ。
「とりあえず、軍令部と連合艦隊での所感ですが――」
神明はリストを見せた。
「イギリス重巡4、軽巡6は向こうで使いたいようでした」
「『コーンウォール』『ドーセットシャー』『ノーフォーク』『デフォンシャー』」
「ケント級、ノーフォーク級、ロンドン級の重巡洋艦ですね。これら三グループはカウンティ級のサブバリエーションです。性能が似通っていて、同型艦として扱えるからでしょうね」
「軽巡のほうは……ええと」
「サウサンプトン級の4隻とダイドー級防空巡洋艦の2隻です。同型艦4隻揃っているのは欲しいでしょうし、専用の防空巡洋艦も空母機動艦隊には見逃せない」
「防空巡は、潜水水上艦隊である第七艦隊には、あまり重視されていないからな」
武本は皮肉げに口元を歪めた。
「残った『ペネロピ』と『オーロラ』か……これは?」
「アリシューザ級の小型軽巡洋艦ですね」
「天龍型並みに古いやつか」
「いえ、それは初代、こちらは2代目のほうです。5000トン級の小型軽巡洋艦で、日本海軍でいえば5500トン型にサイズが近くて、武装は阿賀野型みたいなものです。建造から10年くらいなので、そこまで古くない、というところですね」
連合艦隊の第一線で扱うには少々役どころに困ると言ったところである。
「改装するなら、水無瀬型潜水巡洋艦のような型になるかと」
「それなら、悪くない。あとは、ドイツ巡洋艦の4隻か?」
「『アドミラル・グラーフ・シュペー』『ブリュッヒャー』は単艦。残る軽巡2隻は、主砲配置の都合上、敬遠されそうです」
「駆逐艦みたいなやつだろう? わしも覚えておる」
巡洋艦で、艦首1基、艦尾2基という配置は珍しい。神明は肩をすくめた。
「艦政本部も投げそうなので、九頭島で改装案を作ることになりそうです。希望があれば、お早めに。――それでは」
「もう行くのか?」
「山本長官と面会の約束があるので」
神明は席を立つと敬礼。武本も答礼する。
「相変わらず、忙しい男だ。……あー、そうだ、神明」
「何でしょうか?」
「少将昇級おめでとう。……来月だろう?」
「ありがとうございます」
武本が初めて神明に会った時の、彼の階級は少尉だった。歳をとったな、と老将は思った。




