第二五〇話、異世界帝国の反攻
ムンディス帝国海軍、太平洋艦隊司令部のあるハワイ、真珠湾。司令長官であるヴォルク・テシス大将は、定例となっている上級提督会議の場にいた。
通信椅子に座り、大西洋艦隊司令長官、南海艦隊司令長官と向き合う。
本来ならここに東洋艦隊司令長官がいるはずなのだが、欠席である。……否、もしかしたら今後、東洋艦隊司令長官の椅子が存在することはないかもしれない。
『――セイロン島は、日本軍に占領されたと見てよさそう』
四大艦隊の紅一点、テロス大将は勇ましい女傑であるが、今はその表情も険しい。
『東洋艦隊が音信不通なのは壊滅したから、と見て間違いなさそうね』
「まあ、そうでしょうな」
後から就任した都合上、ヴォルク・テシス大将は先任に敬意を払う。
「陸軍の話では、カルカッタ方面への海上補給が途絶え、上陸した日本軍に苦戦しているとか」
『そうやってインドに注目している間に、セイロン島をいつの間にか掠め取られた』
テロスの表情は険しいままである。
『東洋艦隊は、地球製とはいえそれなりの規模だった。それがやられたとなると、敵は有力な艦隊を送り込んでいたということでしょうとも』
「日本軍の主力の一つです」
ヴォルク・テシスは答えた。
「有力な機動部隊をインド洋に派遣して、日本陸軍のカルカッタ上陸を支援した」
まさか、セイロン島に手を出してくるとは想定外だったが。太平洋方面での攻勢を控えた分、日本陸軍にはセイロン島を攻略する余裕があったということか。
――いや、違うな。
カルカッタに乗り込んで、インドから東進する我が陸軍の後方に戦力を送り込んだ日本軍だ。ラングーン辺りの前線部隊と挟撃するにしても、それなりの戦力は必要だし、インドにいる部隊と逆挟撃される危険もあるから、セイロン島を同時攻略戦力を分散している余裕はないはずだった。
「日本海軍は、我が東洋艦隊の撃滅を目的にしていた。制海権を確保すればカルカッタ上陸部隊の護衛も、その後の海上輸送ルートの確保にも繋がるからだ」
だから、ヴォルク・テシスは、東洋艦隊のサウルー中将から助言を求められた時、逃げ回るように告げた。上陸船団に対する脅威が存在し続けることで、敵機動部隊を守勢につかせるつもりだったのだが……。
「日本軍は想像以上にアグレッシブだったということだ。セイロン島を押さえることで、東洋艦隊撃滅と、海上補給ルートの護衛、双方の任務をやり遂げたのだ」
しかし、日本軍はそれだけではない、とヴォルク・テシスは踏んでいる。奇襲に始まり、気づけばセイロン島が早期制圧されただろう理由について、日本軍は島のアヴラタワーを優先して攻撃したのではないか。
――つまり、日本軍は、アヴラタワーが我々にとっての弱点であると見抜いたのだ。
ウェーク島攻略の段階で、それを確かめる意味合いもあったのではないか、とヴォルク・テシスは推測している。彼らはそこで確信を深めて、セイロン島を短期で攻略したのだろう。
セイロン島の防衛戦力ならば、よほどの大軍が相手でなければ、普通に戦えば、いまだ抵抗を続けていられただろうから。
『陸軍は、早急にインド戦線を立て直したいと言っているわ』
テロスは言った。
『陸路での輸送を強化するといっても、そうそうできることではない。海上輸送ルートの早急なる確保を、我が海軍に求めてきている』
ホログラム上のテロスの視線が、沈黙を守っているケイモン南海艦隊司令長官に向いた。
『南海艦隊は、インド洋には送らないの?』
『こちらには指示が来ていない』
魔術師ケイモンは、淡々と返した。
『貴殿ら攻勢艦隊と違い、我が南海艦隊は防衛艦隊だ。敵が攻めてこない限り、動くことはない』
『……私の大西洋艦隊は、米英大西洋艦隊を追い込んだ』
テロスは、ヴォルク・テシスへと視線を戻した。
『余裕のある地中海駐留艦隊を、セイロン島奪回へ派遣する用意がある。その先遣隊の選定、準備を進めている』
地中海艦隊と言えば、大西洋艦隊の分遣隊だ。その戦力については、現地地球人の艦艇を流用している部分が大きい。
先の東洋艦隊が、地球製で補充されていたが、地中海艦隊は、フランス、イタリアの艦が多い。
『セイロン島の日本艦隊を叩き、インド洋――ベンガル湾の制海権を取り戻す。私がしてあげられるのは、それくらいね。それで――』
テロスは、太平洋艦隊司令長官を見据えた。
『太平洋のほうは大丈夫なのかしら、テシス大将。……例の実験戦艦、沈んだらしいけれど』
グラストン・エアル中将――元太平洋艦隊司令長官だった男が指揮する遊撃部隊は、日本海軍との戦いで戦死した。彼の乗艦する試験型航空戦艦『プロトボロス』は日本軍によって撃沈されたのだ。
『あの航空戦艦、個人的にも興味があって、建造されるのなら私の大西洋艦隊に欲しかったのだけれど』
「フネとしての性能は悪くなかった。しかし過信は禁物である、ということでしょう」
どんなに優れていようとも、運用を間違えれば、あるいは敵がそのスペックを上回る性能もしくは戦術でくれば負けるのである。
「しかし、エアル中将は、それと引き換えに日本海軍の一大艦艇再生拠点の存在を露呈させ、打撃を与えた。彼の犠牲は決して無駄ではなかった」
『……』
そうとも、日本海軍の異常な艦艇補充、増強システムの一つを叩いたことで、その戦力増大ペースを大幅に遅らせることができた。それは、『プロトボロス』とエアル中将の喪失に見合う成果であると、ヴォルク・テシスは確信している。
「昨今、太平洋方面では、日本軍とアメリカ軍が協力関係を深めている。時が来れば、彼らは東太平洋の奪回、そしてこのハワイの攻略を目指すでしょうな」
『それに対する備えは? 確か、遊撃戦に繰り出した空母部隊を失っていたんじゃないかしら?』
「補充は充分とは言えませんが、最低限は確保しました」
ヴォルク・テシスは答える。軽空母16隻に加え、第二次ハワイ沖海戦で撃沈したアメリカ空母『サラトガ』『グレートブリッジ』『インディペンデンス』、カサブランカ級小型空母3隻も再生補充できた。
……なお、ヴォルク・テシスが、日本軍の沈没艦の再生を疑った理由の一つが、鹵獲した『グレートブリッジ』が、我が海軍のアルクトス級高速空母の構造が酷似していたことが含まれる。
「今のところ、予想される日本海軍は、マーシャル諸島の攻略。ここと、ギルバート諸島を押さえれば、ハワイ方面を、オーストラリアなど南方と分断できる。……ハワイ攻略を狙うなら、それをしない手はないでしょう」
『直接ハワイを狙ってくることもあるでしょう?』
テロスは皮肉げな顔になった。
『日本軍の戦力なら、そんな力押しでも、太平洋艦隊を潰せる――そう考えるんじゃないかしら?』
太平洋艦隊は、日本海軍によってフィリピンでは撃退され、中部太平洋では壊滅させられた。それで自信をつけていれば、現状の太平洋艦隊を正面から叩こうとするかもしれない。
「まあ、そうですな。その時は、返り討ちにするだけですよ」
ムンドゥス帝国きっての闘将は、獰猛な笑みを浮かべた。
「インド洋に地中海艦隊が迫っているとなれば、日本軍も我が太平洋艦隊にだけ構っている余裕はないでしょうがね」




