第二五三話、転移連絡網と、未来の連合艦隊
魔技研は、艦艇の転移実験を繰り返していた。
それは実戦でも、戦艦『大和』の転移、『播磨』の転移などが行われて、敵を叩いた。単艦ではなく、複数同時に出来たら、と山本五十六とて思った。
そして、魔技研は正しく『艦隊も転移移動できたら』を終着点に研究を続け、それを形にしていた。
「やっていることは、秋田大尉が艦艇転移させているのと同じです」
神明は告げた。
「一つの魔法装備で一隻を転移させるだけ。それを艦隊全艦にそれぞれ装備させれば、艦隊一つを転移させるのと同じことです」
「確かに。これまで秋田大尉がやっていたことを、それぞれの艦でやるだけか」
山本は頷いた。
「一つの装置で、艦隊全部を飛ばしたりはできないのか?」
「現状、その規模のものはありません。一つの装置で、というくくりならば、陸軍の魔研が作ったポータルというものが近いかもしれません。扉をくぐるように、通過する者すべてが同じ場所へ転移移動できます。……ただ、さすがに入り口が小さくて、艦艇はくぐれません」
「ポータル……。陸軍はそんなものを」
「あちらはあちらで、海軍に頼れない時を想定して移動手段を研究していたのでしょう」
海軍が船団に護衛艦を出してくれないとか。普通に、輸送と移動の効率化を図ったものと見るのが正しいだろうか。
「個々の艦で転移できる利点は、艦隊をいくつか分散しなくてはならない場合ですね。転移が一括でしかできないと、分散した片方が転移できない場合もあるでしょう。また故障、被弾により戦闘不能、航行不能になった場合、護衛をつける必要もなく戦場を離脱させることができます」
「護衛をつけずに離脱できるのは、大きいな」
「はい、戦力のロスを減らし、艦隊の戦闘能力低下を最小限に留めることが可能です」
戦場において、敵兵を殺さない、負傷させろ、という考え方がある。殺したら、一人減るだけだが、負傷させたら、その仲間を助けるために一人が手当てをし、安全地帯に運ぼうと二人ないし補助でもう一人、離脱する。負傷させれば、二人から三人分、銃撃が減るのだ。
「もちろん、短所として、それぞれの艦艇に、一定の魔力量を保有する者を配備させなければなりませんが……」
「能力者が必要、ということか」
「いえ、能力者であれば望ましいですが、装置のほうで魔力さえ供給できれば稼働できるようにしてあります。それぞれの艦で、全乗組員を調査すれば、おそらく一人か二人くらいは、転移装置を動かせるだけの魔力保有者がいるはずです」
人は大なり小なり魔力を保有している。それを使い、魔法を使える者が一般的な能力者であるが、魔法が使えずとも、豊富な魔力を持っているものもまたいるのである。
「そういえば、最初に君と会った日にも、魔力は誰にでもあると聞いたな」
山本は懐かしさに目を細めた。第一次トラック沖海戦での敗北、撤退する連合艦隊の救援に駆けつけた第九艦隊。その時、初めて神明と会ったのだ。
「――各艦艇に転移装置を搭載しますが、行き先については固定となります」
神明は続けた。
「秋田大尉のように、思い描いたら飛べる能力者ではなく、あくまで一般人が装置を使うため、転移連絡網を設定し、その中継点を経由して、目的地近くへ転移します」
「列車と駅みたいなものか」
山本は理解した。
「艦を列車、中継点を駅とする。艦側は、行きたい駅へ転移する、ということだな?」
「仰る通りです」
転移を利用するには、艦艇側の転移装着を搭載、装置を動かす魔力保有者、そして中継点の設置が必要となる。
装置の搭載は、港にいる間に一日もあれば可能だ。魔核搭載艦なら半日もあれば機能の登録ができる。乗組員の検査も測定器を握らせばわかるので、その気になればさほど時間が掛からない。
「あとは中継点を、転移先の海域に浮かべるだけです。台湾、マニラ、セレター、小笠原、マリアナ、トラック、パラオ……ダバオかタウイタウイ辺りに設置。中継機の数が増えてきましたら、各通商ルートに沿って置けばよろしいかと」
「うむ、そうだな。それでよいと思う。魔技研のほうで数は揃えられるか? 九頭島の工廠は敵の攻撃でやられたのだろう? 呉、横須賀などの鎮守府の工廠で作らせる手もあるが」
「艦艇に載せる転移装置の製造のほうでやってもらえると助かるかと。九頭島でも作れるのですが、製造ペースが落ちていますから」
「うむ、海軍省と軍令部に言ってすぐにやってもらうとしよう。いやはや、楽しみだ」
山本は、言葉通り気分がよかった。
西と東に戦線を持ち、敵に対してどう戦力を配置し、移動させるかで頭を悩ませていたのだが、その問題が解決の方向に向かいつつあるからだ。
「そうなると、艦隊編成もまた変わるのかな?」
「……そうですね。前線に配備される偵察・警備艦隊と、有事の際に転移する機動艦隊。これからの連合艦隊は、この機動艦隊を複数用意し、臨機応変に活動するようになるのではないでしょうか」
第一艦隊、第二艦隊ではなく、第一機動艦隊、第二機動艦隊となるのか。はたまた機動艦隊が、そのまま第一艦隊、第二艦隊になるかはわからない。しかしこれまでの編成とはまた変わってくるだろう予感がした。
山本は満足げに頷いた。
「わかった。後で連合艦隊司令部の参謀たちにも、この転移連絡網とそれに対応した海軍について話してみるとしよう」
「わかりました」
これで話は終わりかな、と神明は席を立とうとする。が、そこで山本が何か思い出した顔になった。
「神明君。最後に一つ。連合艦隊旗艦の件なんだがね、この『播磨』から司令部が降りることになりそうなんだ」
連合艦隊司令部は、海の上にあって艦隊を指揮する。指揮官先頭は当然、という海軍の気風の中、山本五十六連合艦隊司令長官は、艦隊決戦の場では常に旗艦と共にあり、その先頭を行った。……むしろ勇敢過ぎて、旗艦のみで戦場に殴り込んだりした。
「無茶をし過ぎた……というわけではないが、航空機や誘導兵器が当たり前になった戦場で、いつまでも戦艦旗艦で先頭を行くという戦い方が、合理的ではないという見方も強くなった」
誘導兵器を用いれば標的を選んで狙えるようになった。それで指揮官を狙い撃ちにされては後が困るのだ。そう言ったところで、山本は自身の顎を撫でた。
「……いや違うな。『播磨』のような大きな戦艦を、より前線で使いたいということだろう。連合艦隊司令長官がいると、最前線には使いにくいから」
あるいは放っておくと最前線へ行きかねない山本の身を案じてかもしれない、と神明は思った。
初戦の第一次トラック沖海戦で土がついたものの、それ以外の戦いでは、最前線で戦い、勝利を収めてきた。内地では『軍神』などと呼ばれている。……そんな軍神が戦死でもしたら軍人、国民共々ダメージが大きい。
「ただ、連合艦隊司令長官として、やはり戦場に近い場所にいて、全軍を指揮するべきだ。内地の、司令部が陸に上がっては、前線の様子がわからんからな」
「なるほど」
「そこで相談なんだが、何かこう、手頃なフネはないだろうか? 連合艦隊旗艦として、必要な能力を持った、最強とは言わないまでも、一線級の戦闘力のあるフネが」




