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第二四八話、斜め飛行甲板という発想


 9月4日に起きた九頭島沖海戦で、異世界帝国遊撃部隊を撃破した日本海軍は、九頭島の防衛兵力の増強を決定した。


 一方で、施設の復旧作業が急がれる中、無人艦計画推進のため、九頭島に留まることになった神明大佐は、コアの解析作業と並行して、魔技研の研究を幾つか消化させていた。

 そんな中、撃沈した異世界帝国の航空戦艦が引き上げられ、検分が行われた。


「――これが、敵の航空戦艦ねぇ」


 九頭島秘密ドック近くに、研究室を持つ志下(たもつ)造船大佐は、神明と共に、海中から回収された敵戦艦『プロトボロス』を解析してきた。


「何とも不思議な形をしているね」

「艦首は戦艦、中央部は空母、艦尾は重雷装艦」


 神明の言葉に、志下は微かに口元を歪めた。


「艦砲、航空、水雷の全てを兼ね備えたフネか……。何とも贅沢な話だ」

「万能艦でも作ろうとしたのかもしれませんね」

「そうかもな。ただ、潜水機能はなさそうだが」


 これで潜れたら、まさに万能艦と言えたかもしれない。潜水水上艦の思想では、地球より進んでいると思われる異世界帝国だが、何故か空母や戦艦を潜水艦化をしていない。これまで敵で見られたのは駆逐艦と軽巡洋艦サイズの艦艇のみである。


「しかし、私には独創性がないが、この交差した飛行甲板というアイデアは中々面白いと思う」


 志下は控えめではあるが楽しそうだった。神明はそんな造船大佐を見やる。


「これはどういう意図があるのでしょうか?」

「うむ……真っ直ぐに飛行甲板を置けなかったのが原因だろうね。主砲は艦の中心線上に置くのがもっとも望ましい」


 志下は近くの黒板に、簡単な図を書いていく。


「小口径の砲ならともかく、大口径の砲を片方にズラするのは重量バランスの面でもあまり望ましくなく、砲の命中精度にも影響する。理想を言えば、主砲も艦首寄りではなく、艦の中央寄りに寄せたほうが、もっとも安定する。いくら艦首や艦尾にスペースがあるからと、砲を沢山積めばいいというものでもない」

「……」

「空母としての機能を艦の中央に置いたのは、少しでも艦載機の搭載数を増やそうとした結果だろう。本来、空母は飛行甲板のスペースを確保すべく、艦橋などの構造物を左右どちらかにズラして配置する。しかし大砲を運用することを前提に設計されたこの艦は、艦橋を中心線上に置くしかなかったのだ」


 空母の黎明期、イギリス海軍は、ハッシュ・ハッシュ・クルーザー――バルト海運用前提の大型軽巡洋艦、秘密巡洋艦を空母へと改装したが、初期のそれは艦橋をそのまま中央に置いていた。むろんこれは大失敗であったが、まだ試行錯誤の中にあって、艦首の飛行甲板から発艦、そして着艦していた。


 しかしこの方式はよろしくないと、艦橋の後ろに着艦専用甲板が設置された。だが結局、デンとそびえる艦橋は邪魔であり、さらに煙突の排煙は厄介そのものであった。

 これらの失敗の末、今日に至る全通飛行甲板が空母の常識となっていくのだったが――


「この航空戦艦は、かつての失敗である、着艦に邪魔な艦橋構造物が設置されている」


 神明が指摘すれば、志下は頷いた。


「そう。だが、異世界帝国ではさほど問題とならなかったのだろう。彼らの装備から見て、まず厄介な煙突がない。マ式機関は排煙がないから煙突を必要としない。煙による視界不良もなく、気流の乱れも多少は抑えられるわけだ」


 そして交差する飛行甲板。


「従来のように真っ直ぐに置けば、艦橋構造物などで長さが不充分となる。それを解決するために、少しでも長く滑走距離を稼ぐべく斜めに交差した飛行甲板としたのだろう。もっとも、本来、発艦のためには、飛行甲板は真っ直ぐであることが望ましいのだが、主砲などをぶっ放しながらの発艦でも考えたのかもしれんな」


 それに、と志下は続けた。


「異世界帝国の航空機は、短い飛行甲板でも離着艦ができるから、滑走距離の確保ではなく、片方が着艦している間、もう片方の滑走路の前方に駐機させていた機体を同時に発艦させるためかもしれないな」


 交差した飛行甲板に、志下は書き込む。片方が発進、もう片方で着艦。神明は頷いた。


「なるほど。空母は基本、着艦と発艦が同時にできませんからね。着艦する機が止まれなければ、発艦用に駐機させている機体も巻き込んで大事故になります。ですが、この交差型飛行甲板なら……」


 仮に着艦に失敗しても、そのまま飛行甲板を走らせて飛ばすことができる。同時にもう片方の飛行甲板から、カタパルトでの発艦も可能となる。

 志下は黒板の図を睨んだ。


「うむ……。だが発艦を考えると、斜めはよろしくないな。空母にこれを導入するのであれば、主砲などがないから――」


 ささっと、新しい図を描く。従来型の真っ直ぐの飛行甲板。右側に艦橋構造物を寄せると、志下は艦首左側に斜めの飛行甲板を書き加えた。


「こんな感じか……」

「ややバランスが悪そうですね。全幅が大きくなりそうだ」

「全幅は大きくなるが、バランスについてはそうでもない。艦橋構造物が右によっているから、そっちでバランスが取れるはずだ。むしろ問題となるのは、発艦と着艦を同時にやろうとするとスペースの都合上、最低でも300メートルは全長がないと、あまり効果がないということか」


 軽空母や中型空母では、甲板の広さの都合上、そこまで劇的に変化はない。神明は首を傾げた。


「全長300メートル以上となると……」

「大鶴型――異世界帝国で言うリトス級大型空母くらいは欲しいね」


 全長は320メートル。あと、飛行甲板のスペースを取るためか甲板の全幅も大きめである。


「この方式で試すに、あれほど打って付けの空母もないだろうな」


 そう言ったところで、志下は顎に手を当て考え込んだ。


「……いや、もしかしたら異世界人もじきにこの方式に行き着くか、すでに思いついているかもしれんな」


 X字の飛行甲板を持った航空戦艦『プロトボロス』。そこでの艦載機の離発着のデータが集まれば、斜め飛行甲板の利点にも遅かれ早かれ気づくのではないか。

 神明は口を開いた。


「着艦中に、発艦作業ができるのは、一秒を争う航空戦ではあって損はないでしょう。事故って前に降りた機とぶつかって壊してしまうリスクも避けられるなら、検討の余地は大いにあります」

「……まあ、後は実際に斜めに降りる搭乗員たちが、どう考えるか次第ではあるがね」


 コントロールされた墜落などと言われるほど、着艦というのは難しい。新人が着艦に失敗するのは往々にしてあるが、斜め飛行甲板はそのやり直しも比較的安全にできるのではないか、と神明は言った。


「ちょうど、九頭島の表ドックは修理が必要ですし、破壊された大鶴型の再生作業も先になります。その前に、斜め飛行甲板改装案を作ってみては?」

「うむ……そうだな」


 志下は考え込んだ。


「やってみよう」


 かくて、前代未聞の斜め飛行甲板装備型の空母案が検討されることになる。

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