第二五五話、ムンバイ軍港、襲撃。地中海艦隊先遣隊の危機
第七航空戦隊が繰り出した機体は181機。その内訳は、九九式戦闘爆撃機が106機、二式艦上攻撃機が71機、彩雲4機だ。
戦闘爆撃機の半数が、敵戦闘機に備えた対空誘導弾装備型だが、残る半分は軍港施設の攻撃用のロケット弾や対地爆弾を搭載していた。
そして71機の攻撃機は、800キロ対艦誘導弾を運び、ムンバイ軍港にいる地中海艦隊分遣隊に襲いかかった。
真っ先に狙われたのは、空母だった。アルクトス級高速中型空母に、第一波の誘導弾が次々に着弾、2万3000トンのその艦体を引き裂き、炎に包み込んだ。
軍港の対魚雷防御網を警戒し、魚雷を持ってこなかった七航戦の攻撃機は、大破、炎上する空母にさらにトドメを刺した。第二波の攻撃で爆沈、港内で着底する敵空母。
さらに攻撃機の誘導弾は、巡洋艦や戦艦にも及んだ。攻撃第三波として様子を見ていた編隊が、空母への追い打ち不要とみて、次なる大型艦に狙いを定めたのだ。
「――リシュリュー級、ダンケルク級にそれぞれ命中確認」
試製彩雲改艦上偵察機の偵察員席で、正木妙子は双眼鏡を覗き込んでいた。
内地は九頭島へ、『大和』と共に戻った須賀義二郎中尉と、正木妙子だったが、今回の敵地中海艦隊のセイロン島進撃の足止めを企図した作戦に参加させられ、ムンバイ軍港上空にいた。
そして今回は、一人、お客様がいる。
「どうも、攻撃が装甲の厚いところに当たっている印象ね……」
三人乗りである彩雲艦偵の電信員席にいるのは、妙子の姉、正木初子大尉だった。普段は戦艦にいて、その操艦と砲術指揮を一手に担う彼女は、珍しく航空機に乗っていた。担当の艦である『大和』が九頭島秘密ドックで改装中ということもあるのだが。
「軍港の至る所で煙が舞ってる」
妙子が言った。九九式戦爆隊が、施設攻撃と燃料タンク爆撃、対空砲潰しなどをやったおかげで、ドス黒い煙がいくつも上がっていた。
「でも海上側からなら、視覚を確保できる」
「阻塞気球も上がっていないし……そうね、やれそうよ」
姉妹の会話を耳に挟みつつ、須賀は彩雲改を飛ばす。遮蔽装置が発動し、静かに飛んでいる分には、敵にもその姿は見つかっていない。
だが周辺警戒は怠らない。見えないということは、何も知らずに飛んでいる航空機と空中での接触、衝突の危険があるのだ。それは何も敵機に限った話ではない。
「艦攻隊、離脱しつつあり。攻撃が終わったみたい」
「では始めましょう。洋上に待機している水上打撃部隊に打電します」
初子が、七航戦とは別に、ムンバイ軍港の近くを航行する友軍部隊へ通信を送る。なおその部隊の編成は――
○ムンバイ軍港襲撃部隊
第二戦隊:(戦艦3):「武蔵」「美濃」「和泉」
第九戦隊:(大型巡洋艦3):「黒姫」「荒海」「八海」
第二十九戦隊:(特殊巡洋艦3):「北上」「大井」「木曽」
第七水雷戦隊:軽巡洋艦:「水無瀬」
・第七十一駆逐隊:「氷雨」「早雨」「白雨」「霧雨」
・第七十二駆逐隊:「海霧」「山霧」「谷霧」「大霧」
戦艦3、大型巡洋艦3、特殊巡洋艦3、軽巡洋艦1、駆逐艦8であり、指揮官は、第七艦隊司令長官兼、第二戦隊司令官の武本中将である。
「特・彩雲改より、『武蔵』へ。対艦誘導弾、誘導準備よし」
『こちら「武蔵」、了解。12発ずつ、誘導弾を発射する。――第一波、発射!』
水上打撃部隊からの長距離対艦誘導弾攻撃。軍港に飛ばすので、標的には、そちらで誘導してね、ということだ。
数十秒して、正木姉妹は、部隊から飛んできた誘導弾を捕捉した。
「捉えた! 右から六つもらっていくね!」
「なら左の六つは私が」
誘導を分担し、それぞれ目標――敵戦艦に向ける。
日本軍攻撃隊が去って、静かになりつつあるムンバイ軍港に、新たな刺客が飛び込む。煙を引いたそれは、戦艦――奥に位置していたリシュリュー級2隻へ殺到した。
「異世界帝国の戦艦に似て、主砲が艦首側なんだね」
「艦舷には主砲がないから、異世界帝国戦艦よりはすっきりしていると思うけど」
誘導しながら、二人はお喋りする余裕があるようだ。須賀は機を操縦しながら、それを見やる。
遠目から見ると、地球側のありふれたスタイルに見えなくもないリシュリュー級とダンケルク級。
しかしフランスの軍縮条約明け戦艦は、主砲を艦首に集中、艦尾に副砲というスタイルをとっている。おまけに珍しいのは、その砲が連装でも三連装でもなく、四連装ということだ。
副砲についても艦橋脇の二基は連装だが、艦尾の三基は四連装砲だというのだから異様だ。
――異様、か?
須賀はふと思う。異世界帝国戦艦も大概だから、感覚が麻痺しているのかもしれない。
『対艦誘導弾、第二波、発射!』
水上打撃部隊からの通信が入る。その頃、正木姉妹が誘導する第一波誘導弾が、戦艦『リシュリュー』『ジャンバール』に吸い込まれて――
「第一波、弾着、今!」
・ ・ ・
戦艦『武蔵』率いるムンバイ軍港襲撃部隊の大型巡洋艦と特殊巡洋艦から、計四波に渡る対艦誘導弾攻撃が行われた。
弾着観測機である須賀機は、合計48発の誘導弾を、敵地中海艦隊先遣隊の戦艦に叩き込んだ。
『リシュリュー』『ジャンバール』共に司令塔は折れ、中央後ろの煙突や副砲群が叩かれ炎上。
基準排水量2万6500トン、全長215メートルの中型戦艦である『ダンケルク』『ストラスブール』は、甲板の装甲が複数カ所で打ち破られ、爆発し、大破、着底してしまった。
結果、セイロン島奪回に向けて地中海から送られてきた異世界帝国先遣艦隊は、日本機動部隊の奇襲を受けて、作戦前に大損害を受けた。
なお、この戦いは、1940年11月にイギリス海軍空母航空隊が、イタリア海軍の一大軍港を奇襲し、その艦隊に大打撃を与えたそれになぞらえ、『タラント軍港空襲の再来』と呼ばれることとなった。
かくて、セイロン島へ進むはずだった異世界帝国軍の反撃に遅れが生じて、日本軍に戦力の転換の猶予を与えたのだった。




