第二四九話、自動制御コアの運用について
九頭島の海軍設備は、復興に向けて動き出していたが、その間も神明は、山積みの資料と格闘しつつ、自動制御コアの研究を行っていた。
まず、能力者が魔核を使って動かす制御方式、それを補助する形で進めてみる。
須賀、正木妙子のコンビで大型巡洋艦『早池峰』や、襲撃巡洋艦『川内』を動かしてみた。最低限の人数で動かせるように、というコンセプトでレイアウトしたものの、航空機に比べて艦艇の操作となると、やることが非常に多く、『早池峰』ではサポート人員を入れてようやく戦闘を切り抜けられたと証言を得た。
役割がシンプルだった『川内』や、吹雪型潜水駆逐艦などでは、できなくはないが、サポート人員はあったほうがいいという意見も、実際に動かした能力者たちから上がっている。
正直、能力者でなくてもいいのではないか、という部分もある。それらを魔核に繋げた制御コアにやらせることで、能力者たちの負担を軽くする。
神明は、魔技研によって解析されたコアを活用し、これらの操作をこなす装置とすべく研究を行った。
コア自体は、陸軍でもやっている魔核を兵器製造機として活用することで量産し、次々に試して使った。
大筋を立てた後、魔技研のスタッフに投げて、細部を詰めさせる。それでなくても、神明は多忙だった。
・ ・ ・
艦艇用コアの次は、航空機用のコアだ。人員不足に喘ぐ日本海軍航空隊にとって、搭乗員の不足を補う猫の手となるかもしれない。
……とはいえ、異世界帝国軍はこれを実戦ですでに運用している。後はこちらで仕組みを理解し、どうこちらの航空機にフィットさせるか、である。
解析の結果、航空機用コアは、人間の命令を受けて動いているのがわかったので、コミュニケーションを取ってみる。
日本語は通じるのか?――結論、翻訳機の言語を異世界語にして流したところ、通じた。異世界語であれば、こちらが地球人だろうが異世界人だろうが関係ないらしい。
こんな甘々なシステムで大丈夫なのか――神明は疑問に思ったが、とりあえず実験できるなら問題ないと割り切った。
トリンコマリーで鹵獲し、陸軍と分け合ったコア搭載仕様のホーカーハリケーンを活用し、飛ばしてみる。
「……エンジンは、こちらで回してやらねば動かないか」
整備兵が、ハリケーンのエンジンを始動させる。コクピットキャノピーを閉じ、後は翻訳機を通して無線で通信する。
「ハリケーン1、ただちに滑走路にアプローチし、発進位置について待機せよ」
するとホーカーハリケーンがゆっくりと動き出した。まるで搭乗員が操縦しているかのように。
コクピットキャノピー越しに見える球体――コアが光り、まるで目で見回すように小刻みに動いているのがわかった。
「何か、動物みたいですね」
実験を見守る研究員の一人が言った。別の研究員は首を捻る。
「手も足もないのに、何で球体だけで飛行機が動くんだ……?」
うーん、と唸る研究員たち。ホーカーハリケーンが発進位置についたのを確認すると、神明は構わず呼びかけた。
「ハリケーン1、発進せよ」
ロールスロイス・マーリンエンジンが甲高く唸り、ホーカーハリケーンが動き出した。九頭島飛行場は、先の襲撃で滑走路にもダメージがあったが、すでに修繕されている。飛行場施設は一部復旧がまだであるが……。
やがて、機体が滑走路からふわりと浮かび上がった。全金属製ではないその機体は、胴体や翼に木材や帆布を使った古い構造だが、飛んでしまえば大した問題ではない。……もっとも。
「ハリケーン1、飛行場の上空を旋回せよ」
神明が指示を飛ばすと、ホーカーハリケーンは緩やかに旋回し、飛行場の上空を周回し始めた。
「命令に対しては従順、と――」
研究員がメモを取る。神明の指示に従い、ハリケーンは旋回、上昇、急降下を行った。
「この分なら、コアを制御するのは難しくなさそうですね」
「どうかな。いちいち命令しないと動かないのでは、果たして役に立つのか?」
「……」
研究員たちの感想を背中で聞きながら、神明は次の指示を出す。
「ハリケーン1へ、燃料が切れそうになるまで、飛行場の上空を自由に飛行せよ。ただし燃料が切れる前に、飛行場に着陸せよ。了解なら、一度バンクせよ」
上空のホーカーハリケーンが翼を振った。おお、と研究員たちから声が上がる。割と賢いのではないか、とコアの能力を図りかねている研究員たちである。
「……これは空戦、やらせてみたいな」
神明はボソリと呟く。このコア搭載機がトリンコマリーの上空で、第一機動艦隊航空隊の零戦と空中戦を演じたのは知っている。
ただどの程度の指示で、トリンコマリーの時のように空戦をやってくれるのかは未知数である。つまり、異世界人たちがやったような戦闘をやるために、コアに必要な命令が何かを検証するのである。
――気持ち的には、模擬戦やらせるのが一番なんだが……。
ただコアがどこまで命令を忠実にこなすか、わからない。
たとえば敵機を撃墜せよ、と命じた時、装備されている機銃を使って普通に戦うのか? あるいは、撃墜のために手段を選ばず体当たりして自機もろとも相手を叩き落とすのか。この辺り、うまく図らないと、模擬戦に引っ張り出した相手方を殺してしまうかもしれない。
本音を言うと、須賀中尉を呼んで、コア搭載機と模擬戦をやらせたいところであるが。
――これも根気がいる検証となるな。
神明のちら、と研究員たちを見た。彼らは上空のホーカーハリケーンの動きを観測して、記録を取っている。
――時短のために、複数のコア付きの機体を飛ばしてそれぞれ、やらせるか。
動きの検証もだが、コアと航空機の操縦をどう繋げるかの確認もやらねばならない。
今、飛行場の上を飛んでいるハリケーンも、元々トリンコマリー飛行場から、鹵獲した機をそのまま流用しているだけで、どうやって動いているのか、それの操縦方法も調べている最中なのだ。
――杉山に言って、ゴーレムの資料をもらうか。
陸軍の魔研から、異世界帝国が使うゴーレムという自動人形が、どう動いているのかの解析データを手に入れる。
ゴーレムもコアと呼ばれる頭脳であり心臓があるから、それが体をどう動かしているかの仕組みがわかれば、航空機にも応用できるだろう。
――場合によっては、既存の機体に載せるのではなく、コア制御専門の航空機を作ったほうが早いかもしれないな。
空飛ぶゴーレムというべきか、航空機型ゴーレムか。無人航空機部隊が飛翔するさまを、神明は、脳裏に思い描く。
――無人航空機を指揮する機体が必要だな。人間の攻撃隊指揮官が、上空で無人航空隊を指揮する……。たとえば彩雲のような機体から……。空中戦は、指揮官が把握しきれないのではないか……? しかし艦爆や艦攻ならどうだ? 編隊を保ち、爆撃をするなら、指揮官も把握しやすいし、ホーカー1のような単純な指示でも複数機をコントロールできるのでは?
頭の中で、案が次々に浮かぶ。無人攻撃機を誘導弾キャリアーにして、正木妙子のような能力者たちが、戦場で複数の長距離誘導弾を使ったアウトレンジ攻撃ができるのではないか、とか。
人員を節約しつつ、戦場へ持ち込む火力を維持、もしくは増やすことができそうだ。戦闘機についてはまだまだ検証だが、攻撃機に関しては、確認作業は必要だが、先の空中指揮官機と組み合わせれば、早急に飛行隊の増強が可能かもしれない。
こうして、神明と魔技研は、制御コアについての検証と運用方法の確立を進めていった。




